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ブラッドムーン

『南極大陸の消滅について』


 物騒な単語が文部科学省の科学技術白書に掲載されていた。

 そこには滅びに向かうこの世界の現状が記されていた。


 まずは写真があった。

 それは紅い月の写真だった。

 その下に説明が記されている。


 20XX年の第2の月ブラッドムーンの出現による環境の変化により、南極大陸が消滅。

 原因はブラッドムーンの引力によって地軸が変化したことと潮汐力の変化により水没したという説が有力である。


 南極の消滅に対する考察が記されている。

 だがそれも一仮説にしかすぎないようだ。

 もっと詳しい解説はないかと、明人は一般向け科学雑誌のサイトを開いたが、そこですらも専門用語の羅列に終始し、専門家ではない明人には理解が追いつかない状態だった

 何度読み返しても詳しい原因は不明。

 要約すると「現在全力で各種研究所が研究している」という結論だった。

 しかたなく明人は異世界探査の情報を集める。

 アテナテックの公式サイトを開く。


『世界を救え! 異世界探査クルー募集!』


 まず最初にデカデカとしたバナーが目に入った。

 待遇は正社員で月給も破格と書いてある。

 まるでブラック企業の求人広告だ。

 明人にはどこか胡散臭いものに感じられた。

 次に明人は業務と書かれたページを見る。

 そこでは国立大学の教授監修の世界滅亡へのシナリオがコミック形式で掲載されていた。

 ブラッドムーンは異世界のもので、これにより人類は危機に陥っている。

 それがコミックの結論だった。

 その原因を探るために異世界に人を派遣して調査するというのが、その計画ということらしい。

 結論が飛びすぎているような気がする。

 明人はうなった。

 どうにもわからない。

 詳しいメカニズムや情勢などは知っているのが当たり前の知識として省略されてしまっているのかもしれない。


 誰かこの事態をよく理解している人はいないだろうか?

 明人は考えた。

 そうだ!

 ジェーンだ!

 以前行った異世界にもジェーンがいた。

 ジェーンを探すべきだ!


「山田! 携帯を貸してくれ!」


 キョトンとする山田に衛星電話を借りてジェーンの電話番号に電話をかける。

 今度も大丈夫なはずだ。

 明人は楽観的に考えていた。

 だが……


「この番号は現在使用されていません」


 無機質な音声メッセージが流れた。

 番号は使用されておらずジェーンに繋ぎをつけることができなかった。

 以前の異世界で繋がったのが奇跡的な出来事なのかもしれない。

 その後、ネット上にもジェーンはおろかダンの記録すらもないことが判明した。


「じゃあどうする?」


 山田が明人に聞いた。

 そのときだった。

 明人が元の世界から持ってきた携帯から刑事物の映画のテーマ曲が流れる。

 明人が震える手で番号を見る。

 いましがた衛星電話でかけたばかりのジェーンの電話番号だった。


「誰だ?」


 ぶっきらぼうな声で明人が電話に出た。

 無愛想だが動揺は隠せたに違いない。


「先発隊のメンバーだな?」


 それは少女の声だった。

 少女のものでありながら機械のように抑揚のない声が電話から聞こえてきたのだ。


「先発隊? なんのことだ?」


 明人は普通に質問することにした。

 運がよければ情報を引き出すことができるかもしれない。

 居場所の特定も10年後ならまだ難しいだろうと考えていた。

 だがそれは甘かった。


「今すぐに行く」


 問答無用で電話が切られた。


「おい明人!!!」


 ライアンが叫んだ。

 明人たちの周りを黒い戦闘服を着た男たちが取り囲んでいた。

 明人もライアンも山田も殺気や異変を感じることができなかった。

 彼らはまるでなにも存在しない空間から突如として出現したかのようだった。

 いや、明人たちは知っていた。

 加納の兵隊と同じだ。

 違いは彼らが生身である事だろう。

 彼らは加納の兵隊とは違い、生き物の自然な動きをしていた。

 その彼らの中に一人小柄なものがいた。

 小柄な兵士が明人たちの方に寄ってくるとヘルメットを脱いだ。

 それは人間にはありえない色の髪だった。

 蒼い髪の女。

 外見だけを見れば少女のように感じられた。

 その女は明人たちを見て無表情のまま言った。


「君たちに害を加える意思はない。だが抵抗した場合、必要最小限の力の行使で拘束させてもらう」


 表情と同じくそれは抑揚のない声色だった。

 女の声と同時に戦闘服の男たちが一斉に小銃を構える。

 それを見て明人たちは両手を頭の後ろへ回した。

 殺す気なら問答無用で発砲していたはずだ。

 彼女の言うとおり現時点では敵ではないのだろう。


「君は誰だ?」


 明人はなるべく平静を装って聞いた。


「私は実験体3号。固有名は上野マキ」


「実験体?」


 明人が質問したが答えは返ってこなかった。


「彼らは先発部隊の帰還者だ。丁重に扱え」


 女がそう言うと明人たちは手錠をかけられていく。


「なにが『丁重に』だ! アホか!!!」


 ライアンがバカにしたように怒鳴った。


「予防措置だ。君らの前に帰ってきた男が暴れたのでね。心配するな。拘束は15分程度だ」


「15分?」


 今度は明人が聞き返すが女はそれ以上何も答えなかった。

 そのまま明人たちは公園出口に待機していたバンに乗せられた。



 車内の誰もが固く口を閉ざし、明人たちの問いに答えるものはいなかった。

 重い空気が車内を支配していた。

 明人は窓の外を見た。

 すっかり辺りは暗くなっている。

 どこを走っているかは判断できなかった。

 しかたなく明人は視覚から情報を得ることにした。

 運転席のナビ。

 そこは台東区千束の地図を写していた。

 地図上には吉原大門という表示がある。

 

 吉原遊郭の建ち並んだ辺りに明人たちは運ばれていたのだ。

 そこは明人たちの世界では未だにあまり品のいい場所ではないが、12年後の世界ではかなりの差異が生じていた。

 再開発でもされたのだろうか。

 そこはすっかりビル街と化していた。

 高層ビルが建ち並び、慌ただしくサラリーマンが道を行き来している。

 自動車がその中の一つに入っていく。

 地下駐車場で明人たちは下ろされる。

 そこでも明人たちは小銃を持った6人の男たちに囲まれていた。


「アテナテックにようこそ」


 先導した青い髪の女が抑揚のない声で言った。


「そろそろ教えてくれ。なぜ俺たちを拘束した」


「それは君たちが先発隊だから。我々は記憶を頼りに電話をかけると予想し監視していた」


 そう言いながら女はマイクの付いたヘッドセットを装着する。

 どこかに通信するのだろう。


「なぜだ? なぜ予想できた」


 明人を無視して女はヘッドホンのスイッチを入れる。


「本部。帰還した隊員にはやはり記憶の欠損があるようです。どうぞ」


「記憶?」


「予想はしていたが、やはり君らにはこの世界の記憶がないようだな。ついて来い」


 明人たちはこの一風変わった少女にエレベーターへ案内される。

 ガラス張りのエレベーターから月が冷たい明りをともしていた。

 エレベーター内の冷たいLEDの照明と相まって明人はまだ初夏だというのに肌寒さを感じていた。

 空にはもう一つ、紅玉(ルビー)のように輝く星があった。


 ブラッドムーン。


 本来なら皆既月食で生じる現象である。

 だがこの世界では突如出現したもう一つの月の通称とされていた。


「あれがブラッドムーンか……」


「そうだ。あれこそ君らが異世界に送られた原因だ」


 相変わらず女は抑揚のない声だった。

 おそらくそれが普段の声色なのだろう。

 エレベーターはビルの30階に到達する。


「先発隊が30階に到達。どうぞ」


 女の通信と同時にエレベーターのドアが開く。

 エレベーターの外ではやはり武装した兵隊がいた。


「これからある人物と会ってもらう」


 そう言うと女はスタスタとフロアの方へ歩いて行く。

 明人たちもその後を追った。


「少しはこちらの疑問にも答えて欲しいんだけどな!」


「私にはその権限がない」


 ライアンの抗議を女はバッサリと切った。

 取りつく島もないとはこのことである。


「そこだ。入れ」


 明人たちは乱暴に部屋に通される。

 どうにも応対が雑なのはライアンがメンチを切っていたせいに違いないと明人は思った。


「お帰りなさい。というべきかな? NO(ナンバー)……ええっと……」


 男が資料をめくる。

 明人たちの資料を探しているようだ。

 その声には全員が聞き覚えがあった。

 眼鏡をかけた人のよさそうな笑みを浮かべる男。

 頭に何本も見える白髪が経過した年齢を感じさせた。


「……酒井さん」


 自然と明人から声が漏れた。

 人の悪そうな笑みを浮かべていた男は腹黒官僚、酒井その人だった。

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