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モンチェ辺境伯邸へ怒涛の到着から五日。ロゼリア夫人達は順調に回復しているようで、安心した。
その間、フィアンナとビーは客人として接されている。騒動でしっかりと対応できない事に謝罪されたが、普通の人扱いだけでも屑屋敷とは大違いだ。
清潔なベッドと三食があるだけでも有難い。
立ち位置としては、フィアンナは身内の家に遊びに来た令嬢。
ビーはたまたま迷い込んだ金龍帝国の王女だ。普段は使わない血統を前面に押し出し、大手を振ってスキル暴走の痕跡を調べている。とても楽しそうだ。
ザックスはパラロック国に戻っているが、一日に数時間はこちらに来ている。
立場上、ザックスは長居できない。元々、『転移』でビーを送った後、今後の事を把握してから帰る予定だったという。
だが、話し合いに抜かせない辺境伯夫人の状態から、回復を待つ事になっている。
その時まで、ザックスはこちらに来ないはずだった。
『ザックス様がお帰りになられる!? お待ちくださいませ! ワタクシ、ザックス様の事を知り尽くせておりません! ワタクシの事もお伝えしきれてませんわ! 隠れる必要があるというなら、是非とも! 是非ともワタクシの部屋においでなさいませ!』
『み、未婚の令嬢の部屋に居る訳にはいかない!』
『将来を約束すれば問題ありませんわ! ワタクシ、貴方様の全てをお慕い申しておりますの!』
『待て待て待て待て早まるな! と、止めてくれフィアンナ嬢!』
『嗚呼、つれないお方! フィアンナではなくワタクシに何もかもを頼ってくださいませ?』
『ビー! ビィー!』
凄い光景だった。
淑女の微笑みを浮かべながらも部屋に引きずり込もうとするレナータに、必死に抵抗するザックス。
嫌っている訳ではなく、慣れていない上に急な展開への戸惑いが大きいように見えた。
困惑する屋敷の人達を尻目に、ビーはケラケラ笑っていた。
ここで、フィアンナは妙案を思いつく。ザックスを介せば、更にディルムと連絡が取れる。
急いで落ち着かせ、配達人として一日に少しだけ滞在すると手を打たせた。
『流石フィーちゃんの従姉妹ネ。でも、それすら利用するフィーちゃん天晴れヨ』
笑い疲れたビーの呟きには、誇らしげな顔で返した。しかし、レナータが一目惚れでここまで変わるとは思わなかった。それだけは意外である。
尤も、かなりの優良物件だと分かっているから応援できる。上手く行けと、強く念じた。
ザックスがいる間は彼に付きっきりのレナータだが、他の時間はフィアンナにマナーや勉強を教えてくれる。
不本意ながら、学園に通学する為には最低限の知識が必要だからだ。
昔ながらのハチャメチャなマナーではなく、実用的なマナーだ。やはり、五大家と連なる一部の高位貴族以外は、まともなマナーを身につけているようだ。
その間、ビーは大好きなスキル関連に浸っていた。スキル暴走の痕跡調べ、アダムの魔力コントロール練習などだ。
耳馴染みのないスキルを主体とした練習だが、現状から数ヶ月で眼帯も外せる程度に安定する見通しらしい。
暴走する程の魔力はあっても使えなかった。そんな状態から考えると、優秀だとビーは笑顔で言う。
その上で、水魔法として魔力を扱っていたレナータ。
スキルとして意識したとはいえ習得は早すぎた。
『ザックス様が来られましたのぉ!?』
屋敷に着いた翌日に、オフィリアの世話をしていたレナータとフィアンナ。そこに執事が来訪を告げるや否や、レナータは喜び手を叩く。
瞬間、動きやすいパンツスタイルから清楚なドレスへと変わったのだ。
目を点にするフィアンナや執事を他所に、レナータはウキウキ気分でその場を去っていった。
直ぐにビーに告げてから検証。結果、レナータのスキルだと判明した。
『早替』。
所有する服の中から、好きな物を瞬時に着替えられる。馬に乗り剣を扱う淑女には、うってつけのスキルだ。
それにしても、片思い相手に会うが為に発動させるとは誰が予想できるだろうか。
やはり、恋する力は凄まじい。愛しのディルムに思いを馳せ、現実で再会したい想いが強まった。
そうして迎えた六日目。ロゼリア夫人が問題ない程に回復し、遂に話し合いがされる事になった。
流石に長時間は起き上がれないだろうと、寝室に集合となった。
ベッドで上半身を起こすロゼリア夫人と、隣で座っているモンチェ辺境伯。ベットの足元に置かれた椅子にレナータとアダムが並ぶ。
モンチェ辺境伯一家とテーブルを挟み、フィアンナとビーは座った。既に冷たいレモンティーと茶菓子が用意されている。
重い空気の中、口火を切ったのはロゼリア夫人だった。
「夫や子供達から事情は聞きました。わたくしやアダムを助けて頂き、感謝しかございません」
「ワシからも改めて礼を言わせてくれ。本当に、表しきれない程の感謝しかない」
「そんな事ないネ! ビー、スキル暴走見れて満足ヨ! それに、ホントの話はこれからネ」
ビーの一声に、緊張が走る。そのまま、ビーは分かりやすく説明を始めた。
まず、フィアンナの過去から始まり、今の居場所に到るまで。
話を聞いているモンチェ一家が憤怒で顔が歪んだ。既に知っているレナータも、怒りのあまり扇子を片手でへし折っている。
フィアンナとしては、それよりディルムとの奇跡的な出会いをもっと語って欲しい所だ。劇的に、情熱的に。
サラッと流したビーの代わりに話そうとしたら、口にお菓子を放り込まれた。
解せない。話が進んでしまったので、恨めしげにビーを見つめながら菓子を食べた。
次に、ここに来た経緯。屑野郎が来てからこの屋敷に来るまでを、フィアンナが率直に告げた。
もう、四人から発せられる怒気が目に見えそうである。
ただ、フィアンナが奴らを馬鹿にして煽った所は、それはもう爽やかな笑顔を浮かべ聞いていた。
もっとやれ、と顔が語っている。今後も同じ対応をするつもりなので、いい笑顔でかえしておいた。
最後に、今後の行動指針。フィアンナはこの国から出たいが、戸籍が邪魔。その所為で、パラロック国も強行手段を取れない。交渉は無駄だろうし、戦争は被害が大きい。
だが、ヘンドルスト国の閉鎖的な支配は他国に悪影響。それらを全て踏まえ、一番いいのは内からの崩壊だ。
『他国とのパイプを持ったフィアンナが、国内の腐敗と対抗する人々を見て他国と連絡。心打たれた他国からの応援もあり、腐った土台である王家を打ち倒す』。
そんな美談に仕立て上げるよう、既にパラロック国は動いている。
これなら、パラロック国への非難は抑えられそうだ。そして、ディルムと心置きなく愛し合える。
馬鹿らしい上下関係も魔法絶対主義も『異端』もなく、いい案だ。
そう思うのだが、モンチェ一家は考え込んでいる。悩み所があるのだろうか。
「生まれ育った国、滅ぼす。いい気分じゃないネ。でも、見逃す無理ヨ。接点作れば、ビーが説得するネ」
「そこは分かっておる。こんな簡単に救える者達を、下手なプライドで見捨てた王家は許せん」
「夫の言う通りです。『異端』が増えていると聞きますが、対処方法も原因究明もしていませんもの。五大家に不信感を持つ者は多いです。彼等を我が家に呼び、仲間にする事は容易いこと。でも、問題が一つ」
ロゼリア夫人が細い指を一本立てる。
「烏合をまとめ、導く者がおりません」
「どういう事ネ?」
「長年植え付けられた選民意識というものは、そう簡単に取れないのさ」
モンチェ辺境伯が続ける。
確かに、『異端』の処理や魔法絶対主義で、不満を持つ人が多い。
現状以外を知らないから他を選べないとフィアンナは思っていたが、それは一因に過ぎないと言う。
第2回会議回




