爆弾騒ぎ
加納の額に汗がにじんだ。
飯塚が加納を引っ張り外に連れ出す。
はやく連絡せねばならないとスマートホンを取り出す。
上野に電話をかけた。
一方、絶望的と思われた明人たちだが……。
「俺も残る。手伝いは必要だろ?」
藤巻はいつもと変わらず冷静だった。
明人がビニールをめくり、藤巻も手伝う。
危険物か?
時間的猶予があるか?
現代の技術か? それとも未来の?
それを見極めねばならない。
爆発まで時間の猶予があれば警察に引き渡す。
手に負えなければジェーンだ。
加納が電話をしてくれたので周囲の避難もすぐにはじまるだろう。
まずは観察。
レーザーセンサーがあれば不可視のレーザーに触った瞬間に爆発……なんてことも考えられる。
どうやらセンサーは存在しないようだ。
「ほれ、ナイフ」
「ん、ありがとう」
藤巻は手慣れた様子で折りたたみナイフを出し明人に渡す。
明人は手渡されたナイフでビニールを切り裂いた。
中には裁断されたコピー用紙がつまっていて、それを慎重に外に出す。
すると古い電気回路の基板が中にあるのを発見した。
底にはポリタンクが二つ。
確認するがプログラミング可能なICチップはない。
ゼンマイ式などの古い発火装置もなかった。
制御装置が存在しないのだ。
さらにはWi-FiアダプターもRFトランシーバーの類いもない。
外部と通信している形跡はない。
無線周波数集積回路もなかった。
遠隔操作でドカンという可能性はなさそうだ。
分解防止装置もない。
動かしても安全なものだった。
明人は深く息を吐いた。
「基板発見。見た感じ発火装置なし」
(いや、こいつは発火装置がないと言うよりは、まるで映画の小道具のような……)
あまりにも配線が適当すぎる。
次に明人はポリタンクに手を伸ばした。
同時に藤巻も置き時計の扉を開ける。
懐中電灯モードのスマートフォンで照らす。
本来時計にあったゼンマイや歯車はごっそり抜き取られ、100円ショップで売ってる時計の組み立てキットのような安っぽい水晶振動子のムーブメントに置き換えられていた。
やはり制御装置もセンサーもない。
念のため水の入ったスプレーを噴射するがレーザーが見えることはなかった。
「明人、たぶん爆弾じゃねえぞ」
「みたいだな。ポリタンクも確認する」
ポリタンクの中には液体に金属製の装置が沈められていた。
ただし電源に接続されていない。
明人はポリタンクに繋がれたコードを辿る。
巧妙に隠された状態で、グルーガンのようなものでポリタンクの外側に接着されていた。
「なんだこれ……」
藤巻が呆れ声を出す。
だが明人は仏頂面のままだった。
「ちゃちないたずらだが……犯人は俺たちがなにをやってきたのか知っているってことだ」
「ジェーンあたりのサプライズって線は? なあモテ男」
「ジェーンなら俺が解除できるギリギリレベルの本物を置く。わざわざチップにDO●Mインストールして時間内にクリアしないと爆発するとかの嫌がらせつきで」
「……愛が重すぎるな」
いやむしろ壺お●やジャンプ●ング、むしろ極限まで圧縮したクソゲー詰め合わせセットすらありえる。
明人は苦笑いした。
「じゃあ明人。いったい犯人はなにをさせたかったんだ?」
「このポリタンクの中身を渡したかった……と思う。とりあえず運搬要員を派遣してもらう」
「運搬要員なんて……俺たちで運べばよくないか?」
「死にたくなければやめとけ。爆発物かもしれないし、空気に触れたら毒ガスが発生するかもしれない」
「おっかねえな」
「念のためだ」
とはいえ、ポリタンクの蓋は普通のもの。
厳重に密封されている様子はない。
材質はポリエチレン製。
駅前のホームセンターに似たような容器が置いてあった。
おそらく耐薬品容器ではない。
しかも容器を細かく裁断した紙で包んでいた。
こんな状態で爆弾や毒ガスを設置したら犯人の方が危ない。
高確率で危険物ではないだろう。
偽装をする知能がありながら雑である。
容器の中にはなにやらハードディスクのような装置が液体につかっているのが透けて見えた。
「目的はこいつか……」
明人がつぶやくと藤巻がためいきをついた。
「めんどくせええええええッ!」
「それな」
もう笑うしかない。明人と藤巻は笑いながら立ち上がり外に出る。
外には警察と消防が集まっていた。
その中に拡声器を持った上野とジェーンがいた。
「明人ーッ! 爆弾どうだったーッ!」
拡声器で増幅されたバカでかいジェーンの声が二人を襲う。
「拡声器オフにしろ!」
「おっと失礼。で、どうよ? 特にリュウジ。爆弾解除の感想は?」
「明人といるといつのまにか爆弾解体できるようになっていたのが地味にショックだな」
「ひでえ!」
「完全同意ね。明人といるとそのうち核爆弾の解体に遭遇するから、生きているうちに講習受けた方がいいよ」
とサラッとジェーンのジョークが飛ぶ。
「ガハハ! 死ぬの前提かよ!」
ツボに入った藤巻がバンバンと手を叩いた。
「まー、アキトさんですから死んでも生き返ると思いますけどねー」
一番ひどいのは上野。
「笑えねえから!」
明人が笑いながら言うと飯塚と加納が帰ってくる。
「警察に説明したぞ」
「まったく俺たちに押しつけやがって!」
とは言うが、二人ともすでに警察にマークされてる身。
事情説明だけですんだ。
ポリタンクが運ばれて行く。
それを見て上野が一言。
「うっわー、超高過密磁気ディスク! 久しぶりに見たなー。あれ笑えるんですよ。廃熱処理が空気ファンじゃ追いつかなくて水につける仕様のバカアイテム!」
「え?」
ジェーンの目が点になる。
それを見て上野は胸を張る。
「だーかーらー、安くて高容量なんですけど廃熱が凄すぎて最初から水槽の水につけて、んでポンプで水を循環しなきゃならないのであんまり普及しなかった……おうっふ! まだ開発されてない!」
「上野、今すぐ回収! 一緒に来て!」
「らじゃ!」
上野とジェーンが大急ぎで行ってしまう。
「どういうことだ明人?」
明人も明確な答えを持ってない。
だがなにか起きている。
それだけはわかる。
明人は空を見上げた。
赤く光る月。
「さあな」
明人はポケットに両手を突っ込んだ。
◇~カリブ海某国~
老人が釣りをしていた。
老人はかつて【無敵】と呼ばれ、組織のトップまで務めた。
だが自分の弟子筋にあたる若者のおかげで世界の滅亡は回避。
前代未聞の生前引退をして今はこの国で悠々自適の生活をしていた。
……日本でやらかしたからではない。
すべて自身の意思によるものだ。
……核爆弾の件は絶対違うぞ。
血と暴力と破壊の日々。それを何十年も送ってきた。
そんな男も晴れて引退。
今度こそ信仰に身を捧げるときが来た。
悪役顔で口角をつり上げる。
警察に即通報されそうな顔だった。
とにかく男は悠々自適の隠退生活を送っていたのである。
たまーに。ごくたまーに。
たまたま男が暴れたり、店に強盗が入ったり、近所の姉ちゃんがヒモ男に殴られそうになったときに拳を振るったことはある。
それが元でマフィアがやって来て拳銃で撃たれたりとかもよくある。
そいつら全員ボコボコにしたら手榴弾投げ込まれたり。
とりあえず素手でマフィアを片っ端からつぶしてまわったが、それは男にとって暴れたうちに入らない。
爆発炎上は少しだけ反省しているが、それでもまだ男が暴れたわりに被害は少ない。
なぜ自分が関わるとかならず爆発が起きるのだろう?
不思議である。
そんな男はつぶやいた。
「ライアンと伊集院くんは元気かのう……って、いやだめだ。これボケに突入してる! まずいボケだけはまずい!」
少し危機感があった。いやかなり。
このまま穏やかな生活をしていてはボケてしまう!
と焦りにようなもの……いやかなりの確信があった。
そんな男に近づく影があった。
それがガタイのいい男であった。
「大先生。最後の仕事です」
男は満面の笑みになった。




