脅迫メッセージ
放課後。
中本からの着信がアキトの携帯に入った。
アキトは嫌々出る。
絶対にろくなことにならない。
「伊集院くん! 助けてください! ねえ! 伊集院くんなら私を助けられるでしょ! お願い!」
「いや……無理でしょ……そもそもなにから助けろと?」
「県知事選挙! なんで私が出るはめになってるのよ!?」
「それは自分から立候補したからじゃ?」
「……県知事に首相に国務大臣。警察、検察、法務省の上層部、なぜかアメリカ大使までがずらっと並ぶ料亭で全員に土下座されたワンナイトカーニバル」
「はい?」
意味がわからない。
「なぜか積まれる札束。それは選挙費用の謝肉祭。砂を噛んだようなすき焼き。まるでそれは教皇に許しを請うハインリヒ4世」
なぜかラップがはじまった。
相当ストレスフルな環境にいたようである。
「つか中本さん……とうとう国の上層部までドM奴隷にしたんですね……」
すでに埼玉県警の機動隊は中本親衛隊と化している。
お仕置きを望む忠誠心マックスの最強の戦士たちの集団である。
合言葉は「女王様ありがとうございますっっっ!!!」。
「違う! 断じて私のせいじゃない! いやお前のせいじゃい!」
「ですよねー」
「他人事かい! あのね、アキトくん。キミ対策で知事になるの! わかる?」
「俺はもう何もしませんよ。世界は救われ、俺は普通の高校生に。彼女もいますし」
「おめでとー! え? 誰? 山田さん? それともジェーンちゃん? やだ……お姉さん世界が滅びるまでキミは彼女できないと思ってた」
「……山田ですが。つかやかましいわ!」
「からかうのはやめてあげよう。その代わり助けて!」
「国家権力にたてつけと?」
「もう嫌なの! もうね、毎日殺害予告届くし!」
その瞬間、アキトのスイッチが入った。
「殺害予告……?」
「うん。選挙用のSNSアカウントに殺害予告が殺到しててさ……そっちは警察が捜査してるからいいんだけどさ。とにかく私が県知事にならないように関係者の弱みを握ってくれないかな? 脅迫するから」
発想が犯罪者のものである。
「もう……無理かと」
無理である。
埼玉県警のトップに立った時点で避けられない運命だったのだ。
「ぐは! もう警察まで辞めされられちゃった!」
「もっとはやく相談していただければ……」
「いやアキトくん外国行ってたし」
南極である。
「……わかりました。知事はもう決まりとして殺害予告を調べましょう」
「あきらめた!」
「もう開き直って知事を足がかりに首相に成り上がって全国の少年課のために働くしか……」
「さらにハードルが高くなった! なんなの! その次々と最強のヤンキーが現れる漫画みたな展開! 本当のヤンキーは運動も勉強も苦手だからヤンキーなのに! なんでヤンキー漫画の後半頃ってごいつもこいつも格闘技のエリートばかりなのよ! 私は! 少年課の! お姉さんで! いたかったの!」
身も蓋もない。
「人生ってままならないものですよね」
「人生謳歌しまくってる十代の若造が言うな!!! はあ……はあ……はあ……。はー……とりあえずキレたらスッキリした。ありがとう」
どうやら中本も現実が見えていないわけではなかった。
単にアキトに話を聞いてもらいたかっただけのようである。
「お役に立ったようで。とにかく殺害予告の方を調べてみます」
「ありがとう。アキトくんが調べた方がはやいもんね」
「ジェーンに頼むんでプレゼント考えてください」
「えっと中学生向けのコスメとか?」
「そういうのよりプラモとか同人誌の方が喜ぶかと」
「なるほど……じゃあお願いします……」
通話を終えるとアキトはジェーンにメッセージを入れる。
あとは待つだけだ。
二時間後にジェーンから着信が入る。
「おいっすアキト! 調べたぞ!」
「ありがとう。それでどうだった?」
「それがさ、おかしいんだよね……。犯人さ、埼玉県それもロサンゼルス市内にいるみたい」
※アキトの世界では史実と違い川口市、蕨市、鳩ヶ谷市、戸田市の合併が成功し埼玉県ロサンゼルス市になっている。
「市内? どこ?」
「いやそれがさー、空き家なんだよね。これが。しかも駅前の」
「モバイルネット?」
携帯の電波の可能性はある。
「それがさ、がっつり光ファイバー」
「待ってくれ……それ赤羽の空き家と同じか?」
かつて巻き込まれた事件と同じかと聞いた。
「たぶん違うと思う。偽装が完璧すぎる。たぶん上野ちゃんと同じ未来の技術」
一気に話がきな臭くなった。
「どういうことだ? ただの殺害予告に未来の技術?」
「はい、そこでこの天才は考えました。むしろ昔の技術を殺害予告の超絶技術で隠してるんじゃねと」
「どういう意味?」
「メッセージに偽装ファイルが含まれてた。20年前の技術」
「偽装ファイル?」
「うん、ファイルの断片のそのまた断片がね。まるでブロックチェーンの断片みたいなのが大量に。がっつり暗号化されてるからそれを今解析してるとこ」
「つまり手口は昔ながら。でも中身は未来の技術……ってことか?」
「今の技術も混ぜてるね。わからないように偽装するならもっと高度な技術があるのに……まるで私たちに読ませるためにわざとやったかのような」
「上野はなんだって?」
「【自分は兵士であってエンジニアではありません】だってさ」
「まあ未来の人間でも専門家じゃなければ当たり前か」
「そう言ったら【自分は強化クローン兵であって人間ではありません】だってさ」
「とりあえず殴っていいぞ」
「ぶん殴るぞって言っておいたわ」
まだ意図はわからない。
内容も解析待ちだ。
だがただの知事選ではなくなった。
それだけは二人とも一致していた。
「日本政府は?」
「教えたよ。アメリカ軍にも報告済み。さーって。今度の相手は正体すらわからんと。どうするアキト?」
「明日、その空き家に行ってみる」
「誰と?」
意地悪な質問が来た。
山田と答えたらなにされるかわからない。
「藤巻に飯塚」
「暑苦しい男の友情万歳! 写真送ってね! ……というのは冗談だけど気を付けて。アタシはなるべくはやく解析するから」
礼を言って電話を切り藤巻と飯塚にメッセージを送る。
するとすぐに二人から承諾の返事が来た。
持つべきものは同性の友人である。
そう明人は確信した。




