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レイラ2

 明人の携帯がブルッと震えた。

 続いてMP3フォーマットで圧縮された着信メロディーがハードウェアの限界を試すかのような大音量で流れた。

 それは20年ほど前、かつて放送されていた子ども向け番組内で流されていた童謡。

 『おっぱい』と『いっぱい』を連呼する名曲であり、カラオケで歌うと確実に顰蹙を買うであろう最強の電波ソングだった。

 それがマナーモードにしてあるはずの明人の携帯から容赦なく流れる。

 明人が震える手で携帯を取り出すと、液晶画面には『電子の妖精』の文字。


 また握りつぶしてはいけない。

 後藤の事件で壊したばかりだ。

 明人は精一杯理性をかき集め、手を震わせながら電話に出る。

 内藤の非難するかのような視線が痛い。


「ハーイ! アキト」


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 怒りのあまり言葉にすらならない。

 さすがに悪党以外には温厚な明人もキレるしかなかった。

 もちろん全てが電子の妖精ジェーンのイタズラなのは明白である。


「うーんとね。北浦和で十人のヒロインの一人が襲われてるみたい。でもおかしいのよね。明人の捜査ファイルだと響子と同じ頃に出るはずなんだよね。まだ二ヶ月も先なのに」


 明人は驚きながらも、同時に納得した。

 やはりジェーンは知っていたのだ。

 妹もの……ロリ系のエロゲのダウンロードコードを作ったばかりの教えてもいないメールアドレスに送りつけてくるヤツだ。

 PCの中身を漁らないはずがない。

 たとえそれがAESの256ビットで暗号化されていたとしてもだ。


「北浦和だな?」


「あいよー。地図を携帯に送ったよー」


「それと……いつもすまない。飯塚が帰ってきたらみんなにちゃんと説明する」


「あいよ♪」


 携帯電話を切ると、藤巻が仲間になりたそうな顔で明人を見ていた。

 そして視線を内藤に向けるとこちらは笑顔だった。ただし、こめかみに血管が浮いてはいたが。


「えっと……内藤……先生?」


 ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ。


「え、えっと……」


 ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ。


「あ、うううう……藤巻さん行くぞ! うわああああん!」


「クッソ、てめえら覚えてろ。このままだったら夏休みはねえからな!!!」


 激怒する内藤を置き去りにして明人たちは逃げ出した。

 内藤の怒鳴り声を背中で受けながら。

 二人は振り返らない。

 たとえ夏休みが全て補習になろうとも。

 たとえそこに留年という絶望の明日があっても。

 でも涙だけは流すのを許して欲しい。

 明人はそう思った。



 世界最大の豪華客船『酒鋼号』。

 全長400メートル。全幅50メートル。

 最大乗船客数8,000人。スタッフ2,000人。

 パナマ運河を通航することができないほどの超巨大客船である。

 船内にはショッピングセンターや屋内遊園地、スポーツクラブやプール、ボルタリング場などのスポーツ施設まで完備されており、旅行中は船の中だけで全てが完結される作りになっている。

 一泊のお値段は20万円より。

 所有者は台湾に拠点を置く超巨大企業グループ『クイーンテック』。

 表向きは台湾企業だが、中国の中央政治家たちにも深く食い込んでいると言われている。

 その豪華客船が日本に寄港していた。

 場所は……海のない埼玉であるはずもなく、ごく普通に横浜港であった。


 各国の富裕層が行き交う中、そこに場違いな制服姿の少女がいた。

 山田浅右衛門響子。

 一見すると透明でさわったら壊れてしまいそうなほどの儚く真面目そうな文学少女。

 いつもなら常に腰のベルトから下げている刀はない。

 その代わりに懐に小太刀、脇腹には組み立て式の手槍のパーツを隠し持っていた。

 一皮剥けば公安所属の暗殺者集団である山田一門の当主。

 その本性は失われた子ども時代を恐ろしい速さで取り戻そうとする腹ぺこわんこ。

 精神年齢小学生。

 性知識ゼロ。前回の事件後にうれしさのあまり明人にキスしてしまった。

 思い出すと少し恥ずかしくなるが、山田本人が本質を理解してないため特に気にはしていない。

 今一番関心がある事はジェーンに借りた漫画の続きと明人たちと約束した合宿の計画。


 現在の任務は埼玉少女連続拉致事件の捜査。

 公安はこの船の中にまだ救出されていない被害者が運び込まれたという情報を掴んでいた。

 そこで事実上、伊集院明人担当である田中家と山田一門との合同で潜入することになったのだ。

 田中家はエージェント数人を派遣し、山田一門は当主自らが派遣されるに至った。

 士族出身の田中家と由緒正しい浪人集団である山田一門。

 数百年にも及ぶ格差は現在もなお続いていたのである。

 もちろん山田一門のモチベーションは最低レベルまで落ち込んでいた。

 当主である山田ですらもだ。


 なぜ客船には駄菓子屋がないのだろう?

 山田は思った。

 警察犬すら持ち込めない状態で何ができるのだろう?

 ばかばかしい。

 面倒くさいからサボろう。

 ところが船内はどこに行っても横文字ばかり。

 ジェーンに連れて行って貰ったゲームセンターすらない。

 レストランや喫茶店も舌を噛みそうな名前の食べ物しかないではないか。

 たかがコーヒーの注文にフラ何とかがトールなんたら。意味がわからない。

 これだったら名誉委員長の権限を使って伊集院の補習に付き合えばよかった。

 そして学校帰りに『つるや』でお菓子を買って貰うのだ。

 船内のショッピングセンターをとぼとぼと歩く山田。

 もう船内を何周もしている。

 だんだん船内の構造がわかってきた。

 ある事に気づいた山田は首をかしげる。

 船内図と設計図、それに徒歩での距離が合わない。

 何かがおかしい。

 そこまで考えると山田の携帯が震えた。

 発信者は『姫』。

 山田の数少ない同世代の知り合いだった。

 姫神琴乃(ひめがみことの)

 いわゆる予知能力者。

 そして山田のビジョンの師匠でもある。

 10人のヒロインの一人で飯塚の前に最後に現れる少女である。


「どうした? 姫神?」


 山田はのんきな声で聞いた。

 それに対して姫神の声は切羽詰まったものだった。


「逃げて響子! その船にシナリオライター……違う! もっと邪悪な……」


「なにを……」


 そこまで言ったところで山田のうなじがぞわぞわとし、毛が逆立った。

 目の前から男がやって来るのが見えた。

 男の顔には覚えがあった。

 蔡済民(サイ・ジミン)

 クイーンテック会長にして船のオーナーである。

 蔡は山田を見るとつまらなさそうな顔をし、流ちょうないやまるでネイティブのような日本語でつぶやいた。


「山田浅右衛門か……つまらん……」


 山田は冷静を装いつつも腹の中が煮えくりかえっていた。

 蔡のまるでゴミを見るかのような目。

 なぜか山田を襲う本能的な恐怖。

 全てが気にくわなかった。


「なんだその目は……?」


「お前は……なんだ?」


「……言うなればこの世界の『神』だな」


「ふざけているのか!」


「ふざけ……俺の創造物のわりに面倒くさい女だな……うむ。俺を殺してみろ」


「おい何を!」


「いいから殺してみろ。じゃないとお前の目の前で姫神を八つ裂きにする」


 姫神の名前を出された瞬間、山田は懐に隠し持った小太刀を抜いた。

 知覚できないほどのスピードで間合いを詰め打突する。

 護身用の大量生産品、ダマスカス剣の製法を模倣した霞打ち模様が浮かんだ刃が蔡に迫り、心の臓を一突きにしようとした。

 その時、あり得ないことが起きた。

 刀身が破裂し、回収不能なほど細かくなった欠片が舞った。


「な? 我らには傷一付けることはできない」


「お前らは……」


「伊集院明人に伝えろ。『早く殺しに来い。楽しみにしているぞ』とな」


 そして呆然とする山田に目もくれず、隙だらけの背中を晒し、蔡はその場を後にした。



 少女が二人、トイレの個室に入っていた。

 一人が己の髪を掴むとずるりと黒髪を外した。

 黒髪のウィッグの下から銀髪が現れた。

 それを見て茶色い髪をセミロングにし、眼鏡をかけた少女がその美貌に嘆息した。


「なんでカツラなんて……あのね。私、長岡明香里(ながおかあかり)。二年で新聞部」


「転校生のレイラだ。これは……ハーフはこの国では色々面倒くさいのだ」


 ターニャからの情報を鵜呑みにしたレイラが適当なことを言った。

 あながち間違ってはいない。

 レイラはウィッグをしまい、バッグからメイク道具を出す。


「元の顔と印象を変える。わかるな」


 こくんと明香里は頷いた。

 数分後。

 銀髪のロシア系の少女とアイシャドウをがっちりと引いたゴシック系の少女がトイレを出た。

 ロシア系の少女に手を引かれたゴシック系の少女が慌てて眼鏡をかけ、トイレの洗面台の鏡を見て驚く。


「え? これ私! 凄い! レイラちゃん。私凄い!」


「眼鏡をかけるな! 正体ががバレる」


 かなり間延びした印象の明香里に振り回されるレイラだった。



 合同庁舎近くの個人経営のカフェにて明人たちを待つ二人。

 店の前は国道であり、人通りは多い。

 いきなり襲ってくることはないだろう。

 近くに狙撃できそうな場所もない。

 とりあえずコーヒーに飽きたレイラは紅茶を注文し、明香里はコーラを注文した。

 共通点のない二人は自然と『なぜ襲われた』かの話題になった。

 もちろんレイラは明香里がなぜ襲われたかを自覚しているはずがないと理解していた。


「え、変わったこと……? 美術部の取材で行った美術館で、石膏像の運搬やってる業者さんを見たくらいかな……? 凄くいっぱいあったの! そうそうその業者さん次の日に学校にもね、石膏像をたくさん運んでたんだ。あ、これその時の写真」


 そう言って明香里がデジカメをレイラに渡した。


「!!!」


 レイラは内心動揺しながら写真を見た。

 写真に写るのはたくさんの石膏像を運ぶ業者の姿。

 大量の石膏像。


 麻薬の運搬によく使われる手である。

 つまり長岡明香里は見てはならないものを見てしまったのだ。

ようやく咳が止まりました。

通常更新に戻ります。

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