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「記憶がないならそうなりますわね。我が家はモンチェ辺境伯。国境が森ですから、稀に旅人が入って来られますの」
曰く、隣国との国境である森は、隣国側に広がっている。深く広大な森に方向感覚が狂い、慣れていない人や方向音痴な人がこちら側に出てくるという。
発見した民がモンチェ辺境伯に報告、屋敷に数日保護した後に森の抜け方を教えて帰すらしい。
本来なら更に上、つまりは王族に報告義務があるが、処分しろとしか返ってこない為にしていないようだ。
理由は他国の者は皆スパイだから。証拠も何もなしに馬鹿丸出しである。
「だから、この国の歪さをより理解しているつもりですわ。例えば……貴女が先程お使いになった力。あれが『スキル』と呼ばれるもので間違いありません?」
「ひょえっ!?」
まさかの指摘に、フィアンナは正直な反応を示した。
頭の中がはてなマークで埋め尽くされていく。混乱するフィアンナの前に、レナータが片手を掲げた。
白魚みたいな細く美しい指が、空中で円を描く。すると、その跡に透き通った水が浮かび上がった。
水魔法だ。初めて見る光景に目が離せない。これが初めてだ。
馬車内で見たかもしれないが、気の所為である。あんな雑な方法を初見と認めるわけにはいかない。
「きれぇ……」
「我がモンチェ辺境伯も、水魔法使いの系譜ではありますのよ? 数世代に一人ほどの割合ですけれどね」
「なるほど……。あれ? ってことは、さっきので屑野郎にバレた!? どうしよう!」
「ご安心なさい。微塵も気づいておりませんでしたわ」
「屑野郎が無能で安心した〜!」
ホッと一安心した。剣の腕もなければ魔法の腕もない。
家名の地位だけでゴリ押ししている、傲慢の塊。ただ、他の魔法使いには気づかれる可能性が残っているから、気をつけなければ。改めてフィアンナは決意する。
ふと、レナータの手が震えている事に気がついた。馬の振動によるものではない。
「レナータお姉様……?」
「……ねぇ、フィアンナ。他国では、『異端』という言葉はなく、『スキル』という言葉があるのでしょう?」
「え、ええ、そうですよ」
「『スキル』が暴発したからと、処分はしないでしょう?」
「当たり前です! 確か……魔力のコントロールが原因だから、その力をつければすぐ治ったは、ず……」
前にビーが話していた内容を思い出し、口に出す。言いながら、レナータが言わんとする内容を察した。そして、その現状と真実を重ね合わせ、サッと青ざめる。
頭が良くないフィアンナにも分かってしまった。
「す……『スキル』の暴発を、『異端』の一言で片していた…………?」
『スキル』暴走。一般的には魔力暴走と呼ばれる現象だ。
確か、十歳未満の幼い子供に魔力量が高いと起こりやすかったはすだ。この国で発生する『異端』と同じ条件。
きちんと調査すればわかる事だ。
他国と交流を取っていれば察せる事だ。
上手くコントロールできれば、国の発展に役立ったはずだ。
この国の権力者が目を背け、過去に囚われ、知らない現象を視界から消した。魔法にしか目が向かず、『スキル』の存在をすら知らないこの国の人々。
たったそれだけで、何十人の幼子が犠牲になっただろうか。考えたくない。
気持ち悪くなってきた。不快感に口を塞ぐと、馬がその場で振動を少なくして止まった。
「……配慮が足りませんでしたわね。少し、休みましょう」
「お姉様……」
フィアンナを気遣う声が、弱々しい。他国にいたフィアンナより、国内にいたレナータの方がダメージは大きい。
当たり前のことだ。逆に気を使わせてしまって申し訳ない気分になる。
「……アダム……」
ボソッと、本当に小声でレナータが呟いた。その後、レナータの体が震え始めた。
重たい沈黙がフィアンナを包む。どうしよう。内心で焦るフィアンナは、嫌な方向へ頭が働く。
レナータと屑野郎は従兄妹で、二人の会話で出てきた『異端』の存在は屑野郎と従兄弟。
だとすれば、レナータと『異端』は姉弟の可能性が高い。
それが正しければ、レナータは兄弟殺しを国から命じられている状態だ。
だが、『スキル』と『異端』が同じなら、他国にいたフィアンナの知識で助けられる。手をかけずに済む。
もしかしたらその希望も持って、わざわざ助けてくれたのかもしれない。
「レナータお姉様……その、アダム、という方が……」
「…………ワタクシの、大切な弟……。『異端』、なんて言葉で、殺すなど出来るはずがありませんわ……!」
「そうですよね。私も持っている物全部お伝えしますから、治す為に早く行きましょう!」
「フィアンナ嬢……感謝致しますわ」
気を取り直したレナータが、手綱を強く引く。馬は嘶き、颯爽と走り出した。
レナータはある程度、真相を考えていたので話がサクサク進みました
決して、展開が早かった訳ではry




