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異世界

 公害資源研究所。

 かつて川口駅の近くに存在した建築物である。

 東京国立博物館本館や銀座の和光本店を作り出した建築家、渡辺仁の作品である。

 1987年の川口駅西口再開発事業により現在は姿を消している。

 そこに明人たちはいた。


「……どういうことだ?」


 ライアンが顎に手を当て、自分の無精ヒゲを撫でた。

 彼はじゃりじゃりという音をさせながら考えていた。


「ここは何年だ……? うー……」


 ヒゲを撫でながらうなる。


「明人、ネットに接続できるか? 駅前で繋がらねえってことねえだろ?」


 明人が携帯を取りだし、画面を見た。


「いえ……アンテナが立ちません……」


「衛星通信モードとアマチュア無線のパケット通信も試してくれ」


 明人の顔が固まる。

 ありえないという表情だ。


「……先生……衛星通信は使えるには使えるんですが……」


「なんだ?」


「接続ログのタイムスタンプが……1989年って……本当にタイムスリップしたのか……」


 ライアンはフムと一言うなり、次の瞬間ため息をついた。


「なるほど。時間跳躍じゃねえな」


「え?」


「だって田中のワープはもっと移動してる感があっただろ?」


「ええ。何とも言えない落下と言いますか……」


「はい。黒いものに吸い込まれた人」


 ライアンが手を挙げる。

 しかたなく明人たちも手を挙げる。

 次に斉藤が手を挙げた。

 そして飯塚だけが残った。


「飯塚は?」


「いえ……吸い込まれてませんけど」


「おし! 例外ありと」


「それが何か?」


「ああ。共通する法則性がないってことはここは何らかの精神攻撃とかそう言うのだろうな。あとは腕力でどうにかすればいい。フハハハハ!!!」


「せんせー! ボクたちみんなダクト通ったよ!」


 山田が無自覚に核心を突いた。

 沈黙が場を支配する。

 そして、ばつが悪そうにライアンが笑った。


「……ッフ。明人」


「はい」


「おじちゃん考えるの疲れた。あとは明人が考えて」


「ま、丸投げ!!! っちょ! センセぇー!」


 やはりライアンは脳筋だった。


「藤巻。明人くんってライアン先生といると同年代っぽくなるよね」


「いや飯塚。アイツは女子にいじられてるときもそんな感じだ」


 男衆は呑気に酷い話を語り合っていた。

 肝心なところで役に立たない。

 明人は女子の方を見る。

 彼女らならポンコツではないはずだ。


「ねえねえ。斉藤。お菓子持ってない?」


 山田が「ちょうだい」のポーズをとっている。


「山田ちゃん。ちょっと待ってね……」


 斉藤がバッグを漁る。

 そして工具や通信機器などを入れたバッグからグミキャンディーを取り出す。


「はいグミ」


「わーい♪」


 残念ながら全員ポンコツだった。

 ここはやはり明人が考えるしかない。

 全員に共通点あり。

 ダクトが入り口?

 時間跳躍?

 だが田中ですら異世界へのワープには、核融合レベルの電力が必要だったはず。

 そこまでの施設はなかったはずだ。

 そもそも同じ世界でのタイムスリップは可能なのか?

 仮に物体の質量やらを計算に入れなければ、光速を越えればウラシマ効果で未来へのタイムスリップは可能らしい。

 だが過去へのタイムスリップはできない、もしくは途方もなく難しいはずだ。


 しかも明人たちを過去へ送るメリットは全く存在しない。

 もし本当に過去へタイムスリップできるのなら、明人の両親を殺せばいい。

 1989年なら明人の父親がこの街で一人暮らしをしているはずだ。

 この当時は大学生のはずだから警備も薄い。

 明人に覚られないように殺してしまえばいい。

 (母親のスヴェトラーナの方は1989年なら住んでいた地域がチェルノブイリ原発事故の後始末やら民主化運動やらの影響で大混乱中なので探し出すのは少し難しいのである)

 ところが相手は明人たちを過去に送り込むというまどろっこしい手を使ったのだ。


 目的が別にあるのか?

 それともここは過去ではないのか?


 まだ明人には判断しようがなかった。



 一方、北海道。

 軽快なアイドルソングで『踊ってみた』を披露するのは捕虜の男の子だった。

 もう完全にヤケになっている彼は華麗なステップを刻みキレッキレッのダンスを踊っている。

 そんな彼の姿を配信するコンピュータを見てジェーンが叫んだ。


「レイラ! 生放送の視聴者数が10万超えたわ!!! 20……30……まだ伸びていくぅッ!!!」


 ジェーンは完全に目的を忘れていた。


「……ふふふ……ふははは! 新たな女神(男の娘)の誕生だ!!!」


 レイラもまた完全に目的を忘れている。


「この曲が終わったら、何をさせますの?」


 田中もまた同じだった。

 すでに目的を失った三人、いや四人がカオスな生放送に挑んでいた。

 視聴者数はうなぎ登り。

 一晩で伝説を築き上げようとしていたのだ。


「あ、予約時間終わるわ……しかたねえ。休憩すっか」


 ジェーンが残念そうに言った。


「次はもっとカワイイ衣装を用意しなければな。フフフフフ」


 レイラは黒い笑みを浮かべている。


「次は着物でも着せてみましょうか……」


 ジェーンとレイラが田中を凝視する。


「え? なに? なんですの?」


「キモーノ……にゅ、入手はどうやって? 専門店があるのか?!」


 レイラが田中に詰め寄る。


「ここはまだ都会ですので呉服店の一つくらいはあるでしょう。家に連絡すればすぐにでもレンタル可能ですわ」


「き、着付け……えっと美容院でやってくれるんだっけ……? よ、予約!!!」


「できますわよ……」


 名家のお嬢がそう言った。

 田中のその発現に……


 レイラが壊れた。


「キモノオオオオオオオオォォッ!!!」


 それは野生を解放した獣の咆吼だった。

 そしてそこに運悪く少年が


「終わったぞー。俺はもうやんねえからな!!! もう解放しやが……」


 とブツブツ文句を言いながらやって来た。

 ……最悪のタイミングで。

 レイラの目が光り瞬時に少年の手を取る。


「お、お姉さんがネットで一番のアイドルにしてやる! 一緒に伝説を作るのだ!!!」


「アイドルになるなんて言ってねえ!!! え? なに? 話が通じそうなヤツが壊れ……っちょ! 怖い、怖いから、怖いって、ひいいいいいいいぃッ!!!」


 こちらは安定してカオスであった。

 こうして少年は男の娘アイドルという奈落に落ちていくのだった。



 とりあえず明人たちは外に出てみることにした。

 この建物が異常なのか、それともこの世界が異常なのか。

 それを知りたかったのである。


「明人さん」


 廊下を歩いていると斉藤が明人へ声をかけた。


「うん? なんだ?」


「親友キャラの進藤が敵でした。この異変も彼の仕業かもしれません」


 明人は頭をポリポリとかいた。

 世界に拡散したかと思ったキャラクターが今度は学校に存在した。

 転生にはなにか法則性があるのだろうか?


「それにしてもわからん……原作はいったいどういうストーリーだったんだ?」


「後藤の言うとおり、亮ちゃんを主人公にした明るいアクションです。ですが……ストーリーは途中で破綻してます。確定した結末はありません。パソコンに残っていた覚え書きも意味不明でした」


 この世界に関連する創作物は並行世界で実際に起こっている出来事のはずだ。

 だがおかしい。

 なぜ結末を書けなかったのだろうか?

 別の世界では実験の暴走による破滅という未来が待っていた。

 結末は確かにあったはずだ。


「三島は? 三島の結末は?」


「わかりません。私たちじゃ不良っぽい女の子っていうのを描写するのが難しかったので捨てキャラにしてましたし」


 酷い話だが仕方はない。

 何も知らなかったころの話である。

 三島が鍵のはずだ。

 それは明人も斉藤もわかっている。

 だが何が起きるかわからないのだ。


 もう一つ疑問も増えた。

 なぜ進藤は正体を現したのだろうか?

 最後まで騙して後ろから刺せばいいはずだ。

 明人だったらそうするだろう。

 情報を与える必要なんてないはずだ。

 なにもかもわからない。

 明人はポリポリと頭をかいた。


 蔦で覆われた建物の廊下を出ると門が見えた。

 中庭には太陽の光が降り注いでいる。


 そして中庭には一人の男が立っていた。

 それは進藤だった。


「いやあ! 伊集院明人。待っていたよ」


 明人は内心驚いていた。

 殺気は感じない。

 全く殺気は感じないのだ。

 逆に不自然である。


「そんなに緊張するなよ。君らと戦う気はない」


 進藤は作り物のようなわざとらしい笑みを顔に貼り付けていた。

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