激流
やはり田中の能力は人間を超えるものだった。
明人は思い知った。
明人は進藤の罠にかかり異世界へと渡ることになった。
だがそれは田中の作ったトンネルとは違っていた。
田中の能力はあれでも安全なルートを通っていたのだった。
そこは田中のものとは全てが違った。
それは激流だった。
押し寄せる水のようなものの。
それは情報の波。
四方八方から情報が押し寄せ、明人たちを飲み込んだ。
上下左右もわからぬまま、水のように体にまとわりつく情報の川で溺れそうになる。
だがなぜかそれが水ではなく世界を構成する情報である事だけは理解できた。
この水のようなものは全て情報なのだ。
そして明人はその情報を吸収することはできない。
個人ではこの情報を受け入れるだけの器になり得ないからだ。
それはただ水のように、あるときは激しい波のように、明人を翻弄していくだけだった。
どんどん明人の体が沈んでいく。
普通の水のように浮力がないのかもしれない。
どうしても普通の水のように自由に泳ぐことができない。
手にも足にも情報がまとわりついてくる。
もがくうちに大きな波が明人へ襲いかかった。
小さな木片のように明人は波に翻弄されていく。
なんとか腕力で泳ぎ情報の水面に顔を出すことに成功する。
必死の思いで息を吸う。
その時だった。
明人の目に水面に立つ人影が見えた。
それは伊集院明人だった。
どこかの世界でここにたどり着いた伊集院明人なのかもしれない。
『個を保て! 分解が始まる! 急げ!!!』
明人の頭の中に直接声が響いた。
どういうことだ?
明人は疑問に思った。
そしてそれは次の瞬間起こった。
なにやら手の感覚がおかしいと明人は思った。
手を顔の前に持ってくる。
小指の第一関節から先がなくなっていた。
痛みはなかった。
切断されたものではない。
ただ消え去っていた。
明人は瞬時に理解した。
指が情報になって溶けていく。
伊集院明人という個が情報へと溶けているのだ。
個が全体になり、全体が個になる。
それは不思議な感覚だった。
明人はそれがなんとなく気持ちがいいような気がしてきた。
このまま世界に溶けていくのも良いことのように思えた。
だが……その瞬間、明人は怒りを爆発させた。
ふざけるな!!!
情報?
個?
全体?
んなもん知るかよ!
俺は俺だ!!!
その瞬間、明人は情報の中で息をしていることに気づいた。
手を見ると消えてなくなっていた指が元に戻っていた。
伊集院明人という個が情報になることを拒否したのからだろうか。
だがそんなことを考えている暇は明人にはなかった。
「ふみゃああああああんッ!」
悲鳴が聞こえた。
山田だ!
山田が見えた。
どんどん沈んでいっているようだ。
山田が波にさらわれていく。
「山田ぁッ! 拒否しろ!!! お前はお前だ!!! 誰でもないお前なんだ!」
明人は必死になって情報へ潜り、なんとか泳いでいく。
山田が見え、その手が溶けていくのが見えた。
明人は山田の腕をつかむ。
情報の中で明人は必死に叫んだ。
「山田! お前は誰だ! お前は常に腹を空かせていて、意地汚くて、いつも人にメシをおごらせる酷い女だ!」
「っちょ! 伊集院!!! 酷い!!!」
山田の手は指まで元に戻っていた。
よし!
明人は自分が正しいのだと確信を持った。
「駄菓子屋で見たときから、コイツ変なヤツだなって思ってた!」
「うにゃあああああん!!!」
山田が悲鳴を上げる。
よほどそのことを蒸し返されるのが嫌だったらしい。
明人は一瞬だけ何かを言うのをためらった。
だが羞恥心をうんぬんと言っている暇はなかった。
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに変な声を出しながらも言い切る。
「へうぁ……げふん……でもお前は大切な仲間なんだ!!!」
「伊集院!」
「俺にはお前が必要なんだ!!!」
明人は山田を抱き寄せ、一気に情報の水面を登って行った。
違う世界の伊集院明人は情報の上に立っていた。
今なら同じことができるはずだ。
明人は山田を抱えたまま、情報から飛び出し着地した。
やはり個を保てば上に立つことができるらしい。
明人は安堵のあまりため息をついた。
ライアンも探さなければと明人が顔を上げると山田がうるうるとした目で明人を見つめていた。
「ジェーンに借りた少女漫画……それにそっくりなことが起こるなんて……」
ん?
明人は首をひねった。
そんな展開がどこにあったのだろうか?
むしろ大スペクタルでイ○ディジョー○ズ的な展開だったはずだ。
明人は腕を組んで考えた。
自分の発言に何か問題があっただろうか?
俺にはお前が必要なんだ!!!
……まずい。
明人は理解した。
これじゃあまるで愛の告白ではないか。
友人の救助がなぜこうなった?
唯一の救いは山田が小学生くらいの知識で止まっていること。
まだ山田の情報ソースは少女漫画なのだ。
危険性はないはずだ……
明人はそう思うことにして誤解を解くことにした。
「あのな……山田」
◇
「ぶうッ!!!」
山田はむくれていた。
明人は胸をなで下ろしていた。
恐ろしい戦闘力を誇る明人ではあるが、対人関係は未熟の一言である。
事件解決の最中にラブコメ。
イチャコライチャコライチャコラ。
考えるだけでも無理である。
パキスタンの刑務所からの脱走の方がイージーだ。
完全に処理できるタスクのキャパシティを超えている。
なぜアニメやライトノベルの主人公はそんなに器用なのだろうと本気で思っているほどだ。
とにかく、今の明人は己の手に余るような難関イベントを回避できてほっとしていた。
ところが……
明人は山田が事態を正しく納得したと思い込んでいた。
だが山田は……
「たしか……ジェーンの漫画で見たな。なんだっけ? どんかんけいしゅじんこう? 鈍感? うん確かそうだ。そうなのかー♪」
と斜め上方向での理解をしていたのである。
そう山田はすでにマニアックなレーベルの漫画にまで手を出していたのである。
ふくれっ面から妙に上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いて行く山田。
その姿に妙な胸騒ぎがする明人だった。
◇
二人は歩きながらライアンを探す。
情報の流れは激しく、その上にいた二人も激しい速度でどこかに送られていた。
二人はライアンを探していた。
「ねえねえ伊集院。せんせーいないねー」
山田が困ったとばかりに言った。
「ああ、まあ先生のことだから死にはしないだろうけど……」
「うーん? 案外溺れてたりして……」
「……」
明人が黙る。
気まずい沈黙。
それから見つめ合う二人。
「え? 何?」
そう言う明人に山田は近づいていく。
その時だった。
「悪い子いねがー!!! ラブコメやる悪い子いねがー!!!」
東北名物のあの妖怪のフレーズでライアンが情報から躍り出る。
どうやら近くで溶けながら溺れていたらしい。
「ラブコメのニオイだー!!! どこだー!!! ラブコメなんぞぶっ壊してやる!!!」
ライアンは生け贄を探すなま○げのように辺りを見回していた。
「俺が生きてる間はクリスマスもバレンタインデーもぶっ壊してやる!!! ヒャッハー!!! デストローイ!!!」
醜悪な台詞を大きな声で叫ぶ大男。
その言葉には妙な力が宿っている。
その証拠に明人は不自然に目をそらしていた。
「俺が溺れていると神の声が聞こえた! ラブコメをぶっ壊せと!!!」
明人は冷や汗を流す。
ラブコメに対する深い憎しみ。
それだけでライアンは己を取り戻したのだ。
どれだけ深くラブコメを憎んでいるのだろう。
明人は背筋に寒いものを感じた。
そんな明人の顔をライアンは首を傾けのぞき見る。
「んー? 伊集院明人くーん? なにかなあ? その顔はー?」
ゆらり。
次の瞬間、ライアンの目が血走った。
「これは……ラブコメのにおいだー! ラブコメのニオイがするぞー!!! 明人キサマー! ラブコメしておったな! ユルサンゾ……ユルサンゾ! 俺はお前を殺すまで殴るのをやめない!!!」
「殺すんかい!!!」
「うるさいわー!!! 全部リア充どもが悪いんじゃあああああッ!!!」
明人のツッコミにライアンは手をバタバタと動かし抗議する。
「にゃはははははは!!! 二人ともおバカだー♪」
そんな妙に呼吸の合った二人を見て山田が笑い転げる。
ライアンと明人は顔を見合わせる。
「こほんッ! 明人君。この流れはどこに続いているんだろうね」
「ええ。俺が思うに本来のワームホールがこういうものなのではないかと……つまり目的地は異世界ですね」
「にゃはははははは!!!」
わざとらしいやりとりを見てさらに笑う山田。
完全にツボに入ったらしい。
そのやりとりもすぐに終わった。
突如、流れが加速した。
激しく、そして強く。
明人も山田もライアンでさえもしがみつくのでやっとだった。
そして仄暗い闇が見えた。
流れはそこに向かっていた。
そして三人は闇へと放り出された。




