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欲まみれトラック

 車両を積んだトラックが夜道を走っていた。

 特に理由もなくつけたラジオからは演歌が流れていた。


「いいですか、響子さん。打ち合わせ通り広い道路に出たら私が屋根に登ってワープの準備に入ります」


 そう言うのは田中麗華。

 ワープ能力を持つ忍者である。


「はいなーカニカニカニカニカニ」


 そう言って喜ぶのは山田。

 トラックを運転しているは彼女である。

 鼻歌交じりに大きなハンドルを握るその姿は完全に観光気分だった。

 なぜ二人がこんなことをしているのか?

 それはジェーンたちに置いて行かれた直後に遡る。



「では引き続きこの件は伊集院明人に一任すると言うことでよろしいですね」


 委員長モードの山田が言った。

 その姿はまさに事務的。

 模範的なエージェントそのものだった。

 誰だコイツ。

 田中は思った。


「しかたありませんな……コストの面で問題はありますが、それでも正体がわからない組織と戦争をするよりはいくらかは安い……いくらかは……」


 公安のトップが忌々しいとばかりにそう言った。

 行政側の委員は皆苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

 だが誰からも異論は上がらない。

 『じゃあお前代わりにやれよ!』

 そんな事を言われてしまうのが一番恐ろしいのだ。

 責任など誰も取りたくない。

 所属が曖昧で責任を取るべき機関が不明な明人に全てを押しつけた方が楽なのである。

 対して、科学者や宗教家の議論は活発だった。

 なにせわからないことだらけだ。

 科学者は目を輝かせながら仮説を語りあい、宗教家はどす黒い顔で利権を語りあったのだ。

 もちろん議論は田中の能力にも及ぶ。


「私たち科学者としては田中さんの能力を科学的に検証したいと思いますが……」


「あら構いませんわよ。ひどいことされなければ、ですけどね」


 田中も原因を知りたいと思っているところである。

 それにこのご時世だ。

 解剖や人道的に問題のある検査などはしないだろう。


「もちろんですとも!」


 そう言った田中を見て科学者がにへらっと笑った。

 ただの愛想笑いだろうが田中は内心むっとした。

 田中の感情に敏感に反応したのは山田だった。


「もし公安の身内に無礼を働いたら、君らは生まれてきたことを後悔することになる。確実にね」


 山田が科学者へ物騒なことを言いながらにっこりと笑った。

 その笑顔はどこまでも冷たいものだった。

 田中は友人のサポートにありがたさを感じる反面、『誰だコイツ』というツッコミで頭がいっぱいだった。

 田中の知っている山田はこんな子ではないのである。


 その後、宗教家たちの『末法末世や終末論の利権はどうなるんじゃ!!!』という醜い話し合いが行われたが明人には直接関係がないので二人は抜け出すことにした。

 田中家が用意した車でアジトへ向かうと貼り紙を見つけた。


『明人と遊びに行ってきます。探さないでください。レイラも一緒です』


 あのガキ……

 田中は普段使わないような言葉でジェーンを罵った。

 心の中だけで。

 そして山田の方を見ると、彼女は主人に置いて行かれた子犬のような顔をしていた。

 山田はおもむろに電話をかける。


「くぅーん。きゅううううううん。ひゃああああああああ。ふにゃッ! きゅううううううん!!!」


 山田お帰り。


 田中は思った。

 田中が生暖かい顔をしていると山田が電話を切った。

 どうやら話は終わったらしい。


「それで……明人様は?」


「麗華。北海道行こう」


「いえでも会議が……もう結論は出たので招集されないかもしれませんが……」


 生真面目な田中は反論した。


「っふ……ボクたちにはもっと優先することがあるとは思わないかな?」


 山田は真面目なふりをしているだけの自由人だった。


 遊ぶことばかり考えてやがる。


 田中は山田をいさめるつもりだった。

 仕事は仕事。

 プライベートはプライベート。

 きちんと分ける必要があるからだ。

 だが次の山田の一言で全てが変わった。


「カニとかジンギスカンとか」


 カニ! ジンギスカン!!!

 田中の目が光った。

 カロリーゲットのチャンス!

 明人を太らせるチャンスなのだ。

 いやだが仕事が……

 だが……

 そしてアジトの固定電話が鳴った。

 電話の音で正気になった田中は急いで電話に出る。


「おー。田中の嬢ちゃんか。公道仕様で300キロ出る棺桶(バイク)の試作機が完成したんだけど隆二はいるかい?」


 その一言を聞いた田中のその美しい顔から自然と笑いが漏れていた。



 田中が窓の外を見るとだんだんと高層の建物がなくなっていた。

 ラジオから聞こえていた演歌は落語に変わり、そして今は田中麗華が生まれる前の古いポップスがスピーカーから聞こえてきた。

 いつの間にかトラックは東京近郊から出るところまで来ていた。

 そろそろ国道でも人通りが少なくなってくるところがあるだろう。

 準備をしなければならい。

 こんなに大型の荷物を能力を使って運ぶのは初めてだ。

 だがやらねばならない。

 明人がそこにいるのだから。

 そして……食べ物がカロリーがそこにあるのだ。

 田中はにへらと笑った。

 おっといけない。山田に変な目で見られてしまう。

 と思った田中は無理矢理話を切り出す。

 山田は何も気づいていないというのに。


「それにしても響子さんが大型免許を持っていてよかったですわ」


 山田が不思議そうな顔をした。


「え? 持ってないよ」



 今なんて言いやがりましたの?



「え? 運転できるって言ったじゃありませんか!」


「できるよー。年齢足らなくて無免だけど」


「ちょっとアナタ! え?」


「だから無免だよ。ああ大丈夫。装甲車の操縦の訓練は受けたから。あ、陸上特殊無線なら持ってるよ! 藤巻のおっちゃんも笑ってたし。にゃはははは!」


 あのオヤジいつか殴る。

 田中は決意した。

 その時、へそを曲げた田中の携帯が鳴った。

 なんだろうと思い電話に出る。


「なんですって!!!」


 電話に出た田中が声をあげた。


「どうした?」


「明人様が青函トンネルで何者かに襲われ交戦中」


「麗華、準備はいい?」


「ええ。やりましょう!!!」


 そう言うと田中がトラックの屋根に登る。

 大丈夫だ。

 青函トンネルは通ったことがある。

 脳が座標を覚えているはずだ。


「行きますわ!!!」


「わおーん!!!」


 訳:OK!


 田中は小太刀を出し真っ直ぐ振り下ろした。



 ラウンジに男たちが集まっていた。

 ジェーンはその姿をモニターから眺めていた。

 残念なことにジェーンには叫んだ声は伝わらない。

 だがその異様さはジェーンに伝わってきた。


 なんだこれ?

 あいつら……等間隔に並んでいる。

 電車の振動で立ち位置がズレるともぞもぞと決まった位置に帰っている。

 まるで10年以上前の出来の悪いゲームのAIみたいな……

 

 AI……?

 もしかして……


 なにかに気づいたジェーンは明人へメッセージを送信した。


 ラウンジに敵多数。

 動きがおかしい。

 大きな音をたててみて。



 それがジェーンのメッセージだった。

 明人はメッセージを見るとレイラの方を見た。

 現在まともな武器を持っているのはレイラだけなのだ。

 明人のスマートホンをのぞき込んでいたレイラが腰に手を回しなにかを差し出した。


 閃光手榴弾。


 明人は親指を立てる。

 そしてドアをゆっくり開け音を立てないように廊下を進んでいった。

 ラウンジの中をうかがう。

 中には同じ格好、同じ体格、同じ顔の男たちがいた。

 なぜか一定の距離を取りながら驚くほど規則的に並んでいる。

 明人は閃光手榴弾のピンを外しそっと投げた。

 閃光手榴弾はころころころと転がっていく。

 男たちは気がつかなかったのか棒立ちのままでいた。

 明人たちは閃光手榴弾から背を向け距離を取った。

 間髪入れず後ろから爆発音がする。


 明人たちが振り返ると男たちは何事もなかったかのように棒立ちのままだった。


「なんだこいつら……」


 明人がそう呟くと、突如男の中の一人が悲鳴を上げた。


「ぎゃああああああ! なんじゃこりゃあああああ!」


 その男は頭を抱え転げ回る。

 疑問はつきないがそれはチャンスだった。

 明人は中へ駆出す。

 棒立ちの男に蹴りを入れ、転げ回る男の手を取り、腹ばいにして背中に回した手に足を差し込み体重をかける。

 明人はブラジリアン柔術で言うところのオモプラッタに近い体勢を取っていた。

 レイラは明人のサポートとして銃を構え威嚇した。


「言え。お前はなんだ?」


 男が笑い出す。


「あはははは! リスポーンキルとか! あははははは!」


 男は笑っていた。全く話がかみ合わない。


「じゃあ次のラウンドで会おうぜ! プレイヤー交替っと!」


 明人の背筋がぞくりとした。

 関節技を解き横へ飛ぶ。

 銃声が響いた。

 明人の近くで棒立ちになっていた男が崩れ落ちる。

 男の手には拳銃。

 明人が先ほど拘束していた男の方を見た。

 男の体が消滅していく。

 仲間を撃ったのだ。

 レイラは棒立ちの男たちに容赦なく弾丸を浴びせた。

 打ち抜かれた男たちは瞬時に消滅した。


「なるほど……そういうことか……」


 リスポーンキル。

 ゲーム、特にFPSなどのオンラインゲームにおいて相手プレイヤーの再スタート位置で待ち構えて復活した相手を問答無用で倒すことだ。


「ふざけやがって!」


 明人は不機嫌な顔になる。

 ようやく明人も敵の正体がわかったのだ。

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