伊集院明人は二度死ぬ 3
「これより実験を開始します」
姫神がなるべく感情をこめないように気をつけつつ事務的にそう言った。
「わたくし、説明を何度聞いてもわかりませんのでイメージで説明いたします。1000億ギガエレクトロンボルト、なにかの必殺技みたいですねー。えっと、それだけのエネルギーが必要なので、爆縮高速点火? 海水にレーザーを当てるとか何とかのよくわからない技術で核融合を起こします。まったく意味がわかりませんね。そのエネルギー全てを加速器でぶん回して高エネルギー状態を作りだしヒッグス粒子を安定させてうんぬん。そして故意的に時間と空間の崩壊をごく局地的に作り出し世界の壁を破ると……おどりゃあああッ! わかるかボケェッ!」
姫神がまたもやパンフレットを床に投げつけた。
いろいろとストレスがたまっているらしい。
「とにかく……大丈夫じゃないかなあと思います。資料によると試したこともあるそうですし……」
明人たちの知らない間に科学は危ない橋を渡り続けているようだ。
「ではこちらへ……」
引率の先生に連れられ一行は実験を観察することになった。
◇
施設の回りにわざと作られた林。
それは全てを飲み込むかのように闇に覆われていた。
田中たちが装備している無線機から音が聞こえた。
それは何も知らされていないまま警備を任されている警官の声だった。
「不審者を発見……民間人と思われますので職質をかけ……ジジッ……え? なに?……ジジ」
デジタルのはずなのに異常なほどのノイズが入りソフトウェア無線アプリがエラー音を発した。
「な、なにが起こってますの?」
田中がつぶやくと無線が入った。
それは司令室からだった。
「全部隊に告げる。警察からの応答が途絶えた」
「司令室。こちらゼロ。向かいますか?」
田中が無線に応答した。
ゼロとはただ単に公安に割り当てられた作戦中のチームナンバーである。
「否定。ワンに向かわせる」
なるほど。田中は蚊帳の外か。
田中はイラついた。
確かに減点法で考えれば田中一族の成績は落第レベルであろう。
自らの足下で起こった人身売買に気づくこともできず、その裏で起こっていた世界の危機の真相に辿り着くこともできず、その結果として外国勢力の介入まで招いてしまったのだ。
田中は当事者でありながら伊集院明人の友人としてお情けで作戦に参加させて貰っているだけなのだ。
だが、犠牲を払ったのは田中ではないか。
なんという理不尽。
田中は自らの置かれた状況を理解するとギリッと奥歯を噛みしめた。
その時だった。
イライラとしている田中の耳に無線から声が聞こえた。
「接触」
男の声だった。
チームワンだろう。
同時に無線から銃声が聞こえた。
何者かと交戦中なのだろう。
「銃が効かない! なぜだ! なぜだあああああッ……ザーッ……来るな!……くる……な……ザザッ……うわああ……」
またもや無線のノイズが酷くなり、ノイズ混じりの男性の悲鳴が聞こえてくる。
「……なんですの?」
何か異常なことが起きている。
まるで赤坂でビジョンを見た時のような……
困惑する田中の声に応えるようにノイズ混じりの女の声が聞こえた。
「麗華。ここにいるのね……ザザッ……いまから行くから……ザザッ」
田中には声の主が誰かわからなかった。
相手は『麗華』と下の名前を呼び捨てにしていた。
親しい人物であるはずだ。
だが田中には該当する人物に思い当たりはなかった。
誰なのだろう?
相手が誰なのか?
それが重要だ。
それがわかるのは田中麗華。
そう自分だけだ。
記憶という記憶を洗い出せ。
直ちに思い出すのだ。
田中はプレッシャーからか、ごくりと生唾を飲み込んだ。
そして頭を切り換え、銃を捨て、腕に巻き付けていた分銅を地面に落とす。
「麗華様?」
一族の男が田中麗華をいぶかしげに見ていた。
田中は無言で頷いた。
無線からの情報では相手には銃が効かないようである。
それに拳銃やライフルは通算で数ヶ月程度の訓練を受けただけだ。
祖父に手ほどきを受けた忍術や骨指術 (隠し武器や柔術のこと)の方がまだ信用できる。
一族の男はライフルを振って「俺らが持ってますんで」とアピールをした。
それでいい。
田中の勘はなんの根拠もないのだから。
ふいに田中の耳に音が聞こえた。
それは発電所のタービンのような何か大きなものが回転する音。
ひどく不快で、耳が痛くなるような重い音。
そしてパチッパチッと何かが弾けた。
「な、なんの音ですか!」
田中がそう言った瞬間。
先ほどライフルを振った一族の男が白目をむいて崩れ落ちた。
「え?」
田中が間抜けな声を上げると、一族の男たちが次々と崩れ落ちた。
「み、みなさん!」
「やっぱり麗ちゃんはこの世界から半分ははみ出してるから無理かー」
田中は声の主を確認する前に分銅を振るった。
なぜか分銅は手応えも無く地に落ちた。
おかしい。当たったはずだ。
田中が困惑すると声が聞こえた。
「うーん惜しい。分銅を選ぶのは正しいけど、まだ能力に目覚めてないんだね……」
田中の目に黒い影が見えた。
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
ビジョンだ!
田中が気づいた瞬間、その影が人の形になりあっという間に人間の女性になっていた。
気の強そうな顔。
長く茶色い髪。
ブーツに大人っぽいスカート。
かわいいシャツ。
それは田中麗華の知っている人物だった。
……いや違う!
「だ、誰?」
「誰って……やだなあ友達じゃん……あっ! ……そうか。ごめん! この時間軸だとまだ仲良くないんだっけ?」
それは三島花梨だった。
麗華は一生懸命、三島を観察した。
三島花梨とは何度も会っている。
友人と言えるような間柄ではないが、彼女はこんな威圧感がある女じゃない。
きっと何かのトリックに違いない。
違いを見つけるのだ。
田中は髪の毛を見た。長い。
いや、転校生のレイラのようなメイクの達人ならウィッグでどうにでもなるはずだ。
リップやメイク……。
あれだけきれいな顔だ。
化粧くらいはするだろう。
田中はなぜかズキズキと頭が痛むのを感じた。
なぜ頭痛がするのだろう?
頭痛?
ビジョンを見た時も頭痛に悩まされた。
彼女はこの次元のものではない?
「別世界の三島ですわね……」
田中は頭痛に顔を歪めながら言った。
「麗ちゃんなら気づいてくれると思ってた」
三島がにこりと笑った。
突然、頭痛が酷くなり、動けなくなった田中はその場にへたり込んだ。
「麗ちゃん。かなり痛いけど許してね。これは明人を助けるのに必要なんだ」
そう言って笑いながら三島が田中の頭に触れた。
その瞬間、脳にビジョンが流れ込む。
異常なほどの情報量が一気に田中の脳に押し寄せたのだ。
痛覚のないはずの脳が悲鳴を上げ、でたらめに痛覚を作り出し警告した。
「あああああああああああああああああああッ!!!」
田中は全身の痛みに意思とは関係なく悲鳴を上げた。
そして光が見えた。
いや脳が光を見せているのだ。
「お願い。我慢して。私を恨んでもいいから」
三島は懇願していた。
だが田中はそれどころではなかった。
意思に反して勝手に涙が溢れてくる。
田中は強烈な光の中で考えていた。
動かなければ。
このままでは死んでしまう。
腰に手を当てる。
クナイがあった。
これで手を切れば。
田中は三島の手を斬りつけた。
斬りつけたはずだった。
なぜかクナイは三島の手をすり抜けた。
「違うよ麗ちゃん。そうじゃない!」
田中の頭の中で光がどんどん強くなり頭痛は痛みを増していった。
もう限界だ。
そう思ったその時、田中の頭の中でカチリと何かが繋がった。
そしてまるで昔から知ってたかのように言葉が出てきた。
「世界を……斬る……?」
そう呟いた田中に三島が感激するかのように声を上げた。
「そうだよ麗ちゃん! あなたの能力は山田の未来視とは違う! 麗ちゃんの目で未来を見続けたらいずれ脳が壊れて死んでた。あなたのは能力は違う! 世界の壁を越える力なの!」
田中が鼻血を流した。
そろそろ脳が限界だったのだ。
そして田中は無意識にクナイを振った。
今度は手応えがあった。
三島の手首から鮮血がほとばしった。
そして田中の意識は闇の水面に落ちていった。
「そうだよ麗ちゃん……それがあなたの力。ごめんね。少しだけ眠っててね。次はこの世界の明人に目覚めて貰わないとならないんだ」
そう言ってから三島は手首を撫でた。
すると不思議なことに手首の傷はなくなっていた。
「一緒に死んで貰わないとダメなんだ……」
三島は悲しそうにそう呟いた。




