クレムリン
※ギャグ回につき注意
「首都圏同時多発テロでアメリカ大使の記者会見が今夜7時に行われます。そこで最新情報を……さいたまの宮崎さん!」
「はい。今、私は埼玉県さいたま市、さいたま新都心駅の近く、スカイツリーのライバルと言われているさいたまタワー前にやってきました。さいたまタワーは昨夜の爆発で展望ルームが全破損。幸いなことにタワーの営業時間外だったため、犠牲者は全て埼玉県警の警察官で重軽傷者併せて十名ほどと、つい先ほどの埼玉県警の記者会見で発表されました……」
テレビでは数日前の明人たちの活躍は謎のテロ事件として報道されていた。
リポーターが被害がいかに酷いかを解説し、スタジオのコメンテーターが的外れな解説を繰り返していた。
「赤坂の新藤さん!」
「はい。こちらは赤坂のアメリカ大使館前です。テロリストの奪ったヘリが大使館に墜落。奇跡的に大使館の職員には被害者はなかった模様です。しかしながら警視庁の警官に重軽傷者多数。これも奇跡的に死者は発生していないそうです。また同時に青山公園の近く、赤坂プレスセンターで爆発事故があったとの情報が……」
ここ数日、テレビはこの話題で持ちきりだった。
そしてもう一つ話題になったニュースがある。
「アメリカ大統領銃撃事件」である。
ただし、その内容は大統領が暗殺者を素手で倒す映像に集約されていた。
暗殺者の背景や思想などは全く報道されない。
圧倒的なまでの大統領の濃いキャラの前では、そんな事はどうでもいい情報だったのだ。
そして事件後に社会に大きな変化があった。
「プレジデントォッッッッッッッ!」
それはアメリカのプロレス団体だった。
事件の次の日にはかつての人気プロレスラーがダンそっくりなコスプレをして、ダンの技である「大統領スラム」を武器にリングの上で暴れ回っていた。
彼はリングネームも改名しかつての人気を取り戻していた。
映画界では有名プロデューサーが大統領の映像化権の取得を打診しているありさまだった。
「流行ってしまった……」
ダンが頭を抱える。
まだ正式に大統領に任命されていないにもかかわらず、ダンの支持率はあり得ない程の高い数字を示していた。
それもこれも同盟国の合衆国施設への連続テロへの不安と、それをハリウッド映画さながらに物理攻撃で撃退した、男らしい次期大統領のキャラが評価されてのことである。
そこにさらに人気プロレス団体が事件の日の夜に堂々とマネしたのである。
その結果がダンのブームである。
「パパ。アキトをいじめた連中をぶっ殺しに行くんだからそのくらい我慢しなさい!」
「あのね。ジェーンちゃん……妙に迫力があるんですけど……パパすっげ心配って言うか」
「何が?」
にこにこにこにこにこ。
「い、いえナンでもナイです……」
最強の腕力系大統領も娘には弱いのだ。
そんな彼らは今、モスクワ市のクレムリンにいた。
ロシア大統領ユーリ・ゲルギエフとの会談のためだ。
ユーリ・ゲルギエフ。
最強のマッチョ系大統領。
元KGB工作員にしてロシアの魔王の異名を持つ漢。
冬のシベリアで上半身裸で虎を狩り、五度に及ぶ暗殺未遂も拳一つで乗り切る世界最強の政治家。
その目つきの悪さは○リキャス仮面と並ぶ。
病気でリタイヤしたアメリカ大統領がビビって逃げ回ったとも言われている。
その彼との会談にダンは臨んでいたのだ。
そんなある意味戦争が行われている場所にジェーンはCIA工作員兼大統領の娘としてついてきたのだ。
ピリピリとする部屋でジェーンは観葉植物を見る。
一見すると何も不自然なところはない。
だがジェーンはにやりと笑い、観葉植物に手を振った。
◇アメリカ大統領代行の監視ルーム
「室長! 我が国の最新式監視カメラが見破られました!」
「な、なにい! なぜだ! 観葉植物の内部に収まるサイズだぞ! 気がつくはずが……」
「で、ですが!」
監視カメラに写っていたもの。
それは「監視乙!」と書いたプラカードを胸に抱えて笑うジェーンの姿だった。
「……やつは何者だ?」
「あ、アメリカ大統領の娘とのことです!」
二人が呆然としているとモニタの一部が切り替わる。
他のセクションからの通信のようだった。
「た、大変です! 軍の通信衛星が乗っ取られて軍支給の携帯電話から一斉に暗い日曜日が……」
その瞬間、室内に世界で一番有名な自殺ソングが大音量で響いた。
そしてモニタに写し出されていたジェーンが「うにゃり」と邪悪な顔で微笑む。
「ひ、ひぃッ! 笑ってやがる!」
すでに彼らが所属する諜報部はパニックに陥っていた。
◇
数日前。
ジェーンはクレムリンにハッキングを仕掛けていた。
だが流石はアメリカと対を成す東の大国。
鉄壁の防御に阻まれる。
だが電子の妖精ジェーンも負けてはいない。
こういうときはヒューマンハッキングをかければいいとわかっていた。
儲け話、ポルノ、出会い。
メールでも何でもいい。
ありとあらゆる罠を仕掛け、罠にはまった者から個人識別情報やID、パスワードを盗み出すのだ。
儲け話の罠にかかったのは10人。
どれも高度な権限は持っていない。
ポルノの罠は100人。
そのうち高度な権限を持つのは30人。
ジェーンはにやりと笑い全員の情報を保存した。
出会い系の罠に嵌まったのは50人。
高度な権限を持つのは25人。
これでかなりの情報を得ることができるだろう。
ジェーンは満足した。
その時、プログラムがもう一人犠牲者が出たことを知らせる音を鳴らした。
権限は無制限。
嵌まった罠は……
「ぐっふふー♪」
ジェーンは最高に悪い顔をした。
◇
次期アメリカ大統領ダン・ジョンソンを待ち受けていたのは、魔王ユーリ・ゲルギエフだった。
初めて対峙する二人。
その瞬間、ユーリが睨み付ける。
いわゆるメンチ切りである。
目で殺しにかかったのだ。
だがダンも負けてはいない。
メンチを切り返す。
顔と顔がくっついてしまうほどの近距離で睨み合う二人。
そして二人は同時に右手で胸倉を掴んだ。
「ほうロシア大統領……その耳のタコ、柔道か」
「貴様もな……レスリングか」
そして二人は同時に手を離す。
(拳に拳ダコか! ロシア大統領は空手もやりやがるのか)
(まぶたに古傷、ボクシングだな)
「チッ! めんどくせえ!」二人は同時に思った。
相手はケンカ慣れしている。
弁護士や官僚出身とかの気の弱い青瓢箪ではない。
むしろお互いが自分自身と同じタイプの人間だと本能で察したのだ。
ゆえに目や態度で殺すのは無駄だと理解したのだ。
「ほらよ! 土産だ」
ぞんざいな態度でダンがそう言って手を上げると、補佐官がお土産を渡す。
己と同じタイプなのだ。
このくらいの態度でいい。
ダンはそう思った。
「ああ。ありがとよ。帰りに土産を持って行け」
ユーリもクールに笑った。
ここまでは対等な戦いだった。
だがその次のダンの行動で形勢は逆転する。
ダンは唐突に思い出した。
「あ、わりぃ。これ俺の娘から」
ダンは椅子の横に置いておいた紙袋を直接渡した。
その紙袋を受け取った瞬間、ユーリの顔色が変わった。
「ん? どうかしたか?」
「い、いや……」
「顔色が悪いぞ?」
「い、いやそんなことはないぞ!」
真っ青な顔をしながらユーリは脂汗を流していた。
ダンは首をかしげる。
今のやりとりに何かあったのだろうか。
そんなダンにユーリは声を震わせながら言った。
「す、少し、待っててくれ。忘れ物をした……」
◇クレムリン大統領官邸
ユーリは動揺していた。
紙袋の中に入っているもの。
掴んだ時に柔らかい部分と硬い部分があった。
これはアレしかないのだ!
どこまでも動揺しながら自室のドアを開ける。
「わったしーは魔女! だ☆か☆らー♪」
ユーリの部屋から聞こえてくるBGM。
それは何年も前に流行した小学生が魔女になって活躍する日本製アニメ。
その主題歌だった。
ユーリは貰った紙袋の中身を確認する。
そして包みを破り箱を空ける。
(番組公式シリアルナンバー入り限定フィギュアだと……一瞬で売り切れて手に入らなかったのに……)
ユーリが50年以上隠してた趣味。
それはアニメだった。
特に女子児童向けアニメが一番の好物だったのだ。
少し嬉しくなって無表情で小躍りするユーリ。
だが次の瞬間顔色が変わった。
アメリカにその秘密を握られてしまった。
そのことに気づいたのだ。
(アメリカへ激怒しながら突き返すべきか……だが……個人としてはこの逸品は手放したくない……)
オタクと政治家の間で苦悩するユーリ。
そんな中、ユーリの携帯電話が鳴った。
ユーリは、はっとして電話に出る。
少女の声がした。
「ユーリね」
「……何者だ?」
「アメリカの使者よ」
「馬鹿者が。この電話は軍に盗聴……」
「軍の通信衛星はすでに乗っ取ったわ。大丈夫。この会話は誰にも盗聴されてないわ」
「ふん! 貴様と話すいわれなどない!」
「紙袋の底を見なさい」
その瞬間、ユーリはゴクリとツバを飲み込んだ。
電話の主はこの工作を仕掛けた人物なのだ。
ユーリは紙袋に手を入れる。
底に紙と固いものが入っていた。
ユーリはそれらを確認する。
そして絶句した。
数秒の間を置き、その次の瞬間、激怒した。
「き、貴様あああああああぁッ!」
「あら? 私は味方よ? あなたの味方。そういう趣味も理解しているわ」
紙袋の底にあったものそれは『男の娘 VS 触手』と書かれたDVDだった。
表紙は半裸の少年が触手に絡まったアートワークである。
そして紙には
「いつもお前を見ているぞ」
と書かれていた。
「だから何だというのだ!」
開き直ってみた。
「あら? それはこの間、同性愛者を何人も逮捕させたユーリ様の言うことかしら? それともヘンタイアニメの取り締まりが大好きなユーリ様かしら? でも大丈夫。私は理解してるわ。男の娘は『ピーッ』の生えただけの可愛いらしい女性。よくわかるわ……私はね。でもあなたの政敵はどうかしら?」
「すんません! ナマ言いました。マジ勘弁してください」
「良い子ね」
「な、な、な! 何が望みでしょうか?」
すでにユーリからは威厳や殺気は微塵も感じられなくなっていた。
どこまでもその態度は卑屈だった。
「私が望むものではなく貴方が何をすべきかを考えなさい」
それは難しい要求だった。
主人の顔色を見てその意を汲め。
つまり奴隷になれというのと同じだったのだ。
「ではご機嫌よう」
電話が切れた。
ユーリの手が震えていた。
そして膝も。
◇
「おう! 待ってたぜ!」
ユーリを待っていたダンが声をかけた。
「ぽう」
「おい……大丈夫か?」
「ぽう」
「マジで大丈夫か?」
「ぽう」
ユーリの目は淀み覇気も感じられなっていた。
気のせいか小さくなったかのようにすら思える。
「えっと……本題に入るぞ……」
「ぽう」
その姿はダンですら哀れみを感じるほどだったという。
◇
「ねえねえ。マイドーター」
「なあにパパ?」
「なんかやった? やけに交渉が楽だったんだけど。パパさ、犯人逮捕への協力体勢の構築に全ての情報の提供、それに非公式の謝罪と賠償まで引き出せちゃったよ」
「ジェーンちゃんまだ13歳だから難しいことわかんにゃい」
子どもの表情ではない。
ダンはそう思った。
もし悪魔というものが本当に存在すれば、こういう表情をするのだろう。
「どうやったの?」
ダンは質問を変えた。
「うーんヒューマンハッキング仕掛けたらアニメ好きが罠に引っかかったんだよねえ」
「誰だい?」
「内緒。すごく偉い人だよー」
そう言うとジェーンは楽しそうに笑った。
◇
山田と後藤が対峙していた。
山田の傍らには明人。
とうとう彼らの話し合いが行われようとしていたのだ。
「さあて。俺が先に話すかな。伊集院明人。お前は異世界人だな?」
「ああ。元の世界で心臓発作で死んだはずだ。らめ(略)の発売日の一ヶ月後に」
「一ヶ月後? じゃあ川口の火事のことは知ってるな?」
「火事? なんのことだ?」
それを聞いた瞬間、後藤は目を見開いた後、クククククと引きつった笑いを漏らした。
「そうか! そうか! そうか! お前……俺たちと同じ世界から来たっていつから思ってた?」
後藤は目を輝かせていた。




