10
砂糖回
オーロラのカーテンが一面に広がる、幻想的な夜空。
地面一面に咲き誇る花々。赤いアネモネ、赤い薔薇、黄色のガーベラにブルースター、白いアザレア。
選り取りみどりの花の絨毯の上、四阿だけがポツンと立ち、夢にまで描いた愛する人がそこにいた。
「ディル様ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」
「フィィィィィィィィィィアァァァァァァァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァァ!」
フィアンナは声を張り上げて四阿へ駆け出し、同時にディルムも四阿から駆け出す。
そして、花畑の絨毯で思いっきり抱き合った。勢い余ってその場でクルクル回れば、祝福するように花弁が舞う。
なんて素敵だろう。フィアンナはディルムの腕の中を堪能する。
この幻想的な光景の中に何時までも居たい。だが、滞在時間は決まっている。
何せここは愛しのディルムのスキル、『夢路』で繋がれた夢の空間だ。互いが寝ている間しか繋がらない。
「ディル様、お怪我はありませんか!?」
「僕は大丈夫だよ! すぐに駆けつけられなくてごめん!」
「その想いだけでも嬉しいです! 私を誘拐した奴ら、目的が酷いんです!」
「僕の方でも情報を集めたよ! 主にビーだけど!」
「ああ、ディル様ぁ!」
「フィアァッ!」
話を進めなくてはとは思うが、愛の前では無惨に散る。
抱き合い、手や頬に触れ合い、湧き上がる愛を囁き合う。永遠に続けられるが、重い腰を上げて本題に入った。
馬車で監禁されての移動。
屋敷で水流による洗濯。
家族とほざく屑達に、仮の王妃。
我慢できず、平民断言の煽り。
小部屋に軟禁。
渡されたマナー本に書かれたありえない内容。
何もかもを吐露した。フィアンナの置かれた状況に、ディルムの顔がどんどんと怒りで変わっていく。
煽りの時には少し緩んだが、それで治まるレベルでは無い。
最終的に鬼の形相になったが、愛されている証だと胸が高鳴った。
フィアンナの話を聞き終えてから、今度はディルムが話を始める。
仮の王妃の意味。王族の身勝手な理由。
魔法絶対主義にスキルを知らないという、この国の化石みたいな知識。
そして、今後の行動指針。
聞き終えたフィアンナは、ディルム同様に鬼の顔になった。
愛しの人と同じというのは、どういう物でも嬉しいものである。
ただ、今はその喜びよりも怒りが勝った。
「ふふふふふふ。道理で急なクセに適当すぎる扱いだと思いました。自分達がイチャコラするのに私達を引き裂くなんて」
「はははははは。笑止千万、地獄を見せなければならないね」
「玉座から降りる選択はないの? 馬鹿なの?」
「馬鹿だよ。僕だったら両親を脅してでも恋人を取るよ」
「私もです。ディル様が一緒なら、森で木の実の生活でも幸せの極みです!」
「そうだね。それが真実の愛だと思うよ」
四阿の椅子に隙間なく座り、更に寄り添う。
乾いた笑いをしながら真っ先に出る疑問は、王子が玉座を諦めない事実だ。
自分よりたった二人しかいない上の立場から、恋人が玉座に座れないと言われた。
本当に恋人を愛しているなら、一番簡単な方法は自分もその座から離れることだ。そうすれば恋人を日陰者にせず、堂々と愛し合える。
だというのに玉座を手中にしつつ、恋人も手離したくない。そんな身勝手な強欲さによって、フィアンナ達に不利益が生じるのは可笑しすぎる。
王子として過ごしてきたプライドなぞ、愛の前では意味が無いはずだ。
慣れない生活でも、愛する人がいれば幸せな生活になる。
少なくとも、フィアンナとディルムはそう考えている。
しかし、それを選ばなかったからこその現状だ。これ以上、可能性の話をしても意味はない。
二人は話題を変えた。
「それにしても、外からの侵略ではなく内からの崩壊なんて……さすがビーさんですね。私では思いつかない発想です」
「それ程、盗み見た記憶から勝算を得たんだろうね。フィアのいる侯爵家は全員ダメみたいだけど」
「矯正出来ないレベルでダメです。塵芥の展覧会が開けます、あれ」
「馬鹿王子も並べないと。それよりも、僕はフィアと離れ離れの日々が辛いよ……」
「ディル様……」
ディルムは眉を下げ、不安そうにフィアンナを眺めた。
本心から心配している様が感じ取れ、フィアンナはその想いに心が温かくなる。
腕を取り、ディルムの肩に頭を乗せる。これ以上ないほどに密着した状態で、フィアンナは微笑んだ。
「私も同じ気持ちです……でも、だからこそ、考え方を変えましょう?」
「考え方?」
「ええ。ディル様と離れるのは辛いですが、この国を潰せば私達を邪魔する障害はなくなります! 未来の為なら私、我慢できます!」
そう告げれば、ディルムはハッとした後に顔を明るくしていく。
フィアンナの言葉で、メリットの大きさを理解してくれたようだ。
「僕達の未来の為! なんて素敵な響きなんだろうね、フィア!」
「その通りですディル様! 今後、こういう愚か者が出ないように、徹底的に潰しちゃいましょう! その為に私、屑達に容赦せず馬鹿にしまくります! 元々、向こうが『侯爵令嬢』を捨てたのだから、今の私は『他国の平民』! タコみたいに真っ赤になって怒る姿で怒りを鎮めます! それに、それを見た人の不満も大きくなりますよぉ!」
「ああ、フィアはなんて健気で素晴らしいんだ! 本格的に助けるまでには時間がかかるというのに! 逆手にとって相手をおちょくる! 僕の恋人が世界一素晴らし過ぎて困るよ!」
「ディル様ぁ!」
「フィアァ!」
再び感極まり、強く抱き締めながら愛を交わし始めた。
軽く額に落としては返し、深い口付けをし合い、また頬や髪に口をつける。合間に愛の囁きを挟み、より気分が高潮していく。
何時もなら誰かしらに止められるが、ここは二人だけの空間だ。気が済むまで口付けができる。
多少、満足した所でキスを止め、うっとりと抱き締める。夢の中ではこれ以上触れないというのに、歯止めが効かなくなりそうだからだ。
それに、時間がもうない。空が白み始め、オーロラのカーテンは薄くなっている。目覚める時が近い。
「……フィア。さっきも言ったけど、スキルのタイミングは気をつけてね? 魔法使いには効きにくいし、何より知ってる人がいないから、バレたら何があるか……」
「分かっていますわ。必要最低限にします。とりあえずは、使用人にかけて動きやすくしますね。屑野郎が水魔法を使った以上、使用人で魔法使いを雇うとは思いません」
「そうだね。でも、フィアなら大丈夫と分かっていても……心配だよ……」
弱音を吐くディルムの手を、フィアンナは優しく包む。そして、安堵させるように微笑んだ。
「ディル様が思ってくれるなら百人力です。それと……私、あの一家に感謝している事があるんです」
「え、屑要素しかないのに?」
「攫われた私を探さなかったでしょう? おかげでディル様に出逢えたこと、それだけ感謝しています」
「確かにそうだね! 愛しているよ、フィア」
「私も愛してますわ、ディル様」
愛の言葉と共に、唇を重ねる。徐々に薄れていく意識の中で、最後まで愛しいディルムを脳裏に刻み込むのだった。
イチャイチャって難しいですね




