リアクション
男がゴーグル状の機械を外した。
それはヘッドマウントディスプレイと呼ばれ、無線ネットワークでサーバーへ接続されているものだ。
男はそれを床に放り投げる。
ゴトリという重い音が響いた。
男が怒鳴った。
「聞いてねえぞ! あの連中強すぎじゃねえか! 化け物か!!!」
男が怒鳴った先にあるソファ。
そこには転生者、旧制作陣の一人である蔡が座っていた。
「どうせお前は不死の身だ。体で覚えた方が早い。それにお前には奥の手があるだろう?」
「あのな! 俺は痛覚まで遮断できるわけじゃねえんだよ! わかってんのか!」
「それもこれも俺たちの目的のためだ。わかっているな? 敵は女神だ」
「ああ。あのクソビッチどもを血祭りにあげてやる! そのためだったら100回でも200回でも死んでやる!!!」
「そうだ。だったら早く作業に戻れ。最大の障害である伊集院明人を殺せ」
「ああわかったよ! ボス」
男が装置を拾い装着する。
仕上げの時間だ。
今度こそヤツを殺さねばならない。
そしてこの狂った世界を終わらせなければならない。
蔡はため息をついた。
◇
ジェーンの腕がぷるぷると震えた。
ざっけんな!
引きこもり分析官の体力なめんなよ!
腕力自慢のアキトじゃねえんだぞ!
毒舌を声に出す余裕もなく息を切らせながら列車の上によじ登る。
映画なんかだと猛スピードで走る列車の上でアクションをしていたが今のスピードはシャレにならない。
「誰だ! 上に上がれば大丈夫じゃね? とか思ってたアホは!!! あ、私か」
ジェーンは錯乱しながらセルフツッコミを入れた。
楽しい旅行を邪魔した連中はぶっ殺す。
絶対にぶっ殺す。
ジェーンは息を切らせながらエンジニアバッグをまさぐった。
白い粘土状の樹脂と青い樹脂を取り出し指でコネはじめた。
ジェーンは赤坂の事件で学んだ。
自分には方程式外の知識が大幅に足りないのだと。
まず手始めに海兵隊や陸軍の教本を読みあさった。
どうせ分析官だしと敬遠していたFBIの特別捜査官用の教本、CIAエージェントの教本も頭に入れていた。
もちろん知識があったからといってすぐに強くなるわけでも射撃が上手くなるわけでもない。
山田や田中、レイラの強さはかなりの時間を訓練に費やした結果だし、男性陣はサバンナの猛獣のように持って生まれた素質が優れているのだ。
だからジェーンはアクセスできる知識から自分に使えるものを身につけるしかなかった。
そして陸軍工兵教本に行き着いたのである。
ジェーンはその中身を頭に叩き込み、道具を揃えた。
そこにあった青白の二つを混ぜ合わせると爆弾に変わる樹脂。
そいつをお見舞いするつもりだったのだ。
「へふっ……へふっ……プラスチック爆弾くらいやがれ!」
ジェーンは列車の屋根から落ちないようにふんばりながら爆弾の用意をしていた。
◇
「伊集院。残弾が少ない」
レイラが冷静に言った。
マガジンは申請したとおり4つしか持ってきていないのだ。
「相手は数で押してくるタイプか……ナイフは?」
「近接ナイフ格闘術は君ほどの腕ではないが……これなら……」
そう言ってレイラは背中からマシェットを抜いた。
チャイニーズマフィアの隠し方である。
「あと斧」
レイラは同じく背中から器用に斧を取り出し藤巻に渡した。
絶対にレイラは怒らせないようにしよう。
明人は心の中で誓った。
よく見ると藤巻も苦い顔をしていた。
二人は視線を交わすと「女の子って怖いよねー」とうなずいた。
「なんだ君ら。その顔は」
「ナンデモー」
「ナンデモー」
「いやんこれは男の子どうしの秘密よ」である。
二人を見てレイラは釈然としない顔をしていた。
三人は廊下に飛び出した。
斥候と思わしき男がこちらを見ていた。
だが反応が鈍い。
やはりだ!
明人は気がついた。
今までこいつらはわざと死んでいたのではないだろうか?
もしかすると、こいつを殺さなければ問題は解決するかも……と思った瞬間。
すでにレイラがマシェットを放り投げていた。
回転をする刃が男の胸に突き刺さる。
刃の突き刺さった男は一瞬で消滅した。
またもや二人は視線を交わしうなずく。
「伊集院。藤巻。二人とも言いたいことがあるならさっさと言いたまえ」
「イエ」
「イエ」
漢(笑)は怖い人には逆らわないのだ。
「レイラ サン。次ハ 殺ス ダメ」
「伊集院なんだその口調は?」
「ソウ ダヨ。 アキト イウコト タダシイ」
「藤巻、君までなんだ!」
抗議をするレイラから視線をそらせつつ、明人と藤巻が手すりの鉄パイプを引き抜いた。
「ハイ。明人」
「アリガト。藤巻サン」
「いい加減にしろよ!」
珍しくレイラが怒鳴った。
気を取り直して三人は機関席を目指し突き進む。
このままでは事故が起こる可能性がある。
「伊集院。殺すなっていうのはどういうことだ?」
「ああ。殺すと消えるから、死ぬ前に動けなくしてやればいいんじゃないかって思ったんだ」
二人はレイラを見る。
喜怒哀楽どれにも属さない表情で。
「だからやめろ!」
◇
「死ぬ! マジで死ぬ!」
その頃、ジェーンはやっとの事で先頭車両に辿り着いていた。
FBIから盗んだファイバースコープで中を確認すると運転席には誰もいない。
それを確認するとジェーンはプラスチック爆弾を屋根にセットし来た道を戻り距離をとる。
「よし!」
バンッと音がし、屋根に穴が空く。
ジェーンがそこに急いで戻り、穴から下へ飛び降りる。
落ちるときに尻を強打したのは秘密にしておくことにした。
とにかく列車を停止させるべきだ。
なあに大丈夫だ。
電車の運転は小さい頃に「電車で(都合により略)」で散々やった。
たぶん同じだ。
……たぶん。
……あれ?
ジェーンはモバイルの音声入力をオンにして叫ぶ。
「明人! 自動列車停止装置が動かない! マニュアル操作も受け付けない! どうする?」
メッセージの送信完了を知らせる音がした。
よし、大丈夫だ。
と、ジェーンが安心した瞬間だった。
「動くな嬢ちゃん」
頭になにかを押しつけられた。
それは懐かしい感触。
拳銃だった。
「ヒャッハー!!! ジェーンか! よっしゃ! せめてこいつを殺せば」
殺す?
ジェーンの額に冷たい汗がにじんだ。
その時、いきなり列車が減速した。
ジェーンは震動で倒れ込む。
男も一緒に転倒し、運転台に頭を強打した。
そして男が突然消える。
「な、なにが……」
ジェーンはふらふらとしながらつぶやいた。
◇
少し前。
「ひゃっほー!」
山田はジェーンに借りた漫画のような展開にワクワクしていた。
心の底からワクワクしていたのだ。
ワープなどそうそう体験できることではないのだ。
最高に楽しい思い出になるはずだった。
ワープ先が列車のすぐ前でなければ。
山田は後ろから強い光を当てられたのを感じた。
ここはどこだろう……トンネルのようだ。
そして振り向いた山田の目に映ったのは突っ込んでくる列車の姿だった。
「ぴぎゃああああああああああああああッ!」
山田が悲鳴を上げ、全力でアクセルを踏む。
すると鼻血を出した田中が屋根からズリ落ちてきたのが見えた。
白目をむいている。
どうやら大型の荷物を運んだせいで限界を迎えたようだ。
山田は窓から手を出し運転席に田中を引きずり込んだ。
「っちょ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ! やばいよ!」
山田が叫ぶ。
列車が近づいてくる。
死ぬ。
山田が覚悟した瞬間、激しい音とともに列車のスピードが落ちた。
いきなりのトラックの出現によって自動列車停止装置がようやく動き出したのだ。
金属が激しくこすれる音。
火花と震動がトラックにまで伝わってきた。
「ぴゃあああああああああッ!」
山田は叫びながら逃げていく。
徐々に減速する列車。
泣きながら逃げる山田。
そして列車が停止した。
山田の目に列車の窓にフラフラと立ち上がる金髪の少女が見えた。
ジェーンだ!!!
山田は「わふん♪」と吠えた。




