暴走特急イイヅカー
ゲームセンターの喧騒の中で明人の携帯が慎ましく鳴った。
普通なら気がつかなかっただろう。
だがこの時の明人は誰かに助けて欲しかったのである。
それこそ更なる事態の悪化が予想されるジェーンですらいいくらいに。
明人が期待に胸を膨らませながら携帯の画面を見るとそこには藤巻と表示されていた。
明人は通話アイコンをスワイプし電話に出た。
「藤巻さん! タスケテ!!! ヘルプミー!」
いきなり本音をぶちまける明人。
だがそんな明人をスルーして珍しく興奮した藤巻の声が聞こえてきた。
「明人! わかったぞ!」
「え? なにが?」
「だからわかったんだよ! お前が守ろうとしている女たちの共通点が!」
明人はゴクリとツバを飲み込んだ。
藤巻には一定以上の情報は与えていないはずだ。
被害者のイベントの発生時期や特徴はジェーンと明人しか知らないはずなのだ。
藤巻はいったいどんなことに気がついたというのだろう?
確かにすでに原作にはない展開に陥っている。
山田や田中のような超能力者の出現。
お互いに影響を及ぼす絡み合った世界。
三人の三島。
そして三島の救出に失敗した別の世界の伊集院明人たち。
謎は深まるばかりだ。
明人が押し黙っていると藤巻が続けた。
「長岡だ。長岡がお前の言ってた東京オリンピックの無い世界の絵を描いていた!」
「ビジョン!」
「……ああ。山田と田中の超能力と同じだ……もしかしてお前が追っている女たちは超能力者なんじゃないのか?」
明人はようやく納得した。
これまでの事件を全て何者かの意思によるものと仮定すると、誘拐するだけの価値があるのはジェーンだけなのだ。
他の女性たちは田中や山田すらも国家からすれば交換可能な部品でしかない。
交換部品でないのはジェーンだけだ。
そのジェーンすらも誘拐するにはハイリスク過ぎる。
ましてや抹殺などする必要はない。
彼女たちに何かをするとしたらもっと別の……国の利益などではない、もっと別の理由があるはずなのだ。
藤巻の言うとおりヒロイン全員が超能力者だとしたらどうだろう?
そこに秘密があるのではないだろうか?
……だとすると藤巻の妹は?
「藤巻さん! 霞ちゃんは? 何か絵を描いたりしてないか?」
「……あッ!!!」
どうやら考えていなかったようだ。
どちらにせよジェーンや田中に相談する必要があるだろう。
藤巻には妹の情報を集めてもらわなければならない。
「藤巻さん。霞ちゃんに何か変化がないか探ってくれ。俺は明日、会長に異常な行動をした生徒がいないか聞いてみる」
「ああ。わかった! じゃあな!」
ここで藤巻が通話を終了した。
どうやら藤巻も妹の話題が出たせいか焦っていたようだ。
確かに藤巻からしたら重要な事だろう。
重要な情報だが急ぐほどではない。
ゆっくり慎重に慎重に調査をすべきだ。
明人がひとりで納得をしていると山田が言った。
「電話終わったのか?」
「ああ。山田、ビジョンの事だが……」
「うん?」
「どうやら、レイラが助けた長岡もビジョンを見る事ができるらしい」
「ふーん……」
山田は考えた。
小首を傾げて考えた。
ものすごく考えた。
考えて考え抜いて、
「次はカラオケ行くぞ!」
考えるのをやめた。
「え? ちょっ! 山田! 捜査が!」
「あーそーぶーぞー!!!」
山田は明人の腕をがっしり掴んで明人を引きずっていった。
こうして明人の財布の中に残った福沢元帥はカラオケ戦線にて名誉の戦死を遂げたのだった。
◇
飯塚の自室。
飯塚はため息をついた。
斉藤みかんが行方不明になっているのだ。
いや正確には行方不明ではない。
みかんは表向きライアンたちと出張へ行った事になっている。
だが実際は連絡も取れない状態が続いていた。
「心配だ……」
ぽつりと飯塚がつぶやいた。
飯塚はハーレム対応の人間である。
明人のように悩んだりしない。
だがそれゆえにやや嫉妬深い傾向がある。
それゆえにその心配はやや度を超していたのだ。
浮気……
みかんはカワイイ。
それもあるかもしれない。
そう言えばライアン先生……
明人と飯塚の師匠である。
みかんと妙に馴れ馴れしくしていた。
信用はしている。
確かにデタラメなオッサンだ。
だが、ああ見えて意外に紳士だ。
だが……ひょっとすると!
あああああああああ!
ねーよ!
ライアンと明人がそこにいたならすぐさまツッコんでいただろう。
藤巻ならさりげなくフォローしたかもしれない。
山田なら動物的な勘から発せられる核心を突くような言葉で否定しただろう。
だがその時、飯塚は一人だった。
ツッコミを入れるものは誰もいない。
その妄想は翼を広げ、大空へと飛び立つ。
NTR?
どくんっと飯塚の頭部の血管が脈打った。
言葉の意味は完全にわかっている訳ではないが、とても嫌な感じがする単語だ。
NTR?
ビキビキビキ!
血管が激しく脈打ち続ける。
ははは。やだなあ。
みかんがそんな。
と言いながら押し入れから弓矢を取り出す。
アフリカで兵士から奪ったモノではない。
飯塚専用として作られたものである。
滑車弓。
全長90センチにも及ぶ大きさでありながら重量は1キログラムを切る特別製である。
もちろん潜入のためにコンパクトに折りたたみもできるものだ。
その弓を馴れた手つきで組み立てる。
うん。
異常はない。
軽く点検すると今度は弓を折り畳んで行く。
畳んだ弓をバッグに入れ、今度は携帯を取り出す。
携帯の電話帳からジェーンへ電話をかける。
数回のコールの後に疲れた声のジェーンが電話に出た。
「うーん……電子の妖精……ふにゃあ……眠い」
「ジェーンちゃん……みかんの居所を探って欲しい」
飯塚の声から並々ならぬ迫力を感じとったジェーンは一気に眠気が吹き飛んだ。
「あ、あのね。リョウ。あんたが動くと近いうちに死人が出ると思うの。それもたくさん」
「あははは。やだなあ。人を危険人物みたいに」
このときの「あははは。」は決して楽しそうな声色ではない。
妙なプレッシャーがあるのだ。
「あ、あのね……」
「うん? どうしたの?」
やべえ。
ジェーンは焦った。
飯塚を止めねば都市が火の海に沈む。
明人を呼び出さねば。
それと藤巻……はいいや。
被害が増えるから。
「えっと……折り返し電話する……30分後くらいでいい?」
とりあえずジェーンは時間稼ぎをすることにした。
「あ、そうだね。時間は必要だよね? こちらも用意があるからそのくらいで。ありがとね。んじゃあね」
そう言うと飯塚が電話を切った。
すかさずジェーンはアジトの部屋にあるNUKEと書かれたボタンを押した。
それは関係各国、特にアメリカに危険人物が動いたことを通報するボタンである。
……いや、『破壊魔』飯塚亮が動いたことを知らせるものである。
「マジでダメだって……」
ジェーンはつぶやいた。
◇
「もしもし。こちらマルコ」
陽気な男の声がした。
「やあマルコ! 飯塚だ」
その声を聞いた男がゴクリとツバを飲み込んだ。
「リョウ。……殺さないでください。俺には故郷に残した女房と子どもが……」
いきなりマルコと呼ばれた男が命乞いを始めた。
みかん経由で知り合った自称ナイジェリア人の密輸人である。
「やだなあ。僕たち友達じゃないか。お願いがあるんだ」
「な、ナンですか?」
「プラスチック爆弾と、弓に装着できる爆弾とナイフ。それに足のつかない拳銃。用意してくれるよね? あ、僕は少し手が小さいから9ミリは勘弁」
ヤクザでも殲滅するつもりか!
マルコはツッコミを入れながらも言うことを聞くしかなかった。
知っているのだ。
電話の向こうの人物の恐ろしさを。
ヘリを墜とし、建物は全て破壊。
彼の通った後はぺんぺん草も生えない地獄に変わる。
理不尽すぎる生命体、リアルラン○ーを。
「は、ハイ。善処致します」
結局マルコは従うしかなかった。
こうしてツッコミ不在、野放しの野獣が野に放たれることになったのである。




