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しーわんこ

 客船内。


「おっと うごいたら ぜんいん ころすぞ(棒読み)」


 山田がライアンから渡された原稿を読む。

 原稿自体は日本語なのだが字が汚すぎて可読性が低い。

 そのため完全に棒読みになっていた。


「われわれ しーわんこは? えっとこれ漢字が適当すぎて読めない! え? ようすこう? うんわかった。 ようすこう川ブタ……うん? え? イルカ? 川イルカの保護をこの船にいるクイーンテック会長に要求する!」


 ちゃんと読めた!

 ライアンはガッツポーズをする。

 これで事後処理の際に環境保護団体に濡れ衣を着せれば全て丸く収まるはずだ。

 ふふふんと笑うライアン。

 そしてその笑いが突如凶暴なものへと変わった。


「来たぞ」


 山田も殺気を感じ取り、ゆらりと振り向いた。

 そこには腹ぺこわんこはいなかった。


 圧倒的な殺気を放ちながらやってきたのはクイーンテック会長である蔡済民(さい・じみん)


「ライアンか……やはり伊集院明人の前に貴様を始末せねばならんようだな」


「てめえらにやれんのか? 眠ってるお姫様はそれを望んでねえのによ」


 ライアンはまるで挑発するかのように言った。

 いやそれは明らかに挑発だった。


「予定外だが仕方がない。臓物ぶちまけて死ね」


 そう言うと蔡は構えた。



 東京都北区某所。

 明人に粛正されたあげくにバイクを破壊。

 その弁償としてハーレーを貰った真鍋幸三こと通称ダブルD。

 彼はようやく大型免許の取得に成功し、初めてハーレーに乗ってみたところだった。

 燃費よりも外見、乗り心地重視のハーレーをようやくものにした彼は一人コンビニで乾杯していた。

 飲酒運転など気にしない。

 絶対に気にしない。

 せっかくのめでたい日なのだ。


 だが人生はそんなに甘いものではなかった。


 前から外国人の男がやってくる。

 カタギではない。

 瞬時に真鍋はそう思った。

 新聞やテレビのニュースなど一切見ない真鍋にはやってくる男がロシア大統領だとはわからなかった。

 だがその恐ろしさだけはヤンキー特有の動物的な勘でよくわかった。

 恐ろしい! あれはなんだ? 本当に人間なのか?

 男は真鍋に向かいゆっくりと歩いてくる。

 真鍋の膝ががくがくと小刻みに震える。

 そして真鍋の手の届く範囲まで悠然と近づいてきた男は真鍋に話しかけてきた。

 それは流ちょうな日本語だった。

 もしかすると真鍋に気を遣っているのかもしれない。

 いやそれだけはない。

 顔はニコリともしない全くの無表情だったからだ。


「そのバイクを貸して欲しい」


 ふざけた要求だった。

 普通だったら断っただろう。

 だがどうしても断ることはできない。

 恐ろしいのだ。どうしようもないほどに。

 目の前の外国人の男が恐ろしいのだ。


「は、はいぃぃッ!」


 真鍋はバイクから降り、ハンドルを渡す。

 真鍋の動物の勘は目の前の男が自分より上位の生き物だと察したのだ。


「スパシーバ」


 男は懐からレイバンのサングラスを出すと悠然と走り去った。

 真鍋は男が見えなくなったことを確認すると、


「ボクのハーレえええええええぇぇぇッ!」


 号泣した。



 藤巻はどこか狭いところに押し込められていた。

 ロープで縛られたうえに手錠がかけられているため体の自由はきかない。

 目隠しもされている。

 どうにかして手錠を外さなければならない。

 藤巻は必死になって身をよじる。

 いくらかは体を動かせることはわかった。

 だがこの狭い空間だけはどうにもならなかった。

 クソッ!

 

 藤巻はイラついた。

 せっかく伊集院に並ぶことができたと思ったのになんだこの様は!

 アホか俺は! なにを思い違いをしていた!

 いつもそうだ。

 自分を過大評価し、そして壁にぶち当たる。

 なんて愚かなのだ!

 藤巻は何度も自分を責めた。


 だが、藤巻は決して運が悪いとは口にしなかった。

 レイラや明香里を責めることもしなかった。

 藤巻は知っていたのだ。

 己の運の悪さを嘆くことが一番自分のためにならないということを。

 不運のせいにするのではなく、真摯に反省できるものだけが成長できる。

 モトクロスを手放した時にそのことに気づいていたのだ。


 そして藤巻に運命の出会いが訪れる。



 蔡の弟子である陸はトランクに押し込めた藤巻を運んでいた。

 本来の目的は長岡明香里の抹殺。

 それも伊集院明人の目の前で殺しそのあと伊集院明人をコンクリで固めて海に投棄する予定だった。

 いくら不死身でも海の底からは戻ってこれまい。

 というのが蔡先生の主張だ。


 人質は変わってしまったが仕方がない。

 伊集院明人を殺しさえすればいい。

 そうすれば伝説の黄帝の力を得た我々漢民族が世界を征服できるのだ。

 意味不明な命令だが、今まで蔡先生が間違ったことを言ったことはない。

 きっと過去も未来も見通せるに違いない。

 すでに自分で考えることを放棄した陸が上機嫌で自動車を走らせる。

 

 そんな陸の耳にバイクの音が聞こえてきた。

 ミラーで見るとハーレーに乗ったサングラスをかけたスーツ姿の男が猛スピードで陸の運転する自動車を追い上げていた。

 車の間を縫い、それでいてスピードを落とさずにだ。

 不気味なものを感じた陸はスピードを上げ、先を走る自動車の間を無理矢理すり抜ける。

 陸は自動車に掠りながらも追跡車から逃げる。

 神奈川まで逃げさえすればあとは警察がなんとかしてくれる。

 そのはずだった。


 だが、ハーレーはまるで物理法則を無視したかのような滑らかな動きでどんどん近づいてくる。

 なんだあの男は!

 すでにアクセルはベタ踏みだった。

 クソッ!

 拳銃を撃つしかない!


 陸は拳銃を抜く。

 適当に撃てば怯むはずだ。


 陸が拳銃を外に向けようとしたその時見えたもの。

 それはいつの間に横に貼り付いていたハーレー。

 そしてマカロフを向ける男の姿だった。

 男は機械のごとく正確な動きで引き金を引いた。

 割れるガラス。

 陸の顔を掠める銃弾。

 陸は襲撃者を潰そうとハンドルを切る。


 その瞬間、陸は信じられないものを見た。


 ウイリーするハーレー。

 数百キロの巨体がウイリーしていた。

 そして前輪が完全に上を向いている。

 そして男はそのまま後ろへ宙返りしたのだ。


 バイクを押しつぶす自動車。

 だがそこには男はいない。

 男はとても数百キロのバイクから飛び降りたように見えないほど華麗に着地した。

 

 陸はあまりにも驚きすぎて、男を目で追っていた。

 そしてハンドル操作を誤り、自動車はガードレールへ激突。

 そのまま横転した。



 突然、箱が大きく揺れた。

 何度もバウンドし藤巻も叩きつけられる。

 体の芯に残る衝撃だ。

 だが我慢する。

 これはチャンスかもしれない。


 突如、箱が空いた。

 目隠しされた布から光が漏れてきた。


「ふむ。レイラのヤワラスティックに仕込んだGPSをたどってみたら、少年が釣れたと。いったい君は何者かね?」


 とりあえず、サングラスの男ユーリは藤巻のロープをナイフで切る。


「あ、アンタなにもんだ?」


 だがユーリは何も答えない。

 見たものを発狂させるような恐ろしい目つきでしげしげと藤巻を眺めていた。

 目の前の少年をどこかで見たことがある。

 あれはどこだったか……そうか!


「……君はサラマンダー藤巻だね?」


「ああ。そうだ」


「ふむ。銀髪の少女に会ったかね?」


「……アンタ誰だ?」


 藤巻がそう訊ねた。

 顔にこそ出さないがユーリはそれに驚く。

 ほう。俺の圧力に屈しないとは……なるほどいい目をしている。

 ユーリは無表情のまま心の中でだけニヤリと笑った。


「ふむ。銀髪の少女……レイラの保護者だ」


 間違いではない。

 ユーリに取っては娘より可愛い愛弟子だ。

 藤巻は真っ直ぐに目を見る。

 そして少し考え、頷いた。


「ああ。誰かに追われていた。だが安心しろ。明人が逃がしたと思う」


 伊集院明人へ接触したか。

 ユーリは納得した。


「なるほど。代わりに君が拉致された訳か。それはすまなかった」


 ユーリは相変わらずニコリともしない。

 だがユーリは上機嫌だった。

 レイラが伊集院明人に保護されて無事である事がわかったのだ。

 しかも素晴らしい出会いがあった。

 この若さでユーリの威圧を跳ね返す男がいたのだ。

 いい目をしている。

 まるで自分の若い(ロリコンだった)頃に似ている。


 二人のド変態が出会った。

 そしてサラマンダーは次なるステップを踏み出したのであった。

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