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モノリス

 南極近くのアムンゼン・スコット基地。

 アメリカ合衆国の施設である。

 1999年から新施設の建設工事が進められ、2003年に完成。

 夏ですらマイナス30℃というあまりの寒さにジェット燃料で発電をするという、目的のためになら物量作戦を辞さないアメリカらしさを象徴する基地である。

 夏場は民間にも開放されており、滞在費用は一週間で約500万円である。

 この基地から約200人ほどが常時滞在している。

 そこからさらに南極点近く。

 大統領であるダンすら知らない施設が存在していた。

 アメリカの国旗、それに鷹をあしらった紋章。

 CIAの紋章である。

 学者、軍人、技術者。

 捕らわれた彼らはその施設に集められていた。

 ライフルを持った男がゴーグルと目出し帽を取る。

 それは進藤だった。

 進藤は学者たちの前に出ると説明をはじめた。


「エシュロンやPRISMといった監視システムを告発した元CIA職員がいただろう? 彼は宇宙人やらの告発もしている」


 バカバカしい。

 誰もがそう思った。

 よくある陰謀説だ。

 ほとんどの人は宇宙人の存在を否定しない。

 宇宙は広い。

 いるに違いない。

 だが、オカルト番組に出てくる宇宙人は存在しないだろう。

 進んだ文明を持った宇宙人が地球に来るメリットなど存在しないからだ。

 高い教養を持つ学者たちはクスクスとバカにしたように笑う。

 だが進藤は気にせずもっと荒唐無稽な話を始めた。


「彼は地底人の話もしていた。なんと、我々の科学力を上回った存在だそうだ!」


 たまらず一人が笑い出した。

 その笑いには、こんなバカな理由で拉致されたのかという自虐もこもっていた。

 進藤はニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべていた。


「だが、そいつは専門外の報告書を読んで勘違いした結果だ。2001年、アメリカ同時多発テロ事件の最中にそれは起こった。この基地が廃棄された原因だ」


 進藤が手をあげるとライトが点灯した。

 ライトが照らし出すのは氷の地面に突き刺さる巨大な石版だった。


「これは忘れられた最初のモノリスだ。地底人? バカバカしい。諸君らも知っているだろう。あの事件のあと各国はキリスト教原理主義が力を持った。アメリカの政権は公立小学校にモーセの十戒のステッカーを置き、他の国もスカーフを着用を許すか否かなんてどうでもいいことを真面目に議論していた。ローマまで認めている進化論にも未だに懐疑的だ」


 誰かがゴクリと息を呑む音が響いた。


「その中でアメリカはこいつを隠すことにした。時期的に都合が悪かったというわけだ。我々はこれを肯定も否定もしない。諸君らに調べて欲しいだけだ。命も金も食料も保証しよう」


 学者たちはざわついた。

 モノリス。

 その本物がそこにはあった。

 調べることができる。

 知的好奇心を満たすことができる。

 同時に学者たちは理解していた。

 用済みになったら自分たちはどうなるのか?

 殺されてしまうかもしれない。

 だが、少なくともいきなり殺されるわけではない。

 そのことだけは確定していた。



 水に漂う自分がいた。

 水面に体を預け、ただ漂う。

 田中はなにも考えずにただ浮かんでいた。

 だが田中は知っていた。

 水だと思っているものは情報。

 人は情報の上に浮いたちっぽけな存在なのだと。

 だが同時に情報は知的生命体である人間、主観的には自分自身がそこにあることを認識せねば無と同じものであると。

 構造体の水面(みなも)

 そこにはすべてが存在し、同時にそれはすべて無であった。

 すでに田中は理解していた。

 大事なのは己の主観。

 田中は情報の水に潜る。

 再び水面に上がってきた田中の手には一冊の本が握られていた。

 水は世界を構成する情報。

 本はアクセスした情報。

 それを田中は物体に当てはめて理解したのだ。

 田中の意識はまだ覚醒していない。

 そう、田中の跳躍の本質は世界を構成する情報へのアクセス。

 山田の未来視、ジェーンの書き記した構造体。

 それと同じものだ。

 田中は本を開いた。


 その瞬間、田中は目覚めた。


 課題を一日で終わらせた時のように頭が痛い。

 疲れがとれないのは頭を使いすぎたせいだ。

 田中は最近の体の異常について思いをはせた。

 能力は強くなっている。

 これは脳が空間を跳躍するための複雑な計算処理に馴れたせいだろう。

 そのせいか関数やら幾何やらの問題を解くのが早くなっている。

 専用の回路が脳内にできたのだろう。

 まるで自分がコンピューターになったかのようだ。

 まさか全国模試で軽く流すつもりだった数学だけが上位50位に入るとは思わなかった。

 このまま行けば次は1位も目指せるだろう。

 今から進路を理系に変更しようかと本気で悩むほどだ。


 このように自分は努力をしている。

 田中は憤慨した。

 学業も伊集院明人の作戦においてもだ。

 かなりの犠牲も払っている。

 得に数学の不自然な伸びはかなりショックだった。

 だが圧倒的に報われていない。

 気のせいか、最近はどこで○ドア扱いされているような気がする。

 これは明人に2キロは太ってもらわないと割に合わない。

 そう言えば赤羽にはお好み焼き食べ放題が数件あるらしい。

 粉物は太る。

 素晴らしいフードだ。

 みんなで一緒に行けば企みを気づかれることはないはずだ。

 田中はニヤリと笑った。



 ジェーンのマシンに警報が鳴った。


「あん? サーバーがオンライン? どこのサーバーよ?」


 IDはアメリカの政府機関だ。

 ジェーンは中央情報局、CIAのIDでそのサーバーにログインする。

 ジェーンはデータベースを丸ごとコピーすると中を解析する。

 画像に文書、メールの履歴がある。

 メールは暗号化されているが、未来の暗号解析技術ですべて暗号を解除する。

 データベースにあるものと、メールに添付される画像は同じ物だった。

 それは無機質で巨大な石版。

 正確には材質は不明なので石版とは言えないかもしれない。

 そしてモノリスの表面にある謎の文様の記録。

 ジェーンはそれを見ながら思った。


 これデータじゃね?


 ジェーンだけはその文様の規則性を一発で見抜いたのだ。


 あ、そうか!

 アイツらの目的はこれか!


 結論に達すると、ジェーンはタブレットを持って走った。

 もう明人たちは作業から解放されているだろう。

 次の作戦の開始なのだ。


「敵の居場所がわかったわ」


 ジェーンが10インチタブレット片手に言った。

 都合がいいことに明人たちは食堂に集まっていたのだ。


「約半日前にサーバーがオンラインになったわ。場所は南極点近く」


「アムンゼン・スコット基地か?」


 明人が聞いた。


「違うみたい。CIAが確保してた基地? なんか情報が消されてるんだよねー。んで、あきらめの悪いジェーンちゃんは、何代か前の大統領が消した情報を復元したというわけ。最初に発見されたモノリスがあるみたいよ……正確に言うと上位もしくは進んだ生命体がいることが許せなかった連中がなかったことにしたモノリスかな」


「……ほう。でもなんで進藤はモノリスに拘るんだ?」


「さあ? 行ってみないことにはわからないかなあ」


 明人は頷いた。


「今度は私も行きますわ!」


 今度は田中も合流した。

 顔色はすっかり良くなっていた。


「私もわかりましたわ。敵の狙いはアカシックレコードですわ!」


 田中は腰に手を当て「おーほっほっほ」と言わんばかりに胸を張る。


「はい?」


 全員が話しについて行けず置いて行かれる。

 全員の眉毛がへの字になり、目が点になっているのを見て田中は少しだけ焦る。


「いやだから! 進藤の目的は時間そのものなんですって!」


 身振り手振りを加えながら田中は一生懸命説明する。

 そこには全国50位の威厳は全くない。

 普通の少女がそこにはいた。

 明人たちは今はまだわかっていなかった。

 田中の言っていることこそ真実なのだと。

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