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伊集院明人は二度死ぬ 4

 1973年、ゼロックスのパロアルト研究所で開発されたAlto。

 世界最古のパーソナルコンピューターと呼ばれるAltoはメニュー操作、マウスなどを備えたものであった。

 豊富な資金とエンジニアの気合いさえあれば時代を20年先取りできる例としてよく挙げられる。

 今回の実験も同様である。

 かつて1000億ギガエレクトロンボルトの加速器を作るには地球サイズの装置が必要と言われていた。

 それを力技で成し遂げたのが世界大戦一回分の資金と関係者の気合いとメイドインジャパンの技術であった。


 1978年。ソビエト社会主義連邦共和国。

 36歳の科学者アナトーリ・ブルゴスキは実験中事故にあった。

 シンクロトロンU-70の中を走っていた陽子ビームが彼の後頭部から鼻までの組織を破壊したのである。

 彼はこの事故で顔面麻痺などのいくつかの後遺症を負った。

 LHCの100分の1の規模での実験である。



 では1979年当時の数千倍の規模で行われた今回の実験ではどうなるのか?

 例えば加速器の中に人がいたとしたら。



 その答えは……



「侵入者です。実験シークエンスを全て停止します。再起動可能時間は48時間後になります。侵入者です……」


 警報が鳴り響き、合成された女性の声が場内に実験の中止をアナウンスした。


「自動停止装置機能しません! レーザー核融合炉も作動し続けています!」


 オペレーターの叫び声が響いた。


「外部からのハッキングは?」


 別のオペレーターが聞いた。


「安全を考慮して装置のラインは物理的にインターネットには繋いでいません! クローズネットワークのはずです!」


 次の瞬間、スピーカーから少女の声が響いた。

 ジェーンである。


「中だ! このファッキンクラッカーが中からライン繋いで操作してやがんだ!」


「でも端末からじゃ……管理権限を取得でないはず……」


「端末じゃねえ! サーバーを直接動かしてやがんだ! サーバールームに侵入者がいる! そこからエクスプロイト(脆弱性攻撃)かソーシャルハッキングかわかんねえけど……なんかされてるんだよ!」


「警備部隊をサーバールームに急行させてください!」


 オペレーターがそう言った瞬間、照明が光を失い辺りは暗闇に飲み込まれた。



 サーバールーム。

 車椅子が転がっていた。

 その近くには後藤が倒れていた。


「なんでてめえがいやがんだ!」


 後藤が叫んだ。

 その声には怒りが満ちていた。

 後藤の目の前には三島花梨が立っていた。


「もうすでに予言もシナリオも何もかもが狂ったって事か……いや……違う……お前……」


「……これは幾度目でしょうか……初めまして創造主様」


 まるでゴミを見るような目で三島が言った。


「やっぱりてめえ! ……俺たちのシナリオの三島か……それもエンディング後の……」


「よくお分かりになりましたね」


「ったく厚化粧なんてしやがって……三島花梨がそんなオトナっぽい格好をするかよ!!! 今更ギャル系を気取って残念になる。それが三島花梨だ」


 勝ち誇っているが話の内容はクズそのものだった。

 三島は少しイラッとし、後藤の挑発に対して無視を決め込むことにした。


「……まあいいでしょう。私の目的はそこのサーバーの中にいる人物です」


 突然、後藤がニヤッと笑った。

 三島がそれを見て驚いた様子で後ろを振り向いた。


「くははははは! 前田さん! やっておしまいなさい!」


 後藤が某宇宙地上げ業の社長 (戦闘力53万)のような声をあげた。

 同時に銃声が響く。


「お前! それじゃこっちが悪役だろが!」


 前田ことライアンが銃を撃ったのだ。

 頭部に6発。

 少なくても2発は眉間に当ったはずだ。

 当ったはずだった。


「シナリオに死ぬ予定のない私は殺せない。わかっているでしょう?」


 三島の声がした。

 不思議なことに銃弾は三島の頭部をすり抜けたのだ。


「前田さんですね……ただしそこのクズとは違う世界の」


 どうやらこの三島は後藤を憎んでいるようだ。


「異世界の扉にもう一人の三島花梨を近づけてはなりません。それが世界の崩壊の原因です」


「……もう一人?」


 その時、サーバールームに警報が鳴り響いた。


「侵入者です。実験シークエンスを全て停止します。再起動可能時間は48時間後になります。侵入者です……」


「まずい! もう一人の私はすでにサーバールームを出てた!」


「おい! 何が起こってるんだ!」


「もう一人の三島花梨。ええ。旧制作陣の作ったエンディング後の三島花梨が来ています。彼女の目的は明人……行かなきゃ!」



 明人の目に二重になった世界が見えた。

 まるで白昼夢のように


「な、何が!」


 明人が膝をついた。

 辺りを見ると藤巻や飯塚、ジェーンまで倒れていた。

 山田が明人の肩を掴んだ。


「ビジョンだ! 私にも見えている」


 脳が本来処理することがないような高度な計算をし、脳に負荷がかかり続ける。

 そこから突如現れた黒い影。

 かつ、かつ、かつとブーツの音が響いた。


「み、三島……?」


 明人がうめくように言った。

 それは三島花梨だった。

 ビジョンの中でも彼女は全くぶれていない。

 不思議なことにビジョンの片方だけに彼女は存在していた。


「久しぶり」


 それはしっとりとした笑顔だった。

 あの恥ずかしがり屋はそこにはいなかった。


「この施設……ずいぶん早く完成したんだね」


 明人の鼻から血が滴った。

 脳を酷使しすぎたのだ。

 もともと明人は超能力方面には才能が無い。

 脳がそのようにできていないのだ。


「三島! どうしてこんなことするんだ!」


 山田が叫んだ。


「超高エネルギーの加速器で焼かれると人間はどうなると思う?」


 そこで明人は理解した。

 彼女はバッドエンディング後の三島なのだと。


「私は存在と時間を超えた。あの人とともに……」


 そう言うと三島は明人の胸に手を差し込んだ。

 明人は避けることも、逃げることも、抵抗することもしなかった。

 痛みも感触も悪意も感じなかった。


「古事記って知ってる? イザナギって神様は死んだ妻を追って黄泉国に迎えに行ったんだって……あなたは私のためにどこまで来てくれる」


「異世界の果てまで」


 明人は真顔でそう言った。

 嘘偽りなど無いつもりだった。

 だが……


「うそつき」


 三島が涙を流した。

 その姿はまるで必死になって明人の答えを否定するかのようだった。

 そして明人の胸へ差し込んだ手をゆっくりと引き抜いた。

 ずるりと明人の体が沈んだ。


「明人おおおおおおぉッ!」


 山田が叫んだ。

 彼女はいつもの『伊集院』ではなく無意識に名前を叫んでいた。


「うふふ。伊集院明人をトゥルーエンドへ導くんだ」


 三島は少女のようにニコリと微笑みながら、血走った目であがく山田の頭に手を置いた。


「響子はいつもがんばってるよね。でも……これ以上は脳死するかもしれない。だから少しだけ眠ってて」


 次の瞬間、山田は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。



 明人は何かに包まれていた。

 柔らかく暖かい。

 不思議と居心地が良かった。

 明人が起き上がろうとすると三島の声が聞こえた。


「明人。今からあなたの半分と一緒に炉に入る」


 なんのために?


「絡まった世界をほどくため」


 よくわからんが……三島のことを信じるよ。


「ほんと……バカだね」


 三島はなぜかうれしそうにそう言った。

 ハドロン衝突型加速器の入り口を兵士たちが守っていた。

 だが三島を止められるものはいなかった。

 三島の姿を見たものが次々と気を失っていったからだ。


 警報が鳴っていた。


「待って!」


 明人の耳に別の場所から三島の声が聞こえた。


「それはダメ。その明人はあなたの明人じゃない!」


「いいの。彼だけが私の明人を解放できるんだ」


「だめえええええッ!」


 もう一人の三島の悲鳴。

 それに目もくれず三島は扉をすり抜け炉の中に入っていった。

 この三島には物理的な障害など意味がなかったのだ。

 この時点で明人は気づいた。

 自分が三島の中にいることを。

 三島の持つ情報が頭の中に流れ込んでくる。


 時間の粒子(クロノトン)


「ええ。これから存在と時間を超える」


 三島が手を広げた。


「させませんわ!」


 突如、女性がそこに現れた。

 それは田中だった。

 田中が突然そこに現れたのだ。

 田中は小太刀を抜くと問答無用で三島に斬りかかった。

 袈裟斬りにされた三島から血が飛び散った。


「そうか……能力を自分のものにしたんだね……」


 息も絶え絶えに三島が言った。

 表情だけは薄ら笑いを浮かべたままで。


「ええ。世界を斬って裂け目をここに繋げました。その(ひと)を返して貰います」


「もう遅いよ。それに……君がいなきゃ帰ってこれない。全ては私の計画通りだ!」


 三島がそう言った瞬間、明人たち向かって何かがやってきた。

 それは炎……いや光だった。

 一瞬で光が三人を飲み込んだ。



 薄暗い部屋で明人は目覚めた。

 手を顔の前にやると、ソーセージのようにぶよぶよの太い指が見えた。

 風邪でもひいたかのように体が重い。

 よいしょと小さく声を出し、体を起こす。

 ぎしりとベッドが鳴った。

 視野がぼやけている。

 明人は伊達眼鏡だ。

 こんな視界ではないはずだ。

 頭でも打ったのだろうか? と明人は思った。

 そう言えば加速器の中に自分はいたはずだ。

 なぜこんな部屋にいるのだろう?

 頭がクリアになるにつれて次々と疑問が湧いてくる。


 ぼやけた視界で辺りを見回すと眼鏡が置いてあった。

 野暮ったいフレーム。

 見たことのあるデザインだ。

 明人は眼鏡をかけると鏡を見た。


 二重顎。

 伸ばし放題の髪。

 ニキビ跡。

 手入れのされていない眉。

 だが目だけは中身の人格を反映するかのように鋭かった。


 ああそうか。

 明人は納得した。


 鏡に映っていた負け犬の顔。

 それは最高に惨めな姿で死んだ男だった。

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