ガトリング砲
ぞわっと蔡の背筋に冷たいものが走った。
これはなんだ?
いや違う。
この感覚は本能から呼び起こされている。
俺はいつからこの感覚を忘れていたのだ?
それは恐怖だった。
「下がれ!!!」
明人の声を聞いた山田、みかん、それに田中が必死になって逃げる。
それを見た蔡は嫌な予感がした。
たかだか転生した悪役だ。
攻撃が通るとは思えない。
だが自分は、今、冷静ではない。
時間を稼ぐべきだ。
「お、おい。お前。俺を殺したら元の世界に戻……」
蔡の時間稼ぎに明人はニコッと笑った。
そして最後まで話を聞かずに問答無用で引き金を引く。
ドドドドでもズゴゴでもない。
とてつもない轟音と光、そして煙。
たった数秒で100万円もの弾丸が発射され、甲板に植えられた椰子の木が吹き飛ぶ。
「なんで! アキトの! 銃撃は! 俺へ! 飛んでくるんだああああああああッ!!!」
残されたライアンが必死になって逃げ惑う。
「伊集院んんッ!!! 殺す気か!!!」
山田が怒鳴る。
「やだなあ。ただで殺すわけがないじゃないか。塵も残すか!!!」
「そうじゃなくてライアン先生!!!」
「大丈夫。今まで一度も死ななかったから」
完全に話が通じない。
しかも酷い。
「あははははははははははは!!!」
明人の笑い声とともに薬莢が飛び散る。
すでにトリガーハッピーというレベルではない。
すでに数百万円分の弾薬が消費されていた。
そして突然、ガトリング砲が警報音を出しながら回転を止めた。
「っち! 熱くなりすぎたか!!!」
明人が毒づく。
火薬と粉塵の煙が晴れ、甲板が姿を現す。
甲板は無残な状態に変わっていた。
激しい銃撃であちこちが壊れ、火まで出ていた。
おそらく壊れた電気系統からの出火であろう。
突然、明人が駆けだした。
そして、ガトリング砲を振りかぶり大きく振った。
カーンという音が響いた。
下には布のついたクナイ、いわゆる鏢が落ちていた。
「出てこいよ。お仕置きはまだ終わってねえ」
「はははははは! 貴様のようなまがい物に負けられるかぁッ!」
きらりと光るものが闇の中から飛んできた。
明人は今度は打ち返さずに余裕を持ってかわす。
だが突然、空中で鏢の軌道が変化した。
明人は迎撃態勢に入る。
すると今度は鏢が消えた。
ドスッと棒で突かれたような衝撃が明人の肩に伝わった。
肩には鏢が刺さっていた。
明人が手を伸ばすと鏢がどこかに飛んでいく。
明人の肩から血がにじんだ。
「伊集院! 縄鏢だ!」
山田の声が聞こえた。
縄鏢とは縄のついた鏢である。
分銅と同じ使い方ができ、その軌道は変幻自在、間合いも広く殺傷力も高い強力な武器である。
闇から蔡が現れた。
明人に向かって飛び混み、空中で鏢を投げる。
鏢は放物線を描き明人へ向かう。
明人はバックステップでそれをかわす。
その瞬間だった。鏢が突然軌道を変化させ明人の太ももを切り裂いた。
蔡が体を捻り体に縄をまき付け、先端の鏢を操作したのだ。
上空に飛んでいく鏢。
明人は好機とばかりにガトリング砲を放り投げる。
そして背中に背負った散弾銃を引き抜く。
またもや鏢が軌道を変化させる。
「そう何度も喰らうかぁッ!」
明人は鏢へ銃撃する。
シベリアの水鳥よりは遅く、ヒグマほど力強くはない。
恐れるほどのものではない。
冷静に撃ち落とせばいいだけだ。
蔡は薄笑いを浮かべながら鏢を変化させる。
明人はそんな蔡に銃撃をする。
散弾銃の光。
だが、蔡はすでに闇に溶け込んでいた。
そしてからんっと鏢だけが落下する音が聞こえた。
アキトは鏢を確保するために間合いを詰める。
「伊集院! 罠だ!!!」
山田の叫び声が聞こえた。
突如、闇の中から蔡が現れ鏢を蹴った。
鏢は明人の胸へ真っ直ぐ飛んでいった。
鏢が明人の腕へ刺さる。
ブロッキングしたのだ。
明人は鏢が刺さったままの腕で散弾銃を操作する。
やはり散弾銃が発射されるよりも早く、蔡は闇に消える。
明人は散弾銃を捨てる。
狩猟用の装弾数が少ないものだったのだ。
明人は背中からマシェットを引き抜く。
「そこだ!」
明人が闇に飛び混む。
鏢が飛んでくる。
明人はマシェットを振り下ろし、それを叩き落とす。
「おらあああああああッ!」
明人は力任せに横なぎした。
ガツリと何かに当る。
「っふ。次は剣か……やってみやがれこのチンピラが!!!」
蔡は手に持った柳葉刀、日本では青竜刀と呼ばれる剣で明人のマシェットをガードしていた。
蔡は空いた方の手で明人を突き飛ばす。
バランスを崩す明人。
それを見て蔡はにやりと笑い、明人の体を斬りつける。
明人は倒れながら手を挙げた。
それは信頼する仲間への合図。
トスッという音がした。
突然動きを止めた蔡が自分の肩を見る。
蔡の肩に矢が刺さっていた。
「ぐ、ぐあああああああッ!」
久しく忘れていた、身をよじるほどの痛み。
生身の体が危険を脳に伝える。
「ざ、ざまあ」
受け身もとらずに倒れた明人は苦しそうに空気をはき出しながら、絞り出すように言った。
「アキト君!」
飯塚だ。
明人が囮となって敵の隙を作る。
それが今回の作戦だった。
明人の想定より少しダメージは大きいものになってしまっていたが。
「飯塚くん。ぐっじょぶ……」
明人はそうつぶやいて起き上がる。
起き上がった明人はマシェットを上段に構えた。
「お前を潰せば俺の目標は達成される」
明人の非情な物言いに蔡はうすら笑みを浮かべ言った。
「元の世界に帰らないのか?」
「俺は元の世界じゃ生きながら死んでたようなもんだ。未練なんてない。俺は伊集院明人として生きていく……仲間たちとな」
「そうか。じゃあ殺せよ……だが……俺を殺しても何も解決しない。大宮の火事を止めない限りはな!!!」
明人はため息をついた。
明人はあれだけムチャクチャなことをやってきたが、殺人を犯したことはない。
だが、覚悟を決めねばならない。
何も考えるな。
この剣を振り下ろせばすべて終わるはずだ。
明人は息を吸う。
そして一気にマシェットを振り下ろした。
やめて……!!! 人を殺しちゃダメ!!!
どこかで三島の声が聞こえた。
それは遠くであり近くでもあるような声。
まるで頭の中から響いているかのようだった。
次の瞬間、蔡に振り下ろした剣が砕ける。
「う、うははははは! そうか! 女神の介入か! まだ俺は天に見放されていなかったか!!!」
そう叫ぶと蔡が呆然とする明人へ斬りかかった。
明人の腹が切り裂かれた。
「アキト君!!!」
飯塚の声が響く。
明人が倒れる。
だが明人はまたもや手をあげた。
そうもう一人の相棒へ突撃の合図を出したのだ。
暗闇から前の見えないロケットカウル、まさに無駄なアップハンドル、そして三段シート、いわゆるヤンキー仕様のバイクが飛び出す。
藤巻だ。
何か不測の事態があったときのために待機していたのだ。
極限まで高まった集中力により藤巻の時が止まる。
腹から血を吹き出す明人が見えた。
すぐに病院へ連れて行かなければ。
それにしてもおかしい。
なぜ花梨の声が聞こえたのだろう?
花梨は何かを知っているのだろうか?
藤巻は思考の片隅で真相の一つに辿り着いていた。
蔡にバイクで突撃する藤巻。
だが、かわされるのはわかっていた。
蔡はすでに鏢を構えていたのだ。
だから藤巻はわざとバイクを傾ける。
そして極限まで傾いたバイクから一気に飛び降りた。
時が元の流れに戻る。
傾いたバイクは倒れ、蔡にむかって滑っていく。
さすがの蔡もかわすこともできず。
バイクに吹き飛ばされる。
「飯塚ぁッ!!!」
藤巻が怒鳴った。
飯塚はすでに鏑矢を放っていた。
鏑矢は蔡を吹き飛ばしたバイクに当たりそして爆発する。
爆発そして炎上。
バイクは激しく炎を上げていた。
「飯塚……なんで爆発の方を使ったんだよ?」
藤巻が絞り出すように言った。
「え? 違うの……?」
飯塚が冷や汗をダラダラ流す。
やってしまった……
むしろ殺ってしまった。
今になって焦る飯塚だった。
そして次の瞬間、闇からの声が聞こえた・
「どうやらこの船は沈むようだな……はやく逃げるぞ」
ロシア大統領が闇から現れた。
「レイラ」
「あうあうああうあ、はい大統領閣下!!!」
レイラが直立不動で敬礼をする。
流石に大統領出現は驚きを隠せない。
レイラはまだユーリの本性を知らないのだ。
「よくやった。これで『国際誘拐組織を日米露の特殊チームで解決』という名目が立った。これは我が国の国益にもなるだろう」
適当なことを並べた嘘が炸裂する。
だがレイラは頭から信じている。
「さて帰るぞ。勇者たちよ」
ユーリ撤収を急がせる。
レイラの前で嘘がばれるのを防ぐためだ。
こうして大統領に全て持って行かれた形で誘拐事件は解決した。
怪我をした蔡も蔡の死体も見つからず、また三島花梨に関する大きな謎を残したまま。




