真相1
明人たちは奥に通される。
そこには人類のものとは違う、巨大な像があった。
どことなくインドっぽい神の像だった。
像には業務用の発電機とコンピュータ端末が接続されている。
「もしSF映画だったら、ナチスの発掘したオーパーツというオチなんだろうな。だがコイツを発掘したのはアメリカと日本だ」
進藤は懐かしそうに目を細めた。
「なんだこれは?」
アキトは進藤を睨み付けた。
こんなくだらないことに関わる時間はない。
「無駄話じゃねえから黙って聞けよ。こいつの発見は偶然だ。溶けた氷の中から即身仏と一緒に日本の観測隊が発見したんだ」
「だからどうした? そんなものになんの意味がある?」
進藤はにやあっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「こんなもの? こいつは誰の手にも渡らないように封印されてたものだ。僧侶たちは絶対に来られないこの地に。片道切符でな」
「今まで不思議なことがあった……。だが封印するほど危険なものはなかったはずだ」
本当に危険だと言えるのは、会長のタイムスリップだろう。
だが戻ってこれるとは限らない。それにジェーンの知能がなければ世界を変えるほどの騒ぎにはならないだろう。
そういう意味では取り扱いを間違えたら危険なのはジェーンだろう。
「あはははは! バカだなお前! お前が見てきたものは、ただの副産物だ。お前らが見てきたもの、その大本ががこいつなんだよ!」
「どういうことだ?」
「こいつは力を与えるものだ。ただし、無制限に。指向性もなく。力の及ぶ範囲で誰にでも平等に。そう、時を操る道具なんだよ!」
「お前の言っている事は矛盾している! そんなものがどうして公にならなかった!」
「あはははははは! そうだよ! そこが問題なんだよ! お前は人生に悔いはないか?」
「今は……ない」
少しの迷いはあったがアキトは答えた。
伊集院明人としては悔いを残さぬように心がけてきた。
多少あるとしても悔いのない人間などいない。
「今はな。違う。前世で、だ」
「悔いのないものなどいない」
「そうだよな? つまりそういうことだ」
そのとき、アキトは理解した。
「……皆……やり直したのか?」
「そういうことだ。全員がやり直した。記憶を散逸しながら輪廻転生を繰り返し、ここに集った。俺も、お前も、だ。つまりだ。俺たちが作っていたエロゲーの記憶。それは何度も繰り返した遠い過去。その記憶だ。あははは、伊集院。お前だけは人生をやり直すのに反対してたな。だから何度も、何度もお前の人生を邪魔してやった! お前が記憶をなくし、壊れるまでな!」
高笑いする進藤。
だがアキトはその姿を見て違和感が沸き起こるのを感じていた。
「お前も記憶をなくしたのか……?」
「ああ、抜け出せない牢獄に囚われたのは俺もだ。あのアホどもが! どいつもこいつもゲーム会社以前の記憶がない! 時を操る能力は人の手に余る。俺は何度も死に、記憶を散らした。だが、ゲームのログに記録することで少しずつ思い出していった。お前をまた殺すためだけに戻ってきた!」
「違うな」
アキトはそう言うと進藤を指さした。
進藤から笑いが消える。
「殺すためじゃない。牢獄から抜け出すためだな?」
「半分当たりだ。俺は時を元に戻す。あ、そうだ伊集院。会社を放火したのは俺だ。記憶を思い出したお前らの記憶を散逸させ、俺だけがお前らを出し抜くためにな。ライアンの野郎は忘れているようだが、アイツだけが気が付いて殺される前に逃げたんだよな。まあ……そのあとで俺が殺して記憶を失ったらしいがな。さあ憎いだろう? 殺せよ」
露骨な罠だ。
殺すことで記憶が消えるとするならば。つまり……。
「最後に生き残った物だけが記憶を継承できる。ということか」
「つまらん。頭のいいやつは嫌いだ」
「三島はなにを知っている?」
そう、アキトの目的は世界より三島を救うことだ。
それだけは変わらない。
「伊集院明人。お前は三島に欲情しなかったな? 愛していても一度も欲情しなかった? 違うか?」
「原作の伊集院明人は……」
「確かなものかもわからない妄想じゃない。今のお前の話をしている。どうだ?」
「そうだ……一度もなかった」
「だがそこの山田浅右衛門。そいつには欲情したことがあるはずだ。違うとは言わせねえ。まわりの女どもはどうだ?」
「……ある。だからどうした?」
「そいつはなあ! お前の本能が拒否してるんだよ! さあ……今から見せてやる」
進藤は装置に近づくと、端末を操作する。
アキトは嫌な予感がした。
もう二度と三島に会えなくなるような気がした。
アキトは走る。
「残念だったな」
次の瞬間、上からガラスの隔壁が降りてくる。
「そいつは防弾ガラスだ。まあお前は防弾ガラスを殴り壊したらしいが……時間を稼ぐには充分だ」
進藤の声がスピーカーから響く。
アキトはガラスを殴る。
ドンッ! 一撃でヒビが入る。
もう一度殴る。ドンッ!
ヒビは入るがコーティングされたフィルムのせいで破ることはできない。
それでもアキトは殴り続ける。
「原始人か……勝手にやってろ。おい、そこにコクーンが見えるな」
「繭……?」
「そいつに三島を乗せる。そう……三人ともな。お前に教えてやる。こいつは三島のためだ。邪魔だけはするな」
「どういうことだ!?」
「俺たちが散らしたのは記憶だけじゃない。魂をも散らした。特に過去の世界に飛ばされた人間にはな」
「過去……?」
「伊集院明人。お前は気が付かなかったか? お前の目つきの悪さ。誰かに似ていると」
アキトにも事態が飲み込めてきた。
つまり三島は……。
「俺たちの中には過去に飛ばされたものもいる。それが三島だ。三島の魂は分散され世界に散らばった。俺たちの魂、そして情報、過去との矛盾。何度も繰り返される世界のリセットと転生。そいつが世界崩壊の原因だ……俺は三島を解放し、世界を元通りにする」
「転生を繰り返したのは誰だ! お前なのか!」
「違う……だが、三島のシナリオを書いたのは俺だ。そう、全てはお前への嫌がらせだ。お前はゲームの世界の伊集院明人ではなかったんだよ! ああ、そうだ。山田浅右衛門。お前もだ」
山田は何を言われているかわからないという表情だった。
「お前の正体は記憶を全て失った俺たちの仲間だ。記憶を全て失えば解放される。条件は複雑だがな。そこの雌豚はそれを成し遂げた。立派だよ! お前だけは綺麗でいられてさ」
山田は考え込む。
考えて考えて考えた。
だが何も出てこない。
だから……刀を抜いた。
「ふんがー!」
山の刀は防弾ガラスをまるでバターのように易々と切り裂いた。
「なにを言ってるかわからん! 伊集院! とりあえず一発殴るぞ!」
ぷんすかと怒る山田。
それを見て明人も拳を握る。
「もう遅い!」
進藤はプログラムを走らせた。




