真相2 統合
進藤がプログラムを走らせた瞬間、世界が溶けた。
空間がどろりと粘性の液体になる。
その状態をアキトは知っている。
未来に行ったときと同じだ。
情報だ。世界の情報が水のように氾濫したのだ。
世界が溶ける中、アキトが見たもの。それは三人の三島だった。
三島は発掘者の一人だと進藤は言っていた。
過去に飛ばされ……。つまりどういうことだ?
アキトはキレてしまった山田の後を追いながら考えた。
因果。運命。過去。
山田も発掘者。いやなんらかの能力を持ったものは同じ境遇のはずだ。
では自分は?
社会に拒絶された男ではなかったのか?
いったい自分は誰なんだ?
そして三島はいったい……。
なぜ進藤は山田を嫌うのだ?
どうしてムキになって山田を否定するのだ?
ざざ……ッ。
世界が歪み、ノイズが走る。
考えるな!
アキトは頭を空っぽにする。
走る。走る。走る。
光が見えた。
それは未来で見たタイムマシン。タイムマシンが三つ並んでいる。
それぞれにはアキトの知っている三島。
陵辱された三島。
そして知らない三島。
アキトは突進する。
アキトの足は速く、山田を追い抜く。
進藤が立ちはだかっていた。その手にはマチェット。
進藤がマチェットを振りかぶる。
アキトは両手でベルトに隠した二本のカランビットを抜く。
力の差は歴然だった。
進藤が一つ動くごとに、アキトはその腕に下から二つ斬りつけた。
ぶちりという筋を切断した手応えがアキトに伝わった。
だがアキトは油断しなかった。
片方のカランビットで腕を絡め取りホールドした後、もう片方で喉を狙う。
アキトは人を殺したことはない。何人も半殺しにしたし、ビルから落として背骨をへし折ったこともある。
拳銃で手や足を撃ち抜いたこともある。
だが殺したことはない。
なるべく殺しを避けてきた。
そのときは特別だった。
なにかが起きていた。アキトにすらわからないようなとてつもないなにかが。
行動を最適化する必要があった。
たとえそれが殺人であろうとも時間が欲しかった。
進藤の首に刃先が刺さる。
そのまま切り裂けば無力化することができるだろう。
アキトは容赦しなかった。
だが進藤もまた必死だった。
手が伸びた。進藤は掌でカランビットの刃を受け止める。
刃は手の平を切り裂いた。
アキトはそのままさらに手を奥に伸ばし、そのまま腕で進藤を投げた。
バランスを崩した進藤が後頭部から地面に落ちる。
この時、二つの選択肢がアキトに与えられた。
進藤にトドメを刺すか。それとも三島を助けるか。
アキトは迷わず三島を助けることを選んだ。
世界はノイズだらけになるがそれでもアキトは走った。
頭を打った進藤が起き上がる。
目から血を流しながらもマチェットを握り、アキトを追う。
だがそのときだった。
「ボクはアキトと違う」
山田が刀を抜いた。
ちりんと風鈴のような音がした。
居合。
それはアキトでも見えない速度。
一度、二度、三度。音は一つ。
白刃が進藤の背中を切り裂いた。
山田は血振りで刀についた血液を払う。
「ボクは人を殺したことがある……」
「あははははは! 予定通りだ!」
進藤が叫ぶ。傷は致命傷だった。
山田は走るアキトの背中を見る。
アキトが遠ざかっていく。
山田はそれをアキトとの距離のように感じていた。
そうか。アキトを愛しているのか。これが愛なのか。
遠ざかるアキトの背を見つめながら山田は確信した。
アキトは走った。
三島を助けねば。
だが愛なのだろうか。
自分は三島に恋愛感情を抱いているのだろうか?
最初はそう感じた。だが違う。断じて違う。この感情はいったい。
まるで姉弟のような。
アキトは手を伸ばした。
「三島ああああああああああぁッ!」
「伊集院! ダメだ!」
三島の声が響いた。
「これは私の罪。人生をやり直すことを望んだのは……私。その罪で私の存在は歪み、私は過去の人間になった。だから永遠にあなたたちとは結ばれない。そうじゃないと……」
三島はえずいた。
「あなたの存在が消える」
「どういういことだ三島!」
「私は……いえ私たちは今から過去に戻る。私は……過去の人間。そしてあなたの先祖と結ばれ、あなたが生まれる」
「何を言っているかわからない!」
「記憶を……前世……いえ、もっと前の記憶。私はあの子を亡くす前に戻ることを望んだ……あなたも他の人も反対をした。それでも私は……それが私の罪。そして私は過去で伊集院家の血を受け継ぐ運命を担うことになった。世界が崩壊を迎えたのは……私の存在が分裂したから。存在を取り戻し、統合された存在である私が過去に帰れば、パラドックスは回避され世界の崩壊はなくなる」
「でも君がいなくなる!」
「それでいい。私は……それだけの間違いを犯したのだから。世界の改変だけは絶対にしてはならなかった。矛盾を解消するまで配役の変更が行われ続け、私たちは永遠に近い時を彷徨うことになった。私と進藤はこのループから抜け出す方法を考えてきた。必要なのは私の統合といるべき時間への配置。そして進藤自身の死。そして……」
「もう一つは何だ!」
「いい、伊集院明人。聞いて。世界を滅ぼそうとするものがいる。絶対に阻止して! ライアンと一緒に絶対にやつを止めて」
「誰なんだ!」
「観測隊の隊長……神を名乗る男よ」
次の瞬間、三島の乗ったタイムマシンが眩い輝きを放った。
「さようなら。愛しい人」
タイムマシンからは高い金属音が鳴り響いた。
世界のノイズは増え、アキトのまわりを囲んだ。
山田が駆けつけノイズに斬りかかるが刀は空を斬った。
世界はどんどんと溶けていく。
アキトは情報の海に沈んでいく。
今までの冒険は無駄だったのか?
三島を救うことはできなかったのか?
いったい何のために……。
そのときアキトの脳裏に思い出されたのは、いつのものかわからない記憶。
それは遠い過去、いや、改変される前の世界。
泣いている女がいた。もう顔も思い出せない。
その女を西洋人の女医が慰めていた。
東洋人の黒髪の女はアキトの肩に手を置き、そっと連れ出す。
たしか三島は子を亡くしたと言っていた。
誰の子?
アキト……いや、違う。アキト自身……それも違う。
あの黒髪は山田……。
どういうことだろうか?
アキトはさらに沈んでいく。
そこに猛烈な勢いで近づいてくるものがあった。
山田だ。
山田はアキトの手をつかみ引き上げた。
「伊集院! 伊集院! 伊集院!」
山田は悲痛な声で繰り返す。
「俺は……どこにも行かない……」
アキトはそう言うと山田の顔を見つめる。
山田は顔をくしゃくしゃにしていた。
アキトを心配する仲間の声が聞こえた。
世界はもうすっかり元通りになっていた。
◇
二週間後。
アキトは家にいた。
ようやく見つけた品を鞄に入れ、アキトは山田が借りているマンションへ行く。
山田の個人的なアジトであるが、ほとんど使っていない。
ただ山田とだけ話がしたかった。山田も同じでアジトの場所をアキトに教えた。
部屋に着くと山田はアキトを応接間に通す。
応接間などと言っているが、何もない部屋だ。
山田はコンビニで買ってきたというお茶をアキトに差し出す。
「それで……ボクに話ってなに?」
アキトは実家の倉庫で見つけた写真を渡す。
明治時代くらいの写真であろう。そこには子どもを抱く三島の姿があった。
「どうやら三島は……俺の先祖らしい」
「これで伊集院の存在が確定されたってことかな?」
「タイムパラドックスも回避されたらしい。たぶんな」
「結局、ボクたちは進藤を殺すためだけに呼ばれたのかな? なんの意味があったんだろう?」
進藤の死体は見つからなかった。
だが山田が言うには致命傷らしい。
明人は首を横に振る。
「わからない……」
「ボクはわかるような気がする。最後に好きだった人に別れを告げたかったんじゃないかな?」
「そう……なのかもな」
すると山田はアキトに顔を近づけた。
「どうした?」
「ボクは君を愛してる」
「知ってる」
「キスをしろ」
アキトはそのまま山田の唇を奪った。
驚いたのは山田だ。
いままでこんな積極的なアキトを知らなかった。
アキトは山田の口を解放する。
「俺もお前が好きだ」
「う、うん! ありがとう!」
その日、恋人たちは一夜を共にした。
アキト自身も不思議だった。
今までなぜか心は恋愛に向かなかった。
三島は人格そのものを過去と未来に置いてきた。
それと同じ事がアキトにも起こっていたのかもしれない。
だが今は違う。
アキトは山田に思いを告げたのだ。
それはようやく伊集院明人という人間がこの世界に固定されたということなのかもしれない。
次から最終章です。
詳細なプロットできたらサクサク投稿して年内に終わるといいなあと思っております。




