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「おい貴様! テオドール殿下の婚約者でありながら、何もしていないとは無礼だぞ!?」
「そうだそうだ!」
「そう言われましても! 私、平民ですから! 私から近づくとか恐れ多いですわねぇぇぇぇぇ!?」
「それもそうだがっ」
「私よりもせーじょ様がいるからいいのでは!? 貴族で聖魔法使い! 対する私は何もない平民! どちらがいいかは、明・白!」
怯まず怯えず、堂々と大声で反論する。そうすると、勢いに呑まれた名もなき男子生徒二名はフィアンナの前から去っていく。
また勝った。頭に勝利の曲を流しながら、表面上はにこやかに微笑む。
約一ヶ月半が経った学園生活は、思っていたよりは酷くない。
毎日のように五大家と性女に絡まれるかと身構えていたが、そんな事はなかった。
考えてみれば、奴らがわざわざ一学年下まで来るはずない。代わりに同学年の五大家信者が絡んでくるが、数言の反論で逃げていく。
おまけに、再チャレンジしてくるのは縦ドリルのみ。歯ごたえのなさが逆にありがたい。
その間、ゆっくりとベアトリスと友情を育んだ。その効果は現れていると思う。
現に今、扉からこちらを見てフィアンナに近づくベアトリスの顔は明るい。
「アンナちゃん、大丈夫、だった?」
「あ、ベアちゃん! モチロン、大丈夫!」
そう答えれば、ニッコリと安堵の笑みを返された。
周りの生徒が見惚れて赤面する程の破壊力である。フィアンナは何とか慣れた。
愛称での呼び合い、敬語なし、共に行動。お願いされる度に、ベアトリスの心の壁がなくなっていく感じがした。
今では親友と呼んでもいい仲だと信じている。
比例して、周りの反応が変わっていった。ベアトリスの笑顔に見惚れ、少しずつだが交流する者が増えている。
元々、五大家をよく思っていない貴族が多いのだ。その人達がベアトリスを激しく批判する必要はない。
ただ、ベアトリス自身が批判する連中の所に居ざるを得なかった。それを示す様に、縦ドリルを中心とした連中は未だに聞こえる陰口を叩くのだ。
即座にフィアンナが煽り反論で黙らせているが、連中にとっては息をするのと同じ自然な行動なのだろう。
理解できなく、したくもない。
「待たせてごめんね?」
「ううん、この位、問題ないよ」
「良かった! じゃ、行こ!」
フィアンナはテキパキと帰宅準備を済ませ、ベアトリスに笑顔を返す。
その頭からは、先程の名無し男子生徒の事は消え失せていた。
何せ、これからベアトリスと二人きりのお茶会である。名無し相手へ向ける意識など欠片もない。
お茶会といっても、中庭で景色を見ながら軽食を食べる簡易的なものだ。それでもフィアンナとしては充分であり、何より邪魔者が入らない事が嬉しい。
五大家連中には特別室があり、休み時間や放課後に能無し王子一行はそこに篭もる。
男四人に女一人。何も起こらないはずがない。だから性女である。
縦ドリルを筆頭とした崇拝者達は、特別室の護衛や世話係と化す。本人達が満足そうなので、近づかなければ平和なのだ。
「素敵だね」
「だね〜」
中庭にはあちこちにベンチが置かれており、その一つにフィアンナとベアトリスは腰を下ろした。
リンドウやコスモス、アメジストセージが調和して咲いている。心洗われる光景だ。
周りが静かな所もポイントが高い。中庭の人気はバラが咲き乱れる花壇だ。だから、この辺りに人が来ることは滅多にない。レナータのお墨付きだ。
「レナータお姉様も一緒なら良かったのに」
「仕方ない、よ。二年生と、スケジュール違う、から」
「そうだねぇ」
言いながら、食堂で買ってきた紅茶を飲む。まだほんのり温かい。おもわず、ほっと息を吐いた。
メインである革命計画も進んでいるらしい。レナータからそう聞かされている。
モンチェ辺境伯領で動くビーの動きは、レナータを経由しないと知れない。フィアンナが文を送ると不自然だからだ。
腹黒子供がどこまで察するか不明な以上、なるべく水面下で行動していたい。
現時点で、明確に賛同を見せている貴族は五分の一程度。まだ迷っている者が大半らしい。
パラロック国も似たような状況だと言う。両方とも、勝ち筋がまだ見えないから覚悟が決まらないのだ。
「難し〜」
「何が?」
「あ゛っ、なんでもないです!」
ベアトリスから声をかけられ、上擦った声で反応した。下から覗き込んで上目遣いは強すぎる。心臓がバクバクと痛い。
不思議そうにしながらも、ベアトリスは離れて自身の飲み物を口に含む。彫刻みたいな完成された美に、嘆息するしかない。
この可憐で儚く美しいベアトリスは、酷い境遇の中でも懸命に生きてここにいる。
その彼女に、人生の根本を覆す真実を伝える。
上手く伝える術が思いつかない。学園生活の中で、フィアンナが最も頭を抱えている問題である。
ベアトリスを革命の旗印にする案は変わっていない。変わったのは、フィアンナが抱く印象だ。
思っていたよりも儚く、守ってあげたい存在。愛しのディルムの元へ帰る為、利用するには罪悪感が重すぎる。
できれば、ベアトリス自身でこちら側に来てほしい。ディルムが『夢路』で提案していた、彼女の精神的成長にも繋がるはずだ。
そう思うのだが、話の切り口が見つからない。
学園で笑顔の増えたベアトリスに、こんな暗い話題を振るタイミングがないのだ。フィアンナ自身、ベアトリスが笑顔になるような話題しか扱っていない。
中途半端が一番良くないと分かっている。分かっているが、現状が安定してるから先に進みにくい。
ここに来て、フィアンナの心は揺れていた。
花々を目だけに映し、スコーンを無心で食べる。直前の定時連絡で、ビーからそれとなく急かされた。レナータも同じ意見だと言う。
早くディルムの元に行きたい。
ベアトリスにはこれ以上辛い思いをして欲しくない。
相反する思いが天秤で揺れる。後者が健闘しているからこそ、困る。基本的にはディルム一択だというのに。
「ねぇ、アンナちゃん。聞きたい事が、あるの」
「んぐ……ん、なぁに?」
「外の国について、教えて?」
一瞬、時間が止まった気がした。ベアトリスからこの話題が出るとは思わなかった。
計画を知っているかと背中が冷えたが、すぐに持ち直す。純粋に、他国がどういうものか気になるのだろう。酷い環境下だったから尚更だ。
「私がいた国か〜、そうだね〜」
「隠している事も、全部だよ?」
「…………ふぇ?」
内容の線引きをしていたフィアンナは、今度こそ固まる。
タイミングは向こうからやってきた




