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三島花梨

「いよう伊集院」


 わざとエンジン音をうるさくするマフラー。

 バッテリーに負荷をかける以外の意味がない電飾。

 スポーツタイプのバイクなのに空気抵抗を無駄に増やすアップハンドル。

 前が見えないほど湾曲したチョンマゲのようなロケットカウル。

 もはや何を目指しているかすらわからない三段シート。

 お前ら全員埼玉県民やろがとツッコミを入れたくなる「湘南☆特攻隊」と書かれたステッカー。

 普通の美的センスを持つものにとっては理解できない紫色。

 それはいわゆる族車だった。


「ふ、藤巻さん?(チラッ)」


 二人とも藤巻が無事だったのは嬉しいが、バイクが気になって仕方がない。

 ツッコミ待ちにしか思えないのだ。


「明人、援軍もいるぜ」


 藤巻の後ろからバイクが現れる。

 真っ赤なボディに藤巻のと同じ意味のない改造。

 全く意味のない角。

 『○ャー専用』のステッカー。

 ユーリである。


「ふふふ。エージェント明人。久しぶりだな」


 とうとう来やがった!

 明人は思った。

 明人の知られたくない秘密を知っている厄介な人間が現れたのだ。


「お母様は元気かね」


 その話題を振るんじゃねえ。

 明人のフラストレーションが無尽蔵に貯まっていく。


「お母様? 師匠、明人のお母さんのこと知ってるんですか?」


 明人がとてつもない勢いで藤巻の話を中断する。


「あー! あー! あー! 藤巻さん!!! さっさと中に入るぞ!!!」


「いやね。スヴェトラーナ伊集院はだな……」


 涙目の明人がユーリへガトリングガンを向ける。


「OK。わかった。やめよう。ところでだ……どうやら中に拉致被害者がいるらしい」


 ぴくっと明人のこめかみが動いた。


「それは本当ですか?」


「ジェーン()からの情報だ」


 『様』?

 一国の首脳にジェーンは何をやったのだ?

 明人は思った。

 だが今はその話題の優先度は低い。

 そうだ。ようやく事件が解決する。


 伊集院明人としての自身の破滅などもはやどうでもいい。

 その辺りのことはパキスタンの国境破りであきらめた。

 だが、今の伊集院明人には守るものがある。

 ヒロインである三島、山田、斉藤、もちろんジェーンたちも守らなければならない。

 この世界はゲームではない。

 それがこの数年で明人が出した答えだ。

 例え同じシナリオをたどるとしてもだ。

 現実として存在する以上、このふざけた運命など許してはおけない。

 絶対にぶち壊してやるのだ。


 また、それは正義感だけではなかった。

 利己的な理由も存在した。

 ゲームを超えることで己という存在、つまり伊集院明人になった人物X。

 人物Xである伊集院明人という奇妙な存在がゲームのキャラではないことを証明することでもある。

 もし、この伊集院明人がゲームのキャラであれば、伊集院明人になった自分もゲームのキャラであるということを否定はできない。

 ただ人間だと思い込んでいるだけかもしれないのだ。

 ヒロインを救い、彼女らのハッピーエンドを迎えることで己がデータではなく、生きているということをその主観の中で納得することができるのだ。

 明人にはそれだけで満足なのだ。


 明人たちは悠然と歩く。

 船の前で警備をしていた神奈川・埼玉県警の警察官はガトリングを持った異様な姿の明人に道を譲る。

 飯塚が申し訳なさそうに「内調です」と、ぺこぺこと頭を下げる。

 ガトリングガンを持った金髪坊主頭の学生、アザだらけの顔だが獣のような目をした少年、そして東の大国の大統領。

 説得力は皆無だった。

 だがその異様な迫力に場は飲み込まれる。

 まるでモーゼの十戒のように警官の海が割れた。


「行くぜ」


 そう言うと藤巻がにやりと笑った。



 旧藤巻板金。

 明人のアジト。


 ジェーンはその時一人で作業をしていた。

 藤巻はユーリが救助したという連絡を受けた。

 船の情報は警察から行くだろう。

 あとは明人たちがどうにかしてくれるはずだ。

 ハッキングの必要もない。

 なんで自分はこういうときは無力なのだろう。

 ジェーンも明人たちと戦いたいのだ。


 ジェーンがそわそわしているとメッセージの通知音が鳴り響いた。

 メッセージの主は三島花梨と表示されている。

 内容はビデオチャットの案内だった。


 ……おかしい。

 三島は決してナードのタイプではない。

 彼女に使えるのはスマートホンの無料通話アプリがせいぜいだろう。

 ジェーンの背筋に冷たいものが走った。

 三島はメッセージのリンクを踏む。

 しばらくして三島の顔が写った。


「ジェーン。久しぶり!」


 楽しそうな声だ。

 だがジェーンは疑っている。

 久しぶり?

 数時間前に会ったはずだ。


「あんた誰?」


 ジェーンは自分でも驚くほど冷淡な声を出していた。

 それに対して三島は「ふふふ」と笑う。

 妙に色っぽい。

 ジェーンの知っている三島では絶対に作れない表情だ。

 三島はジェーンの質問に答えない。

 その代わり妙な事を口走ったのだ。


「あのさジェーン。明人の事好き?」


「うあ、あああああ! にゃ、にゃにお!!!」


 自分で『嫁』というのはいいが、人に言われると恥ずかしい。


「すっごくいい男だよね? あの冷酷なところとか。冷たいところとか。愛してくれないところとか!!!」


 それは誰の話だ?

 ジェーンは思った。

 明人は決して冷酷ではない。

 どちらかというと甘い男だ。

 ジェーンみたいな変人でも、バカにしないで付き合ってくれている。

 男友達にも非情に義理堅い。

 口が重いが義理堅く、甘い。

 それがジェーンの知っている明人だ。


「あんた……誰?」


 もう一度問い直す。


「それは重要じゃない。重要なのはさ。もし明人の外見が違っていたらジェーンは見つけられる?」


 意味がわからない。

 この三島は何が言いたいのだろう?


「私は見つけられる!!! どこにいようともね!!! そう! あんな偽物認めない!!!」


「なんなのあんた! さっきから三島のふりして!!! 何が目的なの?」


「三島のふり? 向こうが偽物なんだよ!!! クソが、良い子ちゃんぶりやがって!」


「偽物の伊集院明人に伝えておけ! 火事ではまだ誰も死んでいない。お前の世界ではな!!! だが助けるにはお前の命が必要だ!!!」


 そう三島が吐き捨てると回線が一方的に切断された。

 クソッ!

 IPからアクセスした住所を三角測量で割り出してやる!!!

 ジェーンは分析に入った。



 船内。

 警察が客船内の乗客を救助させていく。

 ライアンがシージャックという目立つ行動をしてくれたおかげで乗客の救出は容易だった。

 なにせ探す必要がない。

 全ての乗客が入り口に集まってくれていたのだ。


 その中で田中とレイラは拉致被害者の捜索をする。

 田中の情報で全ての事件の元凶がこの船にあると知り、しかもそれが伊集院明人関連の事件だと知ったレイラも捜索に加わったのだ。

 無視することもできたのだが、なんだかんだ言ってもレイラはお人好しなのである。


「レイラさん。犯人は船の中にいる。確実な証拠である拉致された少女がここにいる。その場合、犯人はどうすると思います?」


「簡単だ。少女を人質に取って逃げる」


「つまり人質は?」


「甲板だろう。人質をアピールせねばならんからな」


 二人は相手が何者か知らなかった。

 そこには牙をむいた猛獣がいるというのに。



「山田。『姫』ってのはなにもんだ?」


「うん先生。こことは違う世界を見ることができる巫女です」


「つまり明人の世界か?」


「わかりません。ヴィジョンは平行世界の記録にアクセスするもののようですが……そこは教えてくれないんです」


 山田は嘘は言っていない。

 平行世界が一つだけではないなど考えもしなかったのだ。


「赤坂でお前は自分が死ぬ未来を見たんだってな?」


「はい」


「そうか。お前が死ぬって事は旧制作陣のシナリオか……」


「旧制作陣?」


「ああ。未来はおおむね二つに別れるんだ。簡単に言うと飯塚が暴れる冒険ものと飯塚が活躍する推理ものだ」


「やはりこの世界は誰かの妄想の産物なんですね……」


 山田くらい単純な思考の人間でも少しショックである。

 だが、それに対するライアンの答えは山田の予想外のものだった。


「いんやー。違うんじゃね?」


「え?」


「だってさ、すでに明人が暴れたせいでシナリオが狂ったんだろ?」


「そうですね……」


「つまりこの世界は改変可能だ。……さてと。俺たちも仕事すんぞ! 俺は攻撃できねえ。アタッカーはお前だ」


「はい!!!」


 山田が勢いよく返事をした。

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