11
情報収集回
最愛の人に出会えた後の、薄暗い小部屋はどうしようもなく気分が盛り下がるものだ。
だが、ディルム達パラロック国の目的を知った今、落ち込んでいる場合ではない。
自分の行動が、ディルムとの幸せな未来を作る。そう考えると、気力が満ち溢れていく。
「よし! 駄目使用人でも情報はあるはず!」
この国に不平不満を持ちながらも、抵抗できない権力者。多くいるだろうその人達を知らなければ、話にならない。
得る情報を再度確認し、フィアンナは動き始めた。
そう意気込んで早十日。予想以上に情報収集が進んでいた。
「屑が雇う駄目使用人って、口も軽いのねぇ」
侍女服に身を包んだフィアンナは、周りに聞こえない声でしみじみと呟いた。掃除用具を手に堂々と廊下を歩くが、誰も気づかない。
すれ違う仕事仲間どころか、上司である侍女長や主の屑一家も、ただの侍女として扱ってくる。おまけに、仲間同士でも名前呼びがない。
つまり、誰も仲間の顔をろくに把握していないのだ。
カドヴァーナ家では、義両親もディルムも使用人とは仲良くし、ちゃんと名前も家族構成も覚えている。それと比べると、ここが全然違う国だと分からされた。
「まぁ、ここの人達は良心がないってわかったからヨシ! 遠慮なく捨てられる!」
『暗示』は相手に触れなければ効果が出ない。そこだけが心配だったが、駄目使用人達は性根まで駄目だった。
侍女が一人で朝昼夕、明らかに残飯な食事を持ってくる。ドアを開けてサッと置いて出ていけばいいものを、暴行しにフィアンナに近づいてくる。
その時に腕でも足でも掴み、スキルを使う。
『貴女は私が帰ってくるまで服を交換してフィアンナとなり、部屋の隅で毛布を頭からかぶり縮こまる。その間の記憶は消える』。
それだけで、簡単に外を出歩けるようになった。ザル警備だ。
使用人達も、見下ろして暴言を吐きに来るクセに同僚だと気づかない。中には水を浴びせる者までいた。
結局、虐げる対象がいれば満足なようだ。
部屋の隅でビクビク震えて謝罪を口にする、ぽっと出の侯爵令嬢をサンドバッグ代わりにしているだけ。反吐が出そうだ。
そんな性格だからか、権力者の不幸な噂話が大好物。
ちょっとフィアンナが聞けば、おぞましい笑顔でペラペラと話す。自覚しろと鏡を見せつけたくなった。
それを抑え口では話の礼を言い、心では唾を吐き捨てた。
使用人用の質素な食事を味わってから、嫌々ながらも元の部屋に戻る。服を交換し、侍女は元に戻った。
「あらヤダ、こーんなご飯が美味しかったの? 平民様は豚みたいね〜」
侍女は空の食器を見てケラケラ笑い、片付けるべく運んでいく。ご機嫌な後ろ姿につい吹き出しかけた。
フィアンナが帰ってきた時には、既に残飯はなくなっていた。自分が食べたとは知らず、いい気になっているのが可笑しくて仕方ない。
「さて、と」
侍女が完全に去ったのを見計らい、フィアンナは部屋の隅に移動する。そこに積んだ本の一冊を取り、挟んである数枚の紙とペンを取り出した。
今まで得た情報は、忘れないようにメモしてある。物は執務室らしき場所から失敬した。受けている仕打ちを考えれば、これ位は仕返しにもならない。
今日の噂話は、御伽噺に近く現実味があまりない。ただ、一応は記載しておいた方がいい気がする。
「『異端』ねぇ?」
自分で書いておきながら、フィアンナは思わず苦笑する。
ここ何年かで『異端』が多いというのが、今日の話の中心だった。
十歳未満の子供が突然、魔法以外の力を発揮する。その子を『異端』と呼び、その近親者に処分を命ずるという。
一定期間を過ぎれば国として騎士が派遣され、庇い立てる者も含めて処分するらしい。
胸糞悪い話だ。
自分達の知識から外れた原因を追求もせず、理由を知ろうともせず、この世から抹消させる。王家が主体となっているからタチが悪い。
だというのに、『異端』になった先代の甥は、塔に幽閉しただけだという。身内への対応が甘い。国民の不平不満が上がらない訳がない。
それでも現状のままでいるのは、魔法絶対主義者の王家とその支持者である四大侯爵の存在だ。通称、五大家。
雷のヘンドルスト王族。
火のジャクソン侯爵。
水のワーキン侯爵。
風のパスカル侯爵。
土のアズレイア侯爵。
魔法という偉大な力を尊き血と共に受け継ぎつづける五家。
魔法の適性は遺伝性があるが、それでも確率は低い。それでも魔法使いを出すあたり、凄いとは思う。しかし、魔法が全てとなるのはおかしい。
五家に国の八割の権利が集結しており、彼らが黒と言えば全てが黒になる。反国民の独自粛清まで受け持っているのだ。
そんな家の使用人だからこそ、同じ価値観を持ってないとまともに働けないのだろう。ここにいる使用人達は主と同じ思考の、下位貴族や平民の中では数少ない分類というわけだ。
では、他の大勢の反感者達の前にチャンスが来たら、彼らはどうするか。表立って反抗できなかった鬱憤も合わせ、猛威を振るうはずだ。
「そうなると、鍵はやっぱり……」
一つの名前を指でなぞる。噂話の的として多く挙がり、嘲笑われている名前。
アズレイア侯爵だ。正確には、本人ではなくその子供。
現在、ヘンドルスト王家には王子が一人いる。フィアンナの一つ上とかで、今年十七歳になる。
代々、四大侯爵が側近を務めるべく、王族の誕生に合わせて子作りに励むらしい。これに関しては、気分的に聞きたくなくなかった情報だ。
その甲斐あって、四大侯爵にはそれぞれ王子と近しい子供がいる。屑野郎とパスカル侯爵は一つ上、ジャクソン侯爵が同い年、アズレイア侯爵が一つ下。
アズレイア侯爵家以外はその子が魔法の適性を受け継ぎ、魔法使いとして覚醒している。
次代の国王と側近が魔法使いだと、国を挙げて称えている。
その中で唯一、適性を持たなかったアズレイア侯爵の次世代。どうなるかなど、国民性を考えれば火を見るより明らかだ。
嘲笑、罵倒、皮肉。あらゆる負の部分が、その子供へ向けられる。またタイミング悪く、聖魔法を使う少女の誕生だ。
彼女は聖女と呼ばれ、王子達から愛を一途に受け、持て囃されているらしい。魔法主義国にとって、聖女は五大家より権力者だ。
噂によれば、王子と側近候補が目を光らせ、高位貴族かつ魔法使いしか近づけさせないらしい。
ただ、裏では見目麗しい男性に粉をかける聖女の噂もある。何処が聖なる女なのか。
つまり、アズレイア侯爵の子供は接近不可能。
五大家と括らせているからこそ、プライドの高そうな侯爵は怒り狂っているという。
現に、現当主たる実父からも蔑まれ、虐待紛いを受けていると何度も聞いた。
それを止めない、或いは笑いの種にするこの国の感性はやはり可笑しい。
だとすれば、その子供は反感のきっかけさえあれば手を出すし、反乱する民達の旗印になれる。
「問題はどうすれば会えるか、よね〜」
この国に来たばかりで軟禁状態のフィアンナと、嘲笑の的であるアズレイア侯爵家の子供。接点がない。
うんうん唸ったところで、いい策は出てこない。
頭を使う事に関しては、愛するディルムが何倍も上だ。すぐにいい策を思いつくに決まっている。
そのまま愛に溢れた記憶を思い出しかけ、慌てて頭を振る。
気を抜くと、何時間もディルムとの記憶で悦に浸ってしまう。敵地のど真ん中だから、気を張っていなければならない。
「頑張ります、ディル様……!」
ディルムの魔力量からして、『夢路』の連続使用は無理だ。距離にもよるが、今のフィアンナとディルムでは一週間は空ける必要があるらしい。
二度目の再会をしてから次に会うまであと四日もある。早くこの国を何とかしなくてはならない。
フィアンナは爆発しそうな愛情を抑え、情報収集への気力へと変えた。
明日は商人が来るらしく、午前はバタバタするらしい。なので、情報収集は午後からだ。
この部屋では何もすることがないフィアンナは、本を並べてまた横になった。




