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上野

 明人たちは突如として闇に放り出された。

 情報がさながら瀧のごとく虚空へ落下していくのが見える。

 明人たちは滝壺へ落下していく。

 そして明人にあの感覚が蘇った。

 加速器内で元の世界の壁を壊し、世界を割ったあの感覚が。

 この瞬間、別の世界に侵入しようとしているのだ。

 明人の体を細かくバラバラにするような感覚が襲う。

 全身を支配する激しい苦痛。

 それは痛みとも苦しみとも思える苦痛だった。

 いや、その両方なのだろう。

 一番近いのは麻酔なしで銃弾を摘出したときだろうか。

 明人はぼんやりとした意識でそう思った。


 やはり田中の能力は唯一無二のものだった。

 異世界への移動はこれほどの苦痛を伴うものだったのか。

 その時明人の手に暖かいものが触れた。

 細い指。

 ところどころマメが潰れ固くなった指。

 剣で何度も何度も手の皮が剥がれ落ちた手の平だった。

 それは山田の手。

 山田も同じ苦痛を味わっているのだ。

 自分だけではないのだ。

 明人は山田の手を握り返した。

 それだけしかできなかった。


 その時だった。

 明人のもう片方の手を掴む手があった。

 太い指。

 おっさん特有の剛毛。

 ナイフの刃を掴んだりなどの無茶による傷が刻まれる手の平。

 戦車を殴って倒しそうな迫力のある拳ダコ。

 その手が明人を無理矢理引き寄せる。

 闇の中にぼんやりと顔が浮かび上がる。

 声は出さない。

 いや出せないのだろう。

 だがその顔は雄弁に物語っていた。



 ラブコメなんぞぶっ壊してやる!!!



 言うまでもなくそれはライアンだった。



「ざっけんなああああああああああ!!!」



 虚空に明人の声が響いた。

 ……かもしれない。



「……起きろ」


 誰かが明人の頬をつんつんとつつく。

 明人は薄目を開けた。

 しゃがみ込んで明人の顔をのぞき込む山田の顔が見える。

 明人は何か声をかけようとしたが、先ほどのやりとりがなんだか恥ずかしく感じられた。

 しかたなく、お約束の台詞で誤魔化すことに決めた。


「……パンツ見えるぞ」


「スパッツはいてるから平気」


 どうでもいい会話をしながら明人は自身の腹を触った。

 脂肪はついていない。

 どうやら今度は元の姿ではないらしい。

 だが念のため山田に尋ねる。


「山田。俺の顔とか変じゃないか?」


「変? なにが?」


 山田は「ん?」と首を傾げた。

 明人は何も起きていないことに安心したのかため息をついた。


「あ、でもさっき、どわーって落ちたときに手を握っ……」


「どわあああああああ! それはいいから!!!」


 明人は飛び起きる。

 どうしても明人は色恋だけは苦手である。

 それにもう一つ原因があった。

 山田ともう一人、明人の頭の方に妖怪枕返しのように佇む人影。

 仁王の如き形相でウンコ座りをしながら明人の顔をのぞき殺気をみなぎらせる。

 そうライアンである。


「リア充いね(略)」


「イナイッス」


「そうか」


 途端に仁王の表情は消え、いつものライアンに戻る。

 それを見て明人は慌てて話題を変える。


「ところで……ここはどこでしょうか?」


「伊集院も知っているところだよ。上野の……」


「上野公園だ。ただし……俺たちの知っているのとは少し違うがな」


 明人は周りを見る。

 西郷隆盛像があるのが見えた。


「じゃあ駅の近くですか?」


「いやよく見ろよ」


 ライアンが指をさした。

 明人がその方向を振り返る。

 そこは駅の方角だった。

 巨大なスクリーンが見える。

 それは驚くほどの高画質だった。

 明人の記憶では上野にあのビルと大画面ディスプレイはなかったはずだ。

 そのディスプレイは自動車のCMを流していた。

 そしてディスプレイの広告が切り替わった。


「……まさか」


 明人はその瞬間、驚きのあまり口を開けた。


「ああ。『まさか』だよな。おい」


 大画面のスクリーン。

 明人たちの世界にはない超高画質の画面に映っていた人物。

 それは三島だった。

 ただ明人たちの知っている三島ではない。

 ディスプレイに映るその姿は大人の女性のものだった。

 呆然とする明人たち。

 さらなる驚愕が彼らを襲った。

 画面に映し出されるテロップ。

 そこには……



 滅亡を救うか?

 異世界探査クルー三島花梨さん(28)のその素顔に迫る。



「先生……このシナリオは誰が……」


「いや俺の知っている範囲では誰も考えてないはずだ」


「あ、画面が切り替わるよ」


 山田が指をさした。

 明人はゴクリとつばを飲んだ。



 求む!

 異世界探査クルー。

 世界を救うのは君だ!!!

 第2陣は2ヶ月後の予定。



「どういうことだ……」


 明人がつぶやいた。

 異世界探査だと。

 それに滅亡。

 なにがこの世界で起こってるんだ?


「おーい明人」


 明人が目を離した隙に、ライアンがすぐ近くで手を振っていた。

 その手には新聞が握られている。


「おい、この日付……」


「え?」


「12年後だ……」


「え?」


「俺たちのいた時代の12年後なんだ……」


 明人が動揺で目を大きく開いた。

 明人たちは未来の世界にいた。

 まだ彼らはこの世界に何が起こったのかを知らない。



 一方、北海道。

 藤巻はバイクを操作しながら考えていた。

 それは後ろの荷物についてだった。

 失敗した工作員。

 それを執拗に追い回す必要が果たしてあるのだろうか?

 藤巻は明人ほどは慎重派ではない。

 だから素直に聞いてみることにした。


「加納。お前何を知っている?」


「いやだから俺はあそこで死ぬ運命で……」


「違う。そうじゃねえ。運命だから殺すってのは本末転倒だ。なぜお前は殺される? それが問題なんじゃねえか?」


「確かに……そうだよな……なぜだ?」


「わからねえのか……じゃあなぜジェーンちゃんを狙った?」


「ああ。進藤が言っていた。あの女は世界を滅ぼすって……」


「理由になってねえ」


 藤巻の口調はあくまで冷静だった。

 だからこそカチンときた加納が必死になって反論する。


「なんでだよ! 仲間に言われたからでいいだろ!!!」


「なんでお前は進藤をそこまで信じる? ヤツに言われたから殺す? お前はバカなのか?」


 藤巻の態度はあくまでぶっきらぼうなものだった。

 『いや違うだろ。お前はそんなヤツじゃない』

 そういう優しい言葉が藤巻からは欠けていた。

 よく知りもしない相手だからこそいい加減な台詞を吐く気は藤巻にはなかった。

 そして、その欠けた台詞は『どうせお前のようなヤツにはできない』にも繋がり相手を格下として扱うことだった。

 藤巻はそれを意識したわけではないが、二人はこの欠けた言葉のおかげで対等だった。

 加納は一人前の男として扱われたのだ。

 それを本能で察したのか、加納は今まで考えたこともなかった理由を真剣に考えはじめた。


「いや……ヤツは女神の仲間で……これまであらゆる異世界を滅ぼしてきた……」


「どうした?」


「そうか! 俺の能力だ……意識を飛ばす能力だ!」


「意識を飛ばす? 列車でやったヤツか。変な兵士が出てくるヤツ」


「ああそれだ。俺の能力は異世界でも使える。だけど俺の能力じゃあ異世界の座標とかはわからねえ。もう一人いないと。兵隊だって連中の持ってきたものだ。中途半端な能力の俺を殺してなんの意味が……?」


「そこに意味があるんだろうな。俺らの有利になることが……」


 藤巻が考える。

 加納は蛇足とわかっていながらもその間に注意しておくことにした。

 今の格好について。


「ところで一応言っておくがな、俺はオトコだからな!」


「知ってる。お前は男だ」


 真性の紳士である藤巻には男の娘を一目で見抜くことなど容易い。

 それが俺っ娘ならなおさらである。

 という余計なことを藤巻は言わない。

 特に相手が好意的に解釈をしているときは。

 だが……


~藤巻の家~


 ぱりんッという音を立て藤巻の湯飲みが割れた。

 いや引き裂かれた。


「どうした霞?」


 藤巻の義父が娘に声をかけた。

 藤巻の妹である霞は、割れた湯飲みの破片を両手に持ちながら光のない目でつぶやいた。


「お兄ちゃんが外で浮気してる。また無闇にフラグを立ててる……」


「浮気ってお前らきょうだ……」


「キシャアアアアアアアッ!」


「いえなんでもありません」


「よろしい!」


 霞が目には見えないビーム出す。

 その迫力が苦節25年世間の荒波を腕一本で渡ってきたベテラン職人を黙らせる。

 

 霞は思った。

 思えば兄は昔から無駄にモテた。

 近所の三島からはじまり、同級生に上級生に周辺の学校に……

 家に女友達がやって来たことも何度もある。

 そのたびに潰してきたのだ。

 女どうしの静かな戦争で。

 あるときはお兄ちゃん子を装い、あるときは直接攻撃に出る。

 妹道は死ぬ事と見付けたり。

 常にハードでバイオレンスなのである。

 ロリコン属性も霞が意図的に植え付けたものだ。

 藤巻が必死になって隠していた霞への思い。

 それは霞の策略によるものだった。


「霞。もう一人のお兄ちゃんを忘れるな……」


「キシャアアアアアアアッ!」


「すいませんでした」


 霞の迫力が空手道一筋、男の中の男、長男である隆史までも黙らせた。

 まさに家庭というジャングルを支配する傍若無人の肉食獣。

 すでに藤巻は知らないところで退路は断たれていたのだ。

 主に家庭内で。

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