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重要キャラ登場
「この人達は本当に学習しないな〜」
侍女服を着ながら、『暗示』にかかった相手を眺める。
いくら忘れるようにしているとはいえ、そろそろ不審がられるかと思っていた。だが、その様子は全くない。
この侍女も何の警戒もなく、ストレス発散しようと近づいてきた。顔の判別がつかない位だから、情報共有もないらしい。悲しい仕事生活である。
廊下を歩き、適当な使用人を探し始める。
昨日は行かなかった方向へ行くと、厨房から出てきた侍従に捕まった。
「ちょうどいい所に! お前もこれ運んでくれ!」
「ふぇ?」
「ハハッ。ラッキーすぎてそんな声出るよな! 鍛錬中のニルス様とか眼福物だろ?」
爽やかな笑顔の侍従に、乾いた笑いで返すしかない。どうやら、屑野郎は女に人気があるようだ。
渡された籠を持ち、ワゴンを押す侍従の後を追う。明るい感じの青年だ。流れで話を振ってみる。
「く……あの方は努力家なんですね?」
「そりゃそうだろ! ニルス様はお強いから、王子の近衛騎士候補だ! それに聖女様も現れたしな!」
「聖女……王子の恋人でしたよね?」
「そうそう! 一緒にいるだけで穏やかになるような素晴らしい令嬢らしいぞ! ニルス様もご学友もご熱心で、ニルス様は絶対お二人を護ると意気込んでるんだ! 素晴らしい騎士道だよなぁ」
「……お二人の為に妹を暴力的に支配して身代わりにするつもりですが、騎士道としてはいいのですかね?」
「ん? そりゃ仕方ないだろ。王族と聖女の為なんだ。そんな事どうでもいいだろ」
人の良さそうな青年だが、根っこはこの国に染まりきっているようだ。まともな人かと少し期待した自分が馬鹿だった。
小さく溜息をついたが、侍従は気づかず話を続けている。
屑野郎が近衛騎士、ジャクソン侯爵子息が宰相、パスカル侯爵子息が最高司祭という地位が有力だそうだ。
最高地位には四大侯爵家の近親者が就くが、直系が直々に揃うことは珍しいらしい。
そこもまた、魔法適性が重要という。正直、関係ないだろうと内心でツッコむ。
三人とも、聖女に心酔しており、彼女が王妃にならないことを嘆いているという。
それも相まって、仮でもその座につくフィアンナに攻撃的だと侍従は考えているみたいだ。こっちは全く関係ないというのに、はた迷惑な話だ。
苛立ちを抑えるため、脳内でディルムとの愛しい日々を思い浮かべる。愛しさで怒りが脳の端っこに仕舞われた。愛の力は偉大なり。
平静を装いながら、中庭へと出た。久しぶりの太陽の光が身体に染みる。自然と笑みが浮かんできた。綺麗に整えられた中庭に季節の花が咲き誇る。
その先の庭の隅に、屑野郎がいた。
造られた円形の空間の中心で、素振りしている屑野郎。
その様に、フィアンナは眉をひそめた。
まず、場違い感。整えられた草花を背に、剣を構える姿は一種の絵の様だ。現実味がない。
屑野郎の剣の振り。頭上にしっかりと構えて、振り下ろす。基本的な剣術の型だが、実践向きではない。
最後に屑野郎の筋肉。多少はついている程度の肉付きだ。しなやかな筋肉というのもあるが、それではないだろう。
余裕の表情を浮かべている辺り、余力十分。貴族としてはそれでいいかもしれないが、訓練とはいえない。
要は、騎士としての資質が全く感じられないのだ。脳裏にザックス率いるパラロック国騎士団を描く。
専用の訓練場で、汗をかく程に真剣に素振り、模擬戦闘をし、休息もとる。
ザックスはもちろんだが、他の騎士も筋骨隆々としている者が多い。そこに屑野郎を投げ込んだら、あっという間に逃げ出しそう。
「ニルス様。アフタヌーンティーをお持ち致しました」
「もうその時間か」
ちょっと待て。その時間か、じゃない。
剣の練習をお茶の時間で止める騎士がいてたまるか。
パラロック騎士団も休憩はとるが、五分から十分程度。昼食時を除き、朝から夜まで集中して訓練に励んでおる。
公私の区別がしっかりついていて、休みの日もちゃんとある。
この時点で私情がメインの屑野郎は、真面目に騎士を目指す気がないとわかる。
これで本気だと言う気なら、この国の武力面もろくでもない。
侍従はワゴンを固定すると、その上に食器を置いていく。
手で呼ばれて持っていた籠を渡すと、その中から次々と菓子を取り出して皿に乗せた。
思っていたよりも本格的である。
訓練の後なら、アイスティーと甘味ではなく水と塩味と鶏肉を取れ。
筋力上げに最適なメニューだと、ザックスや役職持ちの騎士は言っていた。
剣を鞘にしまい、侍従に椅子を引かれて屑野郎は座る。これが国王を護衛していたら、いくらでも暗殺できそう。
冷たい茶を楽しむ屑野郎に唾を吐きかけたい。
酷すぎる光景に頭が痛い。ディルムに撫でて慰めて貰いたい。
もう、侍女のフリをやめて、さっさとこの場から離れてしまおうか。
「中途半端な訓練は自身の腕を鈍らせますわよ、ニルス・ワーキン。まぁ、貴方に立派な騎士道はないことは存じておりますけど」
フィアンナの心を代弁した言葉が、凛とした声で聞こえてきた。声の主はこちらに近づいているらしく、入口方向の道から歩いてくる姿が見える。
屑野郎は不愉快さを前面に出してそちらを向き、フィアンナも向いてみる。
そして、限界まで目を開いた。
人間、誰しも憧れの人物像があると思う。フィアンナもいくつか想像している。
その内の一つ、『わたしがかんがえる、さいきょうのおんなきし』像が現実となって目の前に来ていた。
女性にしては高い背丈はスラリとして格好いい雰囲気が出ている。ただ、スレンダーという訳ではない。
動きやすいパンツスタイルはたわわに実った胸、キュッと引き締まった腰、そこから丸みを描く下半身と女性的魅力を全面的に引き出している。
恐らく、乗馬でここに来たのだろう。パンツスタイルが似合いすぎだ。
艶やかな水色の髪は高い位置で結われ、体の動きに合わせて揺れる。
気品さと凛々しさを感じる顔つきに、少し吊り上がった目は夕陽を移しとったかのように綺麗である。
「ふひゃあ……」
あまりにも理想的な麗人に、空気が抜けた声が出た。侍女に扮してなければ、間違いなく興奮して飛び上がっていた。
そうなれば、麗人に不審がられてしまう。危ない所だった。
ボンッキュッボンな色気ムンムンセクシー系も嫌いじゃないです




