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前田

 蔡が目を覚ますとそこは小さな部屋だった。

 体のあちこちが痛い。

 何もかもが白い部屋、一瞬「俺は死んだのか?」とも考えたが心電図計測器がベッドの脇に置かれているのを見て己の生存を確信した。

 なるほど旧制作陣はお互いに秘密が多いらしい。


「蔡。起きたようだな?」


 アジア系、黒髪を証券会社の社員のようにオールバックにした男が蔡に声をかけた。


「村上か……ここはどこだ?」


「空母だ。航行中の場所は公海上とだけ言っておこう」


「俺は負けたのか……」


「そうだ。伊集院明人の前では俺たちは無敵ではないということだな」


「……会社はどうなった?」


「解体される。なにせ相手は本気になった日本政府だ。それにクイーンテックの崩壊はシナリオで許容されているはずだ。お前もわかっているだろう?」


「そうか……」


 仮初めのものと理解しつつも蔡は残念でならないとばかりに唇を噛んだ。



 ジェーンは頭を抱えていた。

 謎の音声通話。

 その相手がわからないのだ。

 音声通話アプリの運営会社のサーバーに侵入して相手のインターネット上の住所であるIPアドレスを確認しようとしたが、なぜかジェーンのスマートホンのものしかない。

 しかも通話は双方ともジェーンのIPアドレスである。

 ジェーンはジェーンと通話していたことになっているのだ。

 これを成すには、サーバーに侵入してサーバーのログを書き換えて侵入した痕跡を消して……こんな事をするのはジェーンでも少々面倒くさい。

 

 ジェーンの知っている三島ができる技だとは思えないのだ。


「あークッソ。本人に聞くしかないか……」


 ジェーンはそうつぶやくと栄養ドリンクのキャップ開け一気に飲み干す。

 まるで徹夜明けのSEのようなおっさん臭さ。

 これでも13歳なのだ。

 そしてこのとき、ジェーンは完全に忘れていた。

 いや、明人も忘れていた。

 ジェーンの部屋にピンで貼り付けられていたプリントがあった。


 『授業参観のお知らせ 日時:6月XX日』


 伊集院明人最大の危機がすぐそこまで迫っていようとは、まだ誰も予想していなかった。



 だんだん化け物じみてきたな。

 明人はそう思った。

 確かに斬られたはずなのだ。

 はらわたぶちまけてもおかしくはなかった。

 実際、ケブラー繊維の裏地の学ランは見る影もなくズタズタになっていた。

 だが病院に行ってみれば、かすり傷とのことである。

 何かがおかしい。

 今まではジェーンに撃たれたときも、戦闘で受けた傷もふさがるのに時間がかかった。

 こんなにこの世界が甘いはずがない。

 

 もしかすると斬られる前に聞こえたあの声のせいかもしれない。

 斬られる前に聞こえたあの声。

 あれは確かに三島だった。

 ゲームのディスクの中のテキストにすら三島のシナリオはない。

 なぜだ……?

 何が起こっているのだ?

 三島本人に聞くべきか?

 それが問題だった。


「伊集院? どうした?」


 山田が心配そうにのぞき込んだ。

 結局あれから山田も藤巻板金に転がり込んだのだ。

 もちろん明人は自宅から学校へ通っている。

 同棲ラブコメ展開など全力で回避だ。

 ところが山田はあきらめない。

 何をあきらめないのか?

 つるやで明人にお菓子をねだるのをだ。

 色気などない。


 明人は事件の事を考えようと自分に言い聞かせた。

 そして山田に予言者の情報を聞く。


「山田。姫だっけ? いつ会える?」


「あー。そっか。学校帰りに行くか?」


「そんな軽いのか」


「まあね。特権階級じゃないし」


 そう言うと山田は明人に買わせたあめ玉を口に入れる。

 山田は口の中であめ玉を転がすと思い出したように言った。


「ところでさ伊集院。授業参観どうする? うちさ。門下生がみんな来るって言うんだよねー。暑苦しいから来るなって言ったら泣くし、まったく高校生にもなって授業参観なんて……あれ? どうした伊集院」


 明人の顔は蒼白になっていた。



「全国のおにいちゃんたち!!! クッキングアイドル・キャシーの朝食三分クッキングだよー♪」


 藤巻が姿勢正しく正座で朝食をとりながらテレビを見る。

 ながらの食事は行儀が悪いと言われるが、これは藤巻の義父である水谷が夕食時に野球観戦をするので許していた。


「お兄ちゃん! キャシーちゃん始まった♪」


 藤巻の義妹である水谷霞がうれしそうにそう言った。

 藤巻は嬉しそうな妹の姿を見てほっとする。

 つい先日は大変な目に遭ったのだ。


「おにいちゃんとキャシーちゃんを見たりとか、すっかり元通りの朝だね。最近、おにいちゃん怪我してばっかりだし、この間はおにいちゃん、知らない女の匂いをさせて帰ってくるし……おにいちゃんモテモテだねぇ……あはははははは!!!」


 まだ終わってなかった。

 同級生が事件に巻き込まれたのだと何度も説明をしたのにまだ機嫌が直らない。

 しかも身の危険を感じるほどの恐ろしい圧力をかけてくる。


「えっと霞。あのな何度も言うけどな」


「うん? 何? 妹が夕飯作って待ってたのに夜中に帰ってきたこと? それともシャツについていたリップのこと?」


 それは事件のあとのことだった。

 事件が解決したあとすぐに藤巻は感極まったレイラに抱きつかれた。

 なぜかユーリが恐ろしいほどの圧力をかけてきたが鈍感な藤巻は気づかない。

 それがマズかったのだ。

 なぜそれだけのことなのに匂いがわかるのだろうか?

 藤巻は背筋が凍る思いであった。


「兄貴ぃ……」


 藤巻は兄の隆史に助けを求める。

 だが返ってきた答えは非情なものである。


「お前が悪い」


「お、オヤジ!」


 今度は父親に助けを求める。


「お前が悪い!!!」


 八方ふさがりである。

 仕方がない。

 謝り倒すしかないのだ。


「あの……霞さん?」


「うんなあに?」


「今度メシおごらせてください」


「ご飯だけかな?」


「なんでも買わせてください」


 金はある。

 使ってはいけなそうな、あやしい金だがこの際背に腹は代えられない。


「うーん……いいよ♪」


 鬼がおる。

 藤巻は泣きそうだった。

 男藤巻、妹には頭が上がらないのであった。



「後藤……すまん!」


 ライアンが頭を下げた。

 ガラスの向こうには後藤がいた。

 脊椎を骨折しているためベッドに縛り付けられていた。


「聞かせろ」


 目も合わせないで後藤がそう言った。


「え?」


「だから聞かせろ。あの後、何があった? 放火の犯人は誰だ? 教えてくれたら水に流してやる」


「ああ。それはな……」


 ライアンこと前田は全てを語り出した。


 みんなから逃げ出した前田は湯沢の実家に引きこもっていた。

 何もしない無為な日々。

 今更、仲間の元に帰ることもできなかった。

 完成したゲームはネットでは史上最悪のクソゲーとまで言われすでに伝説にまでなっていた。

 そしてある日、死亡記事あの記事が目に入った。



 ゲームメーカー火災。スタッフ全員死亡。放火か?



 前田はいても立ってもいられなくなった。

 気がついたら前田は新幹線に乗り埼玉を目指していた。

 大宮駅に到着した前田は京浜東北線のホームを目指した。

 そして東京方面行きの始発電車に乗り込む。

 前田の心臓が高鳴る。

 前田が行っても何もならない。

 それはわかっていた。

 だがそれでも前田は大人しく待っていることなどできなかった。

 そうだまずは警察に行こう。

 なにかわかるかもしれない。


 ホームへの階段を降りてちょうど止まっていた京浜東北線の車内で、前田が座席に座っていると千鳥足の男が歩いてくるのが見えた。

 それは背広姿の30代くらいの男だった。

 酔っ払いだろうか?

 それにしては妙にガソリン臭い。

 男は前田の前に来るとつり革を掴み、ぎょろりとした目で前田を睨む。


「お前……前田だな?」


「え?」


「ようやく見つけた! よくも……俺の作品を汚しやがって!」


 男が懐に手を突っ込んだのが見えた。

 そして男の懐から出てきたのは黒光りする金属の塊。

 それは拳銃だった。


「え?」


 そして男が引き金を引いた。

 そこで前田の記憶は途切れた。




「なるほどな……つまり何も知らないと……」


 後藤が言った。

 心なしか口調がイライラとしている。


「ああ」


「お前ホントに肝心なところで役に立たねえな!!!」


「返す言葉もない……」


「おい! おめえは情報ないのかよ!!! この世界から抜け出す方法とかさ!」


「それは……知ってる」


「……あっ?」


「今年の大晦日になんらかの原因でこの世界は滅亡する。それを回避すれば俺たちを縛る物はなくなり、俺たちは元の世界に戻ることができる……はずだ……」


「おいテメエ! それだよ! それ! その情報だよ!!! オイコラ!」


「ああ。すまない。後藤、頼みがある……」


「あんだよ?」


「シナリオライターを全員呼んでくれ。斉藤みかんもだ」


「あー、わかった。まずは酒井の兄ちゃんに話通してくれ。これでも拘束されてんのよ俺」


「ああ」


 明人が授業参観で悩む裏で事態は大きく動き出していた。

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