救われたはずの世界
ワシントン州。
ホワイトハウスは暴徒に囲まれていた。
「大統領辞めろ! じゃないと世界が滅びる!」
「アメリカの恥め! 世界を救うためにやつを引きずり下ろせ!」
「このレイシスト野郎! 世界が滅びる前にぶっ殺してやる!」
大統領への怨嗟の声が室内にまで響く。
その中で大統領ダン・ジョンソンは頭を抱えていた。
「なんでやねん……」
室内のスタッフたちもため息をついた。
スタッフは様々な人種がおり、白人よりも有色人種の方が多い。
ダンも保守派に所属してるが、人種にこだわりはない。
交友範囲は広く、熱心な支持者もアジア系とヒスパニック系。
娘の親友……いや彼氏にしようと狙っている男は日本人。
娘を盗られたようでムカつくから嫌がらせこそしているが友人の一人だ。
娘が無神論者なため、宗教からは敵対こそしないが適度に距離を置かれている。
良くも悪くも様々な利害関係から借りも貸しもない関係を築けている。
……はずだった。
最初はメディアによる攻撃だった。
よく似合い手にする必要のない罵詈雑言。
なのに……瞬く間に抗議活動が全国に広がり、ホワイトハウスまで包囲される有様だ。
いや……アメリカだけじゃない。
世界各国で同じようなことが起きていた。
すでにいくつかの政権が倒れ、いくつかの国では内戦状態に陥っている。
「安定政権などと言うものは一部の国だけの特権」と言えばそれまでだが、それにしても妙な動きだ。
まるで全世界の人々が同じ不安を抱えているかのような。
ダンは娘の作ったノートパソコンからアプリを起動する。
オンラインの会議システムだ。
と言っても中身は未来の技術。セキュリティーは完璧とは言わないが、現代の技術で突破できるものではない。
しかも解析すらできないものだ。
「おい、いるんだろ」
人払いをするとダンは話しかけた。
するとボイスチェンジャーで変化させた女の声が返ってきた。
「あ、じか~ん♪ いっけなーい! はい今日はここまで。スパチャありがとう! じゃあねえー!」
するとドスのきいた男の声がした。
「すまない。配信をしていた」
男はユーリ。某国の大統領である。
なんとかリークスによりオタクであることを暴露されたユーリは……開き直った。
敵対する派閥を粛正し、あえて情報を出すことにより日本大好きおじさんを演出した。
実際同世代には日本製アニメで育ったものが数多く、下の世代もアニメやゲームなどの日本文化で育った日本好きは多い。
なんら話題にもならなかった。
日本に訪問したときに昔のアニメのポスターをもらってうれしかったくらいだろう。
そう……、ネカマで同人誌コレクターでアニオタで最近ではボイスチェンジャーで声を変えてVtuberとしてバ美肉していることは完全に闇に葬られたのである。
なお最近ではレイラの師匠であること以外は仲間には完全にオープンにしている。
仲間とは明人たちやダンである。
「お前さ、全力で人生楽しんでいるよな!」
「今が一番楽しい!」
「いいのそれで!?」
「宿敵よ! それでいいのだ!」
ユーリの中では拳で語り合ったダンはすでに宿敵。
本音で語り合う相手だった。
「んで、お前のとこはどうよ?」
ダンも砕けた話し方で聞いた。
「また新たな組織を検挙した。やはり世界が滅びるとわめいてたらしい」
「そうか……やはりな。うちも同じだ。世界のために私を失脚させようとしたらしい。笑わせるな」
「ま、確かに。アキトのおかげで世界は救われたってのにな」
「ふん、宇宙が崩壊するのでもなければ世界が滅びることがない。国の形が変わるだけだ」
「だな。だが……なぜやつらは世界が滅びるって信じてやがるんだ?」
あれから数日。
世界は救われたはずだった。
ブラッドムーンが続き政変が各地で起こっていること以外は。
◇
アキトは山田と登校していた。
なにもない日常が戻り、二人は交際を始めた。
ジェーンも会長も「寝取る」と公言しているが、それほど不安はなかった。
ライアンは「俺の役目は終わった」と姿を消し、山田は公安を辞職した。
アキトもエージェントの活動は控え、高校生としての日常を謳歌していた。
だけどその日常には少しだけおかしなことが起きていた。
「埼玉県知事を許すな!」
「県知事を倒し世界を救え!」
「立ち上がれ人民たちよ! 世界を救うために!」
胡散臭い連中がシュプレヒコールを上げている。
「アキト。なんだろうねアレ?」
山田がきょとんとしている。
「埼玉県知事が世界の命運を握ってるとか嫌すぎだな」
「あはは、だよねー」
と二人は笑ったが、腑に落ちないことがある。
それは二人の目の前にある板だった。
【埼玉県知事選挙ポスター掲示場】
すでに任期満了による埼玉県知事選が行われていたのだ。
そこに見慣れた人物の写真があった。
困り眉で力なくダブルピースをする女性。
警察にいたはずの中本である。
「中本ちゃん、警察の一番偉い人と公安と党の人と前の県知事に土下座されて断れなかったんだって。あははは……」
山田は笑いながらも引いていた。
アキトも頭が追いつかない。
するとその前を選挙カーから身を乗り出し、箱乗り状態になって死んだ目で手を振る中本が通り過ぎた。
二人を見つけると中本は泣きながら「助けてー!」と叫ぶ。
が、どうすることもできない。
とりあえず二人は手を振った。
「……どうしようか?」
「なにもできないと思う」
「ですよねー」
二人は恋人繋ぎで手をからませて学校へ歩いた。
世界は一部を除いては日常が続いていた。
二人が学校に行くとジェーンが待っていた。
「オーッス、二人とも! ねえねえ、見て見て昨日の選挙番組! 中本ちゃんの目が泳いでる!」
渡されたノートパソコンを見ると、目がグルグル泳ぎまくった中本が心にもない言葉をひねり出していた。
完全にさらし者だ。
アキトは「哀れな……」と同情せずにいられなかった。
「でも事前人気は中本ちゃんの圧勝だって!」
「嘘だろ……」
中本が埼玉県知事。
もはや笑うしかない。
その証拠にジェーンはすでにゲラゲラ笑っていた。
「ねえねえ、アキト。調べてみる?」
「なにを?」
「世界が滅びるってわめいてる連中。中本ちゃんのためにも」
「まあ……借りはあるな……」
中本は普段から迷惑をかけてる存在である。
中本のためと言われると弱い。
「山田は?」
「アキトがやるならやる!」
「藤巻と飯塚は?」
「二人はやるって。いろいろ揉み消してもらったし」
「上野は?」
「すでにやってもらってる。月の異常と一緒にね」
知事反対派を調べるのは月よりは難しくない。
アキトも軽い気持ちで調べることにした。




