赤坂プレスセンター 中編
埼玉県警の突入部隊の隊長はパニックに陥っていた。
核爆弾の除去など聞いていない。
訓練したこともない。
なぜ、こんなものが埼玉に。
どうする?
そうすればいいんだ!
事態はすでに警察の処理できる範囲を飛び越えていた。
結論が出せないまま、仕方なくマニュアルに従うことにした。
「お、おい! お、応援だ! 本部に連絡するんだ!」
そんな隊長の不安が一瞬にして他の隊員にまで伝染した。
隊員たちがザワザワと不安を口にしていく。
「お、俺死にたくねえよ!」
「核なんて聞いてねえ!」
「神様ぁ……」
「落ち着けえぃ!」
威厳のある声が当たりに響いた。
それはドリ○ャス仮面の発したものだった。
「ワシが解除する!」
隊員たちが「おいおいこのジジイ大丈夫かよ」という顔をしていた。
無論、○リキャス仮面はそんな空気など読まない。
そして力強く荒々しい声で言ったのだ。
「ガムテープ!!!」
「はい?」
「だからガムテープ!」
「こんな時にボケか! こんのクソジジイ!」
「違う! この爆弾は1960年代の品じゃ! 電子タイマーやマイコン制御装置など存在しないから機械式タイマーが物理的に動かないようにすればいいのだ!」
「……へ?」
1970年代生まれの隊長は何を言われているのかわからなかった。
隊長の子ども時代、1980年代にはマイコンによるファジー制御装置がすでにあふれかえっていた。
物心ついたときにはコンピュータに囲まれていたのだ。
ゆえにコンピュータ制御以外のタイマーが国家プロジェクトレベルの装置に使われているなど考えもつかなかったのだ。
「て、テープでいいんですね!」
ドリキャス仮面は差し出されたテープをひったくり、核爆弾に取り付けられたキッチンタイマーのようなダイヤル式の装置をグルグル巻きにしていく。
「そ、そんなしょうもない手で……」
「この型なら何度か解除したことがあるのでな。ホレできた。あとは専門家に解除してもらいなさい」
「何度か?」
「うむ。数度な」
ああ、目の前のジジイは化け物なんだな。
隊長はそう納得し、それ以上考えるのをやめた。
「あ!」
化け物が変な声を出した。
同時にパキンという音が響いた。
「いやー。失敗失敗」
ドリキャス仮面が頭をポリポリ掻いていた。
「失敗?」
「タイマー握りつぶしちゃった……てへ! 逃げるぞ!」
「えええええええええ! えええええええ! ぎゃあああああああッ!」
埼玉県警屈指の猛者たちの悲鳴がさいたまタワーに響いた。
◇
赤坂プレスセンターの中は不気味なほど静まりかえっていた。
「アキト。星条旗新聞の職員がいない」
「隣に独身将校宿舎もあるはずなのに静かだ……」
職員はどこに消えたのか?
それが明人には気がかりだった。
「ジェーン。頼む……」
アキトはジェーンの方を向く。
そんなアキトを見てジェーンは「ぬっふふー」と得意げな顔をした。
「んじゃCIAちゃんに聞きますかねー」
ジェーンがモバイル端末でCIAのデータベースを閲覧する。
もちろん本来のアクセス権など無視して大統領やCIA長官クラスの権限を奪取している。
「あははははははは!」
「どうした?」
ジェーンは何か重大な情報を引き出す事に成功したらしい。
ジェーンはニヤニヤしながら明人の方を向いて指示を出した。
「地下に巨大な空間があるみたい。えっとまずエレベーターに行くよ」
一行はジェーンに案内されて旧式のエレベーターの前に来る。
ジェーンはエレベーターのDN(下行き)ボタンを押しながらUPボタン(上行き)を数度連打した。
がちゃりという音がして、操作盤が下部の小さい扉が開いた。
その奥にあるのはカードキーの差し込み口だった。
「今カードキー作るから」
ジェーンは鞄の中からブランクのICカードとUSB接続のカードライターを取り出す。
カードライターを端末に繋ぎ、クライアントから米国の軍事データベースに接続する。
「えーっとさ。現存する司令官クラスの情報はガチガチに管理されてるからそれは動かさないで、パパの権限で人事データベースにアキトを登録してここの司令官に任命するね」
今なにか恐ろしいことをジェーンが口走ったなと明人は思った。
だが他に方法など思いつかない。
明人は仕方無く何も抗弁しなかった。
「米軍のデータベースに侵入してー。明人を大佐に任命してー。ICカードの情報ダウンロードしてー。暗号はどっちの鍵も持ってるから後は書き換えるだけー。ほいな」
「お、おい! ジェーン……」
「なあにアキト大佐?」
「……なんでもない」
明人はまた何かを失ってしまった。……ような気がした。
カードキーを入れるとエレベーターが大きな音を立てながら上昇してくる音が聞こえた。
扉が開く。
エレベーターの中は現代的な内装だった。
ボタンは1FとB60F。
「地下60階……! ジェーンどういうことだ!」
「んー。山田ちん後で説明するね」
「こ、これなんだ! 我々は聞いてないぞ!」
「うん。歴代政権のトップしか知らないみたいよ。これがアメリカが不法占有してでもヘリポートを日本に返還できない理由ね」
ジェーンは最高に良い笑顔だった。
これからもっと恐ろしいことが起こるに違いない。
主に社会的に。
明人たちは覚悟を決めるのだった。
◇
地下60階。
そこには広大な空間が広がっていた。
「お、おいジェーン……これ」
「あのジェーンちゃん!」
公安コンビがたまらず口を挟む。
ジェーンはニヤニヤしながら笑う。
「この空間は大型商業施設の真下まで続いてるわ。サラマンダー。あれ運転できる?」
ジェーンが指を指す方向には荷物運搬車が置き去りにされていた。
それは解放された立ち乗りの座席に円形の操作ハンドル、後部には荷物運搬用の台座がついた小型特殊自動車。
市場などで荷物を運ぶターレットトラックだった。
「ああ。家で手伝ってたからな。運転は出来るぞ」
そう言うと藤巻は運転席に立ち慣れた手つきでエンジンを始動させる。
藤巻を除いた全員が乗り込むとターレットトラックは動きはじめた。
薄暗くどこまでも広い空間を最大時速15キロのターレットトラックで進んでいく。
「ジェーンなんの施設なんだ? そろそろ教えてくれ」
「そうね。もしガチで核戦争になったらどうする? 基本的には相打ちで双方皆殺しね。でもさ、もしも絶対に存在しないはずのところに核があったらどうなる?」
「ヒューマンエラーで探知が遅れる……もしかして!」
「何十年も前のバカどもがそれをやったのよ! ソビエトに勝つためにね。地下基地が完成した直後にソビエトなくなっちゃったけどね。それが今やテロリストに乗っ取られてこのざま」
「あのジェーンちゃん……つまり」
「つまりさ、この奥はさ、スターウォーズ計画のどさくさで紛失した事になっている核爆弾の保管所なのよ」
そう言ってウシシッとジェーンが笑うと山田がぼそりと言った。
「日本終わった……」
どう考えても笑い事ではなかった。
◇
道を進むと広い空間に辿り着いた。
その中にいるのは赤坂プレスセンターに駐在する100名ほどの軍人たちだった。
全員が手錠で繋がれている。
藤巻がターレットトラックを停車すると明人たちは人質に近づいていく。
すると遠くから何かが聞こえてきた。
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ
それは靴の音だった。
「ようこそ伊集院明人!」
少女の声がした。
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ
広大な地下空間に靴の音が更に響く。
足音はどんどん近づいて来ていた。
何度かの音がして、暗闇から声の主が現れた。
声の主はらめ(略)のヒロインである斉藤みかんだった。
◇
一時間前。
斉藤みかんは携帯型核爆弾を眺めていた。
さいたまタワーに仕掛けたものには核弾頭はついていない。
警察は今頃、慌てふためいているだろう。
それでいい。
シナリオライターたちの脱出の時間を稼ぐのが目的だ。
今度の自分、斉藤みかんはここで終わりなのだ。
伊集院明人が殺しにやってくる。
その運命は避けられないのだ。
ふいに世界が二重に見えた。
ああ、いつものシナリオからの逸脱による世界からの制裁だ。
また死ぬのだな。
みかんは察した。
今まで何度も見た。
このまま行けば無残な死が待っている。
だがそれでいい。
自分の死によって脱出が早まるはずなのだから。
弓を持った少年がいた。
顔はわからない。
みかんはナイフを投げる。
そのまま二本三本と投げていく。
少年は避けようともせず矢をつがえる。
ナイフが少年の肩に刺さった。
弓は封じた!
だが遅かった。
矢は放たれていた。
放たれた矢がみかんの胸を貫いた。
心臓に刺さったのだろう。
急激に意識が遠のいていく。
少年が悲鳴を上げながら駆け寄って来た。
ひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返す。
だんだん呼吸が出来なくなっていく。
なぜか死ぬ間際のみかんに去来するのは恐怖ではなく哀しみだった。
だが、みかんである菊池は、それをどうでもいいことと思い気にもとめなかった。
何度も絶望を味わった菊池は、斉藤みかんの気持ちに鈍感になっていたのだ。
◇
みかんは己を殺しに来た一行を見つめた。
伊集院明人だ。
金髪に坊主頭。そして眼鏡。
シナリオからの逸脱などというレベルではない。
しかも中盤に登場するはずの山田浅右衛門まで連れている。
世界は崩れてきているのかもしれない。
元の世界への門が開くのは近いのかもしれない。
彼女は確信した。
次に三人のモブキャラを見る。
誰だ?
誰なんだ!
何者だ?
ここに来たということはラストサムライと戦闘ヘリをかいくぐったのだ。
相当な実力者に違いない。
最後に暗闇から出てきた人物を見る。
それは弓使いだった。
顔は闇でよく見えなかった。
斉藤みかんを殺す男。
モブかそれともメインキャラか?
それが重要だ。
みかんは次の週へこの情報を持ち越さねばならないのだ。
みかんと少年の目が合う。
照明に照らされ顔が見えてくる。
「りょ、亮ちゃん……」
みかんを殺しに来た死神は飯塚亮だったのだ。




