仲間たち
明人は殺風景な部屋で目を覚ました。
横には同じ毛布にくるまって寝ている山田。
明人は一線を越えたことを思い出す。
すると山田が寝言を言う。
「ジェーンがぼくのうまい棒とったー……」
「何その寝言」
明人がツッコむと山田はびくっと震え、目を開けた。
「ふご、熟睡しちゃった……って、朝……?」
するりと毛布が落ちる。
「ぼく裸……おう……」
「おう」
山田はもぞもぞと毛布に入り直す。
顔は真っ赤だった。
「えへへへへへ。ごはんどうする? ジェーンからもらったイギリス軍のレーションあるよ。水溶きオートミール」
ジェーンというだけでもあやしいのに、イギリスである。確実に不味いに違いない。
「ファミレス行こう」
「アイス食べ放題のとこ!」
「……腹壊すなよ」
着替えると二人でファミレスに向かう。
二人とも妙に照れくさく目を合わせられない。
それでも途中で手を握る。
「えへへへへへ♪」
山田は上機嫌になった。
ここで普通に談笑できるようになった。
とりとめのない話をしているとファミレスに到着する。
中に入り案内されて席に着く。
「おーっす! こっちこっち」
見覚えのある人物がいた。
金髪で痩せた背の小さな少女。
ぶかぶかのTシャツには「I LOVE 埼玉」と書かれている。
わざとなのか本気なのかがわからないギリギリのネタに走るその性格。
まさしくジェーンだった。
「な、なぜジェーンが?」
明人の声が裏返った。
「じぇ、ジェーン。あのね、これはね」
山田もワタワタしている。
「いいから座れよ」
二人はジェーンと同席する。
「あのね、ジェーン」
「わかってる。山田メスの顔してるもん」
「め、メス!」
「冗談だって。こういう日が来るとは思ってたんだ」
ジェーンはそう言うとストローでコーラを飲む。
コーラを一口飲むとジェーンは二人に言う。
「なんか頼めば?」
どうしてだろうか。ジェーンはとても冷静である。それが恐ろしい。
明人たちはモーニングセットとドリンクバーを頼む。
するとジェーンは本当に普通の声色で話を始めた。
「さっきも言ったけど、こういう日が来るとは思ってた。私はガキだし、明人は年のわりには落ち着いているし。響子は美人だし、明人と相性いいし」
「ジェーン……」
「明人違うって。自虐とかじゃなくてさ、私は親友と親友がくっついてうれしいわけよ。ほんと、素直にうれしい」
明人が声をかけようとすると、間の悪い料理が運ばれ話は中断する。
「響子。ドリンク持ってきて」
「お、おう」
山田はドリンクコーナーに行く。
するとジェーンはまた話し始める。
「まだ負けてないし。寝取るつもりだし」
「そういうしぶといところは素直に好きだぞ」
「要するに泣き叫んで暴れるには、知能とプライドが高すぎるわけよ。響子と明人がくっついてうれしいってのも本音だけどね。寝取るつもりだし」
「そうか……とりあえず『寝取るつもりだし』にツッコミを入れるべきか?」
「おう、統計的に10代の恋愛が長続きする可能性は低いわけよ。そのころには私も明人が欲情できる年齢になってる。そこでエロ漫画的な展開に持ち込めばあるいは……」
明人は否定しようかと思った。
だがジェーンの言っている事は後半はともかく、前半は一理ある。
自分は山田に愛を誓うことができるだろうか? 欲情と愛の境は?
いずれの問いにも答えが出せるほどの人生経験は前世まで入れても、ない。
「難しく考えんなよ。考えすぎるのは私たちの悪いクセだぞ。人間なんざ所詮動物ですぜ。相棒」
「確かにそうかもな相棒。でも浮気はしねえぞ」
「ちっ、騙されなかったか……」
ジェーンが忌々しいとばかりに言うと、コーラを持ってきた山田がトレイをテーブルに置いた。
「どうしたの?」
「山田、おめでとうだってさ」
「そういうこと」
山田はキョトンとする。
するとぶああッっと目から涙があふれてくる。
「ぼくね、今まで友達いなかったからジェーンに嫌われたらどうしようって。ずっと思ってて……」
「ちょッ、泣くなって! 私が悪かったから。私たちは大親友!」
明人は山田の背中をぽんぽんっと叩く。
山田は「うぐぅ」っとえずく。
「もう、私が悪いみたいじゃん! ちょっとからかっただけなのに!」
ジェーンはむくれた。
だけど顔がほんのり赤い。山田の友だち宣言が少し嬉しかったのだ。
「はいはい。山田。おめでとうさん! 飽きたらアキト貸してね」
「俺はモノ扱いか」
「小さいことは気にすんなって。おっし、おーいみんな。話終わったぞー!」
明人は嫌な予感がした。
工作員として気が抜けていたのかもしれない。
それは自分たちの前の席だった。
そこにいたのは仲間たち。
「あ、ああ。なんかすまん」
藤巻は居心地悪そうにしている。
「ほんと……なんか、ごめん」
飯塚もだ。
「……生々しい話は……嫌いだ」
ぷいっと加納は横を向く。顔はほんのり赤い。なぜか一番ヒロインをしている。
「加納ちゃん。アイドルになるには恋愛経験も必要ですよ?」
しれっと上野は言う。
「アイドルになんかならねえよ!」
「私はジェーンちゃんと同じかな。飽きたら太らせてから貸して」
田中が一番鬼畜である。
「私は伊集院争奪戦には関係ないが、ジェーンも山田も友だちだぞ」
レイラがクールにそう言うとみかんも相乗りする。
「うん。私も山田ちゃんもジェーンちゃんも友だちだよ」
「心の友よー!」
ジェーンはわざとおどける。
「結局みんないたのか」
「まあね。ライアン先生はそこの隅っこでビール飲みながらパフェ食べてる」
10代のノリについて行けなくなった大人が一人。
明人はライアンの席に移る。
「大先生はなんと言ってますか? 予言してたんでしょ?」
「条件は揃った。お前は天使から人になったらしい。不死身でこそなくなったが、完全にこの世界の人間になった。世界を滅ぼす存在から救世主へ。あとは待っていればいい」
「救世主って柄じゃないんですけどね。それで、なにを待つんです?」
「世界の終わりだ。勝てば世界は続きハッピーエンド。負ければみんな死ぬ。どうだ? 面白いだろ?」
「手伝ってくれるんでしょ?」
「ほとんどが俺の責任だ。できる限りのことはする」
「楽しみに待たせてもらいますよ」
明人は笑ってなかった。真顔のままだった。
「明人。山田を大事にしてやれ」
「それは人生経験からの言葉ですか?」
「いいや。ハードボイルドもののヒロインはすぐ殺されちまうからだ」
「不吉なこと言わないでください」
「がははははは。お前なら大丈夫。きっとハッピーエンドにしてくれるよ」
ライアンはビールを呑むと、パフェを喰らう。
悪食だが明人はようやく笑みになった。
席に戻り仲間たちと話をする。
ジェーンは端末でなにかを調べていた。
「どうした?」
「うん、ブラッドムーンが終わらないなあって」
みんな不安なのかもしれない。
終わりが近づいている。だがそれはハッピーエンドとは限らない。
だが明人たちは進むしかない。
明人も山田や仲間たちと迎える未来を欲していた。




