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私服姿でも、堂々たる騎士の雰囲気が隠しきれていない男性。見覚えしかない姿に、フィアンナは顔を明るくして駆け寄った。
「ザックスさん!」
「フィアンナ嬢。無事で何よりだ」
優しい笑みでフィアンナの頭を撫でるザックス。
心地よい撫で具合。ディルムの兄貴分ということもあり、フィアンナもザックスを兄の様に慕っている。屑野郎なぞ、血が繋がっている事実も消したい。
撫でる手付きは優しい。だが、未だに離れから時々聞こえる奇声に反応して殺気が漏れている。
確か、ビーの護衛という体でこちらに来る手筈だった。
ビーが先走った今、予定が狂った原因に怒り心頭しているのがありありとわかる。
直接、フィアンナの場所まで来た辺り、単独かつビーへの怒りが『転移』の魔力消費によるデメリットに勝ったらしい。
「あの馬鹿がほんとうに申し訳ない……!」
「いえ……混乱してましたが、とりあえずの問題は解決しましたし……」
「全て放り出して来ているようだからな。それ位はしていなければ困る。そうでなければ、引きずり出して謝罪させていた」
「仕事、放り投げてきたんですね……」
「然り。さて、混乱させてしまった辺境伯への謝罪は必要だろう? 何処に居られるか、フィアンナ嬢はご存知か?」
ビーに呆れかえりながらも、ザックスは毅然とした態度で尋ねる。その問いに、フィアンナは考えた。
ロゼリア夫人と使用人達の休養の為、屋敷内は大慌てだ。ザックスの礼儀正しい、悪く言えば堅苦しい謝罪を受け入れる余裕は恐らくない。
正直に言えばザックスは了承するだろうが、罪悪感が暫く残るだろう。生真面目な性格上、コミュニケーションに悪影響になるに違いない。
少し考え、導き出した妙案に手を叩く。
「魔力暴走に中てられた人達が弱っていまして、辺境伯や他の使用人達はその対応をしてます」
「衰弱していたのか? それならば優先すべきは其方だ。致し方ないが……」
「でも、レナータお姉様とアダム様はそちらに居ますよ」
そう言い、先程までいた場所を目と手で示す。
すると、目線の先でレナータが惚けていることに気づいた。
顔を赤らめて、ザックスに見惚れている。フィアンナの誘導でザックスがそちらを見れば、大袈裟に体が跳ねた。
頬に手を当てて目が合わせられていないレナータの姿は、正しく恋する乙女。
フィアンナの好奇心がむくむくと湧いた。
生温かく見守る中、ザックスはレナータ達に近づいていく。そして、ある程度の距離で片膝をつき頭を下げた。
「パラロック国の子爵家が一員、ザックス・コンスタンと申します。此度は蜂蘭嬢の護衛として来訪予定でしたが、蜂蘭嬢が予定時刻よりもはるか前に来訪。結果として混乱を招いてしまった事を、深く謝罪いたします」
「わぁ……! パルドーラのきしみたい……!」
アダムが目を輝かせ、尊敬の眼差しをザックスに向けている。絵本か何か、似ている人物がいるのだろう。
レナータも騎士の礼に見惚れていたが、我に返ると慌ててザックスに手を伸ばした。
「た、確かに驚きましたが、此方としては早く解決できて安心しましたわ! だからお気になさらず、頭を上げて下さいませ!」
何故か、レナータも混乱している。その為か、了承も得ずにザックスの手を両手で包み込んだ。
途端、ザックスの顔が真っ赤になり、引き締めていた表情が変わった。
「え゛! へ、辺境伯嬢!?」
「あ、ああ! つい、お手を伸ばしてしまって……奥方様に顔向けできませんわ……!」
「い、いえ。お、俺には妻も恋人もおらず…………だから、そのだな……………………じょ、女性に触れられる事に、慣れていないのだ…………」
目を逸らしながら恥ずかしそうに告げるザックス。間近で目撃したレナータは一瞬硬直した後、ゆっくりと息を吐いた。
同時に、雰囲気と目付きが変わる。
あの様相、フィアンナは見たことがある。猛禽類が獲物を狙う時のソレだ。
そして、再び両手で手を包むと、自らの胸元に引き寄せた。
当然、人よりも大きな山に手が当たり、ザックスが思いっきり動揺していると見てわかる。
「騎士様。ザックス様とお呼び致しますわね。想い人がいらっしゃらないということですが、ワタクシはいかがでしょう?」
「なっ!? はっ!? やっ!?」
「レナータ・モンチェ。今年で十七。九つでアダムが産まれるまでは跡取り教育を受けておりまして、領地経営に関しての腕もありますわ。淑女教育は家庭教師よりお墨付き。また、辺境伯ということ、幼き頃より剣術と馬術も習っておりますの。少なくとも、この国の騎士よりは自信がありましてよ? 貴方様を隣で支えるも後ろで支えるもワタクシは対応してみせますわ」
「まっ、待っ」
「嗚呼、雄々しく凛とした佇まいでありながら初な反応。なんて素敵な貴方様。ワタクシの理想そのものですわ。ワタクシも、貴方様好みになりますわよ。お淑やかがいいなら、剣も馬も封印いたしましょう。淫らがいいなら、伽にて鮮やかに踊ってみせましょう。ねぇ? ザックス様?」
「自分を! 大切にしろ!」
許容量を超えたらしい。ザックスが真っ赤な顔を両手で隠し、その場で蹲ってしまった。
それすらも愛おしげに見つめるレナータ。面白くなってきた。
わくわくしながら眺めていると、能天気な声が聞こえてきた。
「ハオハオ! 大☆満☆足☆ヨ!」
この場において何も考えていない声。縮まったザックスの肩が反応する所が見えた。
それに気づかず、スキップ混じりでフィアンナに近づいてくる。そのまま、話題の中心であったビーはフィアンナに抱きついた。
「フィーちゃん! 元気そうで何よりネ!」
「ビーさん……」
「いや〜! あの坊やの『石眼』、凄いヨ! 屋敷に残った痕跡、解析楽しすぎネ!」
「ビーさん、ビーさん」
「やっぱ速攻で来て正解ネ! 他の人も、スキル知らない状態! 調べる、絶対楽しいヨ! 小煩いザックス置いてきたのも大正解ネ!」
「ビーさん、後ろ後ろ」
再三の注意で、渋々とビーがそちらを見る。
そこには、ゆらりと立ち上がるザックスの姿。
ビーが硬直した。
「ビィー……!」
「………………………………さよならヨ!」
「そこに直れぇ!」
瞬発力も、判断力も、ザックスの方が上。
瞬きする間もなく、ゴチンと固く痛そうな音とビーの悲鳴が響き渡った。
恋は唐突に堕ちるもの




