41.クリストフ視点
ここまで胸を張って言われては、特に反論は思いつかない。正確に言えば、ビーの主張に食らいついて反論するほどでもない。
妙に変な顔になりつつも、ビーが差し出した二枚の絵画を受け取る。書類よりひと回り小さいサイズだ。持ち運びがしやすい。
一枚目には、水色の髪をたなびかせた豊満な体つきの女性が剣を構えている。話に聞いていたレナータのようだ。
気高い強さ、それを基盤とした美しさ。それでいて頭もよく、淑女として完璧だという。
ザックスが押されに押され、か細く逃げている様も納得だ。
計画が成功して自由になれば、コンスタン家に押しかけて外堀を埋め始めるだろう。ザックスがいつ捕まるか、部下の騎士達の間で賭けになりそうだ。
くだらない未来予想図に苦笑しつつ、重ねていた絵画を入れ替えて二枚目を観る。
刹那、目に飛び込む絵姿に全身が痺れ、目を見開いた。
そこに描かれた女性は、今にも消えてしまいそうな儚さが滲み出ている。先だけ茶に染まった白の髪は、神秘を孕み危うさを増す。
だが、瞳はしっかりとした芯を見せており、秘めた強さが薄らと見えた。この世のどれよりも綺麗なアメジストだ。
胸と腰に僅かながら女性らしい曲線はあるが、あまりにも細い。手足は触れば折れてしまいそうで、肌の白さはその前に自分の熱で火傷させてしまいそうだ。
清純なドレスを身にまとった彼女の腕を支え、細い腰回りに手を当てがいエスコートをしたい。
微笑を浮かべる彼女の隣に立てたら、何処よりも素晴らしい特等席になるだろう。
アルコールか、人の熱気か、白い肌を赤らめた彼女を外に連れ出し、夜風に当たる。
夜闇の中でも彼女は輝き、麗しさを増してこちらを更に酔わせてくる違いない。
その視線の先は自分であって欲しい。
否、自分でなくてはならない。自分以外は考えられない。
鼓動が早く大きくなっていく。視線が、意識が、離せない。
恋に落ちた。本能で理解し、左胸を握りしめた。
父親の件で、恋は落ちてはいけないと思っていた。だから、娼館で肉欲を満たしていた。
ディルムが恋人に溺れる様、ザックスが迫られてたじろぐ様、それを見て満足していたはずだった。
気をつけていたが、本当に恋とは簡単に落ちるものだと改めて感じる。
ふと、気がつく。先程の絵姿がレナータなら、こちらはベアトリス・アズレイアとなる。
希少な魔法の適性を受け継がなかった。ただそれだけで、虐げられ続けた女性。
この可憐な女性が、ちっぽけな理由で痛めつけられてきた。頭に血が上り、絵姿を持つ手に力が入る。
許せない、許してはならない。ヘンドルスト国の馬鹿げた世論が元凶だろう。絶対に、壊す。
「……リス、クリス!」
呼びかけられ、我に返った。そして、自分の魔力が溢れ出ている事に気づいた。
慌てて周りを確認すれば、案の定の光景が広がっている。
地面に倒れ顔だけ必死にあげるビー。膝を立て苦痛の顔で耐えているザックス。全身が押さえつけられくぐもった声を上げるディルム。
全員が、見えない何かで押さえつけられていた。それが自分のスキルの所為だと、すぐに魔力の放出を止める。
外に出した魔力が、近くの生命体にのしかかる。濃さによって重さが異なるが、まともに立てなくなるらしい。
スキル、『重圧』。無意識のうちに発動していたようだ。
絵姿の女性の悲惨な過去を思い浮かべ、『重圧』を放つ程に怒り狂う。重度の恋煩いだ。
諦めたようにため息をつく。やはり、血は争えない。『狂愛王』の息子として相応しい。自嘲気味に笑う。
「ザックス。『転移』で各国王族回っぞ」
「クリス自らが交渉に入るのか? だが、『重圧』は」
「いや、使う理由できたわ。ベアトリス嬢に惚れた」
告げた途端、クリストフ以外の全員が固まる。呆けた顔で開けた口を閉じないまま、クリストフを凝視していた。
「……マジかヨ?」
「こんな洒落にならねー嘘、つく訳ねーだろ」
「それもそうネ……でも、びっくり仰天ヨ」
「二の舞にはなるまいと、大手を振ってパーティ欠席に娼館通いまでしていたが……防げなかったか」
「当たり前だよザックス! 恋というのはね、理屈ではないんだよ!」
いち早く衝撃から持ち直し、目を輝かせてディルムは宣言する。
フィアンナと出会ってから、『狂愛王』の気持ちが分かったと常々口にしていただけある。
『狂愛王』の出来事は、周辺国に広く知れ渡っている。何せ、有名な劇の一つとなっている。
その直系が、恋に落ちた相手を助けようとしている。『重圧』を使わなくても、その話だけで大抵の国は掌返して協力的になるはずだ。
一連の出来事は十六年前を境にして起きている。
特に、全てが終わった『血濡れの忌明け』は十五年前。悲惨な展開が目に焼き付き、今なお残っている王族の方が多い。
出来れば触れたくない話だが、それでベアトリス嬢が救えるなら安いものだ。そこも変わったと、クリストフは苦笑する。
「まず、叔父上に許可貰わねーとな」
最も、叔父も義叔母も震えて許可するだろう。自分の兄と同じ末路を、甥である自分に負わせたくないとよく話していた。
フィアンナの危機だとわかっている一方で、ベアトリス嬢を思い足取り軽く部屋を出た。
溢れんばかりの恋慕は、血の濃さを自覚させた




