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ライフル

 飯塚たちの前方でヘリがチェーンガンを撃つのが見えた。

 藤巻は飯塚に声もかけず問答無用でスピードを上げた。

 スピードが上がり風景が歪む。


「飯塚ぁッ! これの持ち主誰だ! やっぱり陸王にムチャクチャな改造してやがる」


 藤巻が叫んだ。

 陸王はパワーはあっても最高時速はレーサー型のバイクには及ばないはずだ。

 だがV型エンジンの馬力はそのままスピードに変換されていく。

 しかもサイドカーのせいでただでさえ重いその重量をものともしていない。

 とても70年も前の製品とは思えない。

 原型を留めたままでこれほどのカスタマイズ。

 よほどの名工(バイクオタ)の作品だろう。


「そのバイクはローマほげぶっ」


 飯塚が言い終わらないうちに突然車体が揺れ舌を噛んだ。

 ドリキャ○仮面の呪いか何かに違いない。

 飯塚は確信した。



 山田たちは明人の陽動によってビルの影に逃げることに成功していた。

 ジェーンはミニノートを取り出し何かを調べていた。


「響子! 核爆弾は携帯用のやつよね? 今、米軍のデータベースをクロス検索してるから。えーっとデータベース。データベース。1960年代で携帯型だよね?」


「たぶんそれかな?」


 山田は適当に相づちを打った。

 さすがにエージェントである山田も祖父の時代の兵器の事などわからないのだ。


「あークッソ! 数千発も生産されてたのか! ほとんどは廃棄済み……っていうのが公式見解。実際はスターウォーズ計画(SDI)での装備見直しにその後に起こったソ連崩壊のどさくさに紛失したのが100発以上……誰も責任とりたくなくて隠蔽してやがった! あーッ誰も後始末考えてねえ! どいつもこいつもバカじゃねえの!」


 そう言って罵倒しながら端末を操作するジェーン。

 そのまま独り言をブツブツと言いながらも続けていた。

 田中はまだ具合が悪そうにしていた。


「田中。どうだ? 動けるか?」


「ええ。なんとか……何が起こって……痛ッ!」


 こめかみと目の奥がずきずきと痛んだ。

 それはまるで目を酷使したかのような症状だった。


「無理するな……と言っている余裕はないか……ビジョンは脳と目の神経を酷使する。馴れるまではきついぞ」


「これはなんですの?」


「ボクたちは世界からの脅迫だと思ってる。この世界には決まったシナリオがあって、シナリオから外れると悲惨な死に様を見せて警告を発する……というのがボクたちの見解だ。まあ誰もが見る事ができるわけじゃないけどね」


 そう言って山田は遠い目をした。

 田中は理解した。

 山田はビジョンを見続けてきたのだ。

 それが山田が伊集院明人の前に現れた理由だったのだ。

 すでに今の自分の状態を乗り越えてやってきたのだ。

 寝てなんていられるか!


「もう……大丈夫ですわ……せっかく伊集院が囮になってくださったんですもの……逃げますわよ」


「ああ。そうだな」


 田中が力を振り絞って立ち上がったその時だった。

 山田の首筋の毛がぞわっと逆立った。

 それが殺気だと無意識に感じ取った山田が刀に手をかけた。


「どうしたの響子?」


 ジェーンが様子のおかしい山田を心配して声をかけた。

 山田はそんなジェーンの先からやってくる男を見ていた。

 60代から70代くらいだろうか。

 それは小柄な男だった。

 その男は汚れたブーツを履きながらも足音一つさせずに近づいてくる。


「見つけーたー♪」


 男はにやにやと酷薄そうな印象の笑みを浮かべた。

 その途端、男からは今までに感じたことのないような圧力が発せられた。


「よう。かわいいお嬢ちゃんたち。じいちゃんと遊ぼうぜ!」


 男がゆっくりと刀を抜いた。



 明人はヘリの前へ躍り出た。

 動くものを見つけたヘリのパイロットは無慈悲にチェーンガンの雨を降らせる。

 土煙が上がる。

 死体も残さずに吹き飛んだろう。

 パイロットはそう考えほくそ笑む。

 だが土煙の中から人影が現れた。

 それは無傷の明人だった。


(死ぬ。今回はさすがに死ぬ!)


 明人はパキスタンの刑務所からの脱獄以来の危機に内心恐ろしいものを感じていた。

 だがパキスタンでも生身で追い回されたわけではない。

 少なくとも戦車には乗っていたのだ。

 そういう意味では今回の事件はシャレにならない。

 だがここで死ぬわけにはいかない。

 戻る気などない。

 元の世界の自分は死んだという確信があったからだ。

 それに友人はこの世界にしかいないのだ。

 この世界が例え何であろうと関係ないのだ。

 記憶を取り戻したあの日に誓ったのだ。

 もう二度と逃げないと。

 明人はアスファルトに縦に突き刺さった装甲車の後ろに滑り込んだ。

 チェーンガンが降り注ぐ。

 やはり映画のようには行かない。

 銃弾は易々と車体を貫通していく。

 明人は慌てて逃げ出す。

 花火のような音がした。

 ほぼ同時に後方に置き去りにした車両が爆発。

 ミサイルだ。

 明人は吹き飛ばされながらも受け身を取り、他の車両の後ろへ逃げ込む。

 埼玉県警の車両が見えた。

 そこに長い銃が落ちていた。

 それは狙撃用のライフルだった。

 転がりながらライフルを手に取る。

 こんなもので戦闘ヘリをそれもアパッチを撃墜することなどできない。

 そんな事はわかっていた。

 だが時間稼ぎが任務だ。


(藤巻さん。信じてるぞ!)


 明人はライフルを構えた。

 ヘリの操縦者はバカにしたように笑った。

 ヘルメットに装着されたディスプレイ。

 統合ヘルメット表示照準装置IHADSSに映るのは警察の狙撃銃である特殊銃I型を構えた少年の姿。

 伊集院明人である。

 確かに世界的に評価が高い製品ではあるが戦闘ヘリの相手ができるほどの威力はない。

 その無謀な行為にパイロットは笑いをこらえられなかった。

 明人がヘリに向かって発砲した。

 それはウインチェスターでヘリと戦った破棄された世界での飯塚と同じ姿。

 パイロットは手の中でじたばたと抵抗するアリを潰す事を決めた幼児ように残酷に笑った。

 だがその笑いは次の瞬間消え去った。

 パシュンッという音とともにガラスに何かが突き刺さった。

 それはライフルの銃弾だった。

 明人は空を飛ぶ戦闘ヘリのコックピットを正確に狙ってきたのだ。

 もちろんこの大きさの銃弾では貫通はできないし、どうしても嫌ならもっと遠くから撃てばいいだけなのだ。

 冷静でいさえすればヘリにはなんの脅威もなかった。

 だが、生殺与奪の権を握っていたと思っていたパイロットはこれに逆上した。

 手の中のアリに噛まれたように思えたのだ。

 その瞬間、パイロットはでたらめにチェーンガンを撃った。

 肉片の一つすら残す気などなかった。



 藤巻たちはアパッチのすぐ近くに到着していた。

 そこは見通しの良好な直線道路。

 すでに市民達は逃げ去り、車両は走っていなかった。


「藤巻。なにかプランがあるんだな」


「ああ、これだ!」


 藤巻が懐から拳銃を取り出す。

 それはジェーンの44マグナム。

 手癖の悪い藤巻が無断で借用したのだ。


「映画でこれでヘリを落としたのを見た!」


 ドヤ顔でそう言い放つ藤巻。


「藤巻。ちょっと顔近づけろ」


「ん? なんだ?」


 スパーンッ!!!

 飯塚が藤巻の頭を容赦なくはたく。

 頭を押さえ???という顔をする藤巻。

 その藤巻に飯塚が怒鳴る。


「できるかボケェッ! アホ! 死ね!」


「できないのか!!!」


 本気で驚く藤巻を見て飯塚は全てを諦めた。


「あああああッ! わかったよ! やりゃいいんだろ! 死んだら化けて出るからな!」


 そう投げやりに言うと飯塚は弓を取り出す。


「藤巻。このままフルスロットルで突っ込め! 僕が落とす!」


 鏑矢を撃ち込む。

 それしかない。

 少なくとも拳銃よりはマシなプランのはずだ。

 だがアパッチの装甲を打ち抜ける自身はない。

 それでもやらねばならないのだ。

 弓を引いたまま飯塚は集中した。

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