大統領ズ(被害者レイラ)
なぜか全校生徒たちが体育館に集められていた。
すでに授業どころの騒ぎではなかった。
父兄がゴージャスすぎたのだ。
なにしろアメリカ大統領とロシア大統領が来たのである。
それも堂々と。
明日は日本国首相と三国会談である。
しかもそちらは授業参観のオマケである。
「えー……では、えー……ダン・ジョンソンアメリカ大統領のご挨拶を……えー」
校長の「えー」がいつもよりも多い。
スピーチを練習する時間もなかったのだろう。
これだけでも大統領ズが無理矢理訪問予定をねじ込んだことがよくわかる。
校長の挨拶が終わるとダンが教師に先導されて壇上に上がった。
その脇を男性二人が固めていた。
二人とも中肉中背で、軍人にありがちなアメフトでクォーターバックをやっていたようなタイプではなかった。
明人は「二人とも見たことあるな」と妙に納得し、その二人は明人の方をチラチラと時折見ていた。
明人は仲間だと思われているのだろうと勝手に解釈していたが、実のところ彼らは将来の警護対象候補として伊集院明人を値踏みしていたのである。
大統領の娘の相手としては同盟国の名家の息子、しかも本人が世界中の権力者に直にコネクションを持っている。
明人はいわゆるハーフである。
書類上ではアメリカの支配者階級である白人、アングロサクソン、プロテスタントいわゆるWASPではないのがジェーンとの付き合いで問題視されている。
実際は、ジェーン自身もアイリッシュの血を引いていて、宗教に関しては聖書も読んだことがないレベルである。(ジェーンは自分を不可知論者だと思っている)
そう言う意味では釣り合いはとれていると書類を見て決断をする上層部は判断している。
彼らアメリカの偉い人……父親であるダン・ジョンソンを除いては大統領の娘をくっつけて伊集院明人をアメリカ側に引き留めることで一致していた。
情報分析官が10年後に強力なコネクションを持つ人材を連れてきてくれるのだ。
コストを考えれば安いものである。そう考えていたのだ。
繰り返すが父親以外はそう考えていたのである。
ダンは笑顔で生徒たちへ挨拶をした。
「伊集院明人以外のみなさん。アメリカ大統領のダンジョンソンです。私はくそったれの伊集院明人の手から娘を守るためにやってきました」
続いて通訳が毒キノコを食べたクマのような表情で日本語で訳した。
「みなさん。アメリカ大統領のダン・ジョンソンです。私は日本との友好の架け橋になるためにやってきました」
大胆な意訳である。
気づいているのは教師を含めた英語に熱心な何人か。それに明人、レイラ、ジェーン、それに田中と保護者席のスヴェトラーナだけである。
「あのペド野郎のドタマに44マグナムぶち込んでやろうとしましたが国防長官に邪魔されました。いつか隙を見てぶっ殺します!(ダン)」
「みなさんの夢を現実にするためにも一歩一努力をしましょう! 未来のために!(通訳)」
原形を留めない意訳が続く。
すでに『キル』や『ファック』や『ダイ』が何度も使われているが通訳の神がかり的なアシストで聴衆のほとんどは気づいていない。
もちろん気づいた人間もあとから口止めがされる予定である。
「……もうやめて」
頭を抱えながら震えるジェーンの肩に明人は無言でそっと手を置いた。
◇
「えー……続きまして……ロシア大統領。えー」
ユーリがエレガントに壇上へ現れた。
ユーリはダンを一瞬だけ睨んだ。
スピーチの順番は大統領二人がくじ引きで決めた。その結果、くじ運のやたらいいダンが先になったのだ。
ユーリはそのことが気にくわなかったのである。
だがユーリも子どもではない。いつまでも拗ねている場合ではない。
気持ちを切り替えてスピーチを始める。
そして静かに、エレガントに言った。
「伊集院明人。パパと呼びたまえ」
ユーリが頬を桃色に染め通訳の顔が青白くなった。
コラァッ! 親父生きてるから! つかてめえ日本語ペラペラだろが!!!
明人はそう心の中だけでツッコミを入れながら、こめかみに血管を浮かび上がらせながら睨み、いわゆるメンチを切った。
「私にはパパがいるのに! ヤダァッ♪」
母親の声が聞こえると明人は歯ぎしりをした。
通訳はそんなただ者ではないオーラを放つ金髪坊主を眺めながら……
「やあみなさん! ロシア大統領のユーリです。今日は皆さんに普段学校では習わないロシアの姿を……」
全てを捏造することを決断した。
「ところでだ……我が偉大なるロシアの国費留学生であるレイラ。ロシアの至宝と言うべき美しい彼女に手を出したヤツは特殊部隊差し向けるから覚えとけ(ユーリ)」
「我が国の優秀な留学生であるレイラと仲良くしてやってください。そして日露両国の友好と発展を……(通訳)」
通訳の捏造は止まらない。
通訳が何を言っているのかを完全に理解しているユーリは好き放題な発言をしていた。
そんなユーリが更に調子に乗ってスピーチをしようとしたその時、後頭部に何かが当った。
なんだろうとユーリが下を向くと小さくちぎられた消しゴムが落ちていた。
そして二人の挨拶の後に米露の友好を表する茶番劇のために後ろで控えていたダンの方を見た。
ダンは声に出さないように口を動かしていた。
古いスパイであるユーリが読唇術を使えることを知っていたのだ。
ウチの娘の方がかわいい。
ダンはそう言っていた。
次の瞬間、ユーリの額に血管が浮かび上がる。
あッてめえ今何つった?
ユーリはポケットに手を突っ込み何か使えるモノがないかと漁った。
ポケットの中の練り消しゴムを小さくちぎり、片手で丸める。
そして人差し指の第二関節と親指ではさみ、ダンに向けて親指ではじいた。
いわゆる指弾である。
消しゴムはダンの額に命中。
やりやがったなとダンがユーリを見る。
ウチの娘の方がカワイイ。
まるでそう言ったかのようにユーリは、にやあっと笑っていた。
この時点でレイラが頭を抱える。
古い時代のスパイ技術を叩き込まれたレイラも読唇術が使えたのである。
ダンが突然立ち上がるとユーリの方へ歩き出した。
ざわつく聴衆。
そんな様子をものともせずにダンはユーリに手を差し出した。
ユーリも手を差し出し熱く手を握った。
その瞬間、明人たちの耳にはギリッという筋肉のしまる音が聞こえた。
「ともに世界平和のためにがんばろうじゃないか……ふんが」
「ああ。そうだな。世界平和のために……おりゃあッ」
握力は互角。
そのまま二人はお互いを睨み付けた。
そして二人はお互いの胸倉を掴んだ。
「てめえコラァッ! 屋上に来やがれ!!!」
「それはこちらの台詞だ。引導を渡してくれる!!!」
「ステルスけしかけるぞゴラァッ!!!」
「やれるもんならやってみろやコラァッ!!!」
最高指導者どうしが怒鳴り合う。
そんな熱いバトルの最中、レイラがしくしくと涙を流した。
このままでは戦争が始まってしまう。
しかも世界規模の戦争なのに発端が恐ろしくくだらない。
そして隣にいた藤巻へ言った。
「サラマンダー。介錯を頼んでいいか?」
その目はいわゆる瞳の光沢が消えたいわゆるレイプ目であった。
「お、おい……レイラ?」
藤巻が震える手を伸ばすがレイラはそれを振り払い、ゆらぁっと立ち上がった。
「私が戦争を止める」
レイラはそう言うと自身が座っていた折りたたみ椅子を片手に壇上へ駆け上がった。
それを見たジェーンも椅子を片手に壇上へ続いた。
「っちょ! ジェーンなにするあぶなうわああああああああああああああああッ!」
「レイラ君なんだねそれはそれをおろしうわあああああああああああああああッ!」
その日のことはその場にいた誰もが黙したまま語らなかったという。
シークレットサービスやロシア側のスタッフが動いたという記録もない。
ただ二人の少女の活躍によって戦争は回避されたのである。
◇
「でさ。パパ何しに来たの?」
なぜか廊下で正座をさせられている顔が腫れ上がったダンにジェーンが聞いた。
「いやねパパもただ単に遊びに来たんじゃないのよ。井上論文の実証実験に呼ばれたの!」
「そうだ! 私も呼ばれたのだ!!!」
なぜか同じく顔が腫れ上がったユーリも声を上げた。
もちろん正座をしている。
「だってあれって素粒子の実験でしょ?」
ジェーンも明人からなんとなくは概要を聞いていた。
「え? 連絡行ってないの? 三日後に別の世界とこの世界が接近し重なるってつい最近シミュレーションで予測されたんだけど……」
「え?」
「だから、別の世界とこの世界が重なるんだ。シミュレーション上だけど……」
「え? ちょっと待って! じゃあ実験って何をするの」
「加速器を使ってこの世界を包む膜に穴を開けて別の世界を観測する。あ、大丈夫だよ。安全だって聞いてるし」
明人とジェーン、それに山田の三人はお互いの顔を見合わせた。




