表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/136

レイラの大暴走

「ここはどこだ」


 目を覚ますと男は部屋の中にいた。

 重力がかかり全身が痛い。

 顔に血が集まりぱんぱんになっている。

 男はそこでようやく自分が逆さ吊りにされているのだと理解した。

 身をよじると体が揺れる。

 ホラー映画であれば殺人鬼に捕らわれたようなシチュエーションだろう。

 男は「そんなばかな」と首をふった。

 伊集院明人の捕獲。

 それが男の任務だった。

 男の属する組織では伊集院明人を巡って意見が対立し組織は二分してしまった。

 ファティマの予言。

 1917年、ポルトガルの小さな村ファティマで三人の少女の前に聖母マリアが出現した事件が発端である。

 聖母マリアは少女たちに毎月同じ時刻に同じ場所に出現することを約束したと言われる。

 その出現は6回に及び、その中で聖母マリアは少女たちに予言を託した。

 それがファティマの予言である。

 まず最初に地獄の実在が宣言された。

 第一、第二の予言は第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発である。

 そして教皇が恐れ隠し続けた第三の予言は2000年に公開された。

 教皇の暗殺事件を預言するものだった。

 と、表向きには公表された。


 実際、公表されたものは非常に短く、世界大戦と比べたらたいした内容ではない。

 ローマには優秀な人物が多い。

 代わりなどいくらでもいるのだ。

 だが、予言には公開されていない続きがあったのだ。

 その内容は当時の法王が恐れるのも無理はなかった。

 まず神は存在しないことが宣言された。

 聖母マリアはこの世界のシステムとして警告を発するものだったのだ。


 そしてそのシステムからの警告はこのようなものだった。


 この世界はすべて偽りである。

 すべての人間は魂を有しておらず、ただの人形にしかすぎない。

 そしてこの世界は他の平行世界に飲み込まれて崩壊する。

 魂を持たない全人類は消滅する。

 罰も赦しも救いもなくただ消え去るのだ。

 地獄は実在する。

 だがそれはこの世界の住民とは関係ない。

 すべての人間は偽りの存在なのだから。


 明確な滅びが預言され、法王庁はその分析を急いだ。

 そして彼らは外れたとされたノストラダムスの予言に行き当たった。

 と言っても数多くある資料の一つにしかすぎない。

 記述も意味不明。

 内容の方も当時出回っていた教会批判の文書の焼き直しというお粗末なものである。

 文章もLSDを服用したロックスターの書いたサイケデリックな詩のようなものだ。

 意味不明で遠回し、どうにでも解釈できる。

 だが現在では恐怖の大王は伊集院明人であると信じている人間は多い。

 たとえそれが間違っている証拠があったとしても、人間は自分の信じたいものを信じてしまうということだろう。

 そして彼を排除することが正しいと主張するものと、彼が世界を救うと主張するもので争いになっている。

 男はある国の彼を排除せよという派閥の下っ端であった。


 実際の所、伊集院明人を排除すべきかはわからない。

 ただの高校生が鍵を握る。

 それを頭から信じる方がおかしいだろう。

 そうとは理解していても命令は絶対だ。

 それが組織なのだ。


 男は前をよく見る。

 なにが刃物があれば縛っているロープを切ることができるだろう。

 そうでなくともガラスや陶器の破片でもいい。

 とにかくこの状態から脱するのだ。


 男は辺りを見回し、神経を集中し五感を研ぎ澄ませる。

 こつ、こつ、こつ、こつ、こつ。

 靴の音がする。

 体重が軽い。

 女だろう。


 しゅらん。


 金属をこする音が響く。

 男は女の方を見た。

 痩せ型の体型で銀髪を短く刈った女がゆっくりと歩いてきていた。

 手にはカミソリを持っていた。

 軽くホラー名姿だがレイラである。


「ふむ、これは難しい素材だな」


 女、レイラはそう言うと革ベルトでカミソリを研ぐ。


「な、なにをするんだ?」


 男は思わず問いただした。


「生まれ変わりたいと思ったことはないかね?」


 レイラはにっこりと微笑んだ。

 その笑みはまるで聖女のようであった。


「な、なんの話だ……どんな拷問を受けようとも俺は口を割らないぞ!」


 実際、男はそのつもりだった。

 痛みに耐える訓練は受けている。

 そんじょそこらの拷問では口を割らない自信があった。

 確かに麻薬漬けにされたら喋ってしまうかもしれない。

 だがそれまでの時間は稼げるはずだ。

 それに目の前の少女がそのような非道の手段を用いるようには見えなかったのだ。

 本当のところはレイラは優秀な工作員の卵である。

 拷問は得意だし、薬剤を扱う訓練も受けている。

 殺さないようにナイフで傷つけ続ける手段も学習しているし、どこの骨を折れば痛みを強く感じるかも知っている。

 コンセントがあれば即興で電気椅子を作り出すこともできるのだ。

 だが男はなぜかレイラを聖女のようだと勘違いをしたのだ。

 その時、別の足音が男の耳に聞こえてきた。

 やはり女だ。

 だが目の前の少女は違う。

 かすかに靴を引きずる音がする。

 おそらく無意識にすり足をしてしまう程の使い手だろう。


「ねえねえレイラ。呼んだ?」


 現れたのは日本人の可憐な少女だ。

 普通の男なら劣情を抱くようなやたら壮絶な、色っぽいとしか言えないようなボディラインをしている。

 さぞモテるに違いない少女が部屋に入って来た。

 こちらは山田である。


「ああ。見覚えはないか? 東洋人だ」


 男の外見は東洋人。

 それも極東のごく一部にいる人種に見える。

 具体的には中国人や日本である。


「おっちゃん公安の人?」


 男は押し黙った。

 答える必要はない。

 だがそれを見て銀髪の少女は微笑んだ。


「なあに無理に答える必要はない。山田、手足を縛ってから抑えつけてくれないか。抵抗されると手元が狂う・・・・・。報酬は食べ放題90分でどうだ」


「らじゃりました!」


 なにをされるのだろう。

 男は背中に冷たいものが走った。

 銀髪の少女、レイラの目が尋常ではない輝きを放っていたのだ。


「日頃から思っていた。私の腕はどこまで通用するのだろうかと……」


「どういう意味だ」


 男は焦って実をよじって抵抗する。

 手を振り回し暴れる。

 だが抵抗は無駄に終わる。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべた山田は男を一瞬で拘束する。


「ふふふ。美少年加納を美しくするのに腕はいらない。このねじれたキャンパスを攻略してこそ私の腕を示すチャンスだとは思わないかね」


 なにを言っているかわからない。

 だが男はレイラから尋常ではない殺気を感じていた。


「……や、やめろ! 離せ!」


 レイラは男のアゴにシェービングローションを塗り、持っていたカミソリを振るう。

 じょりじょりじょり。

 それは地味な作業だった。

 ヒゲ、すね毛、胸毛。

 レイラはむだ毛を剃っていく。


「ふふふ。さあ、美しくしてやろう! ふははは! ふははははははは!」


 『美しく』と言ってはいるが男は別に醜男ではない。

 美中年の部類に入るだろう。

 だがそれではレイラは納得しなかったのだ。

 レイラは毛を剃ると化粧道具を取り出した。

 もう誰もレイラを止めることはできない。

 なぜか男はそんなレイラに恐怖を感じた。

 拷問だとか薬漬けとかではない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのだ。


「い、言う! 俺は甲賀組の……」


「だからなんだと言うのかね? 君は美しくなるのだ!」


 レイラのその目は完全に常軌を逸していた。

 もちろん目的など忘却の彼方である。


「さあ、メイクをしたらウィッグを選ぶんだ。服は……制服はやめておこう……もっとアダルティなものがいいだろう。ドレスなんかどうだろう? ふふふ、ふはははははは!」


「や、やめろおおおおお! 言う! 言うから!」


 天井から吊された蓑虫が実をよじる。


「山田! 服を……斬ってしまえ!」


「にゃははははははは!」


 山田は男の着ていた服をなます斬りにしていく。

 途中、防刃繊維があったが、10年後の技術で作られた刀はそれをスパスパと切り裂いていく。


「ぎやああああああああああああッ!」


 あっという間に男はトランクス一丁になった。

 レイラの手がゆっくりと男に迫った。



「は! 私はなにを! うう頭が……」


 本体よりもレンズが大きいカメラを抱えたレイラが正気に帰った。

 この任務のために買った高級機種である。

 なぜか頭が痛い。

 あたりには美しい姿に改造されたオッサンたちが転がっていた。

 もちろんカメラのメモリーは残り少なくなっている。

 中の写真のほとんどが美しくなったオッサンたちの姿である。

 レイラの脳内になぜか彼らのバックグラウンドの詳細が入っていた。


「……まあ、情報も得たし任務達成だな」


 えっへんとレイラは胸を張った。


「それにしても……ずいぶん前から敵は用意していたということか……」


 それまでの暴虐を誤魔化すかのようにレイラは独り言を言った。

 必死に体裁を整える中、レイラはある考えに辿り着ついた。


「……これらがすべて陰謀だとしたら。南極行き自体が仕組まれていたとしたら」


 敵は日本という国家の内部にまで手を伸ばしていたのだ。

 いや違う。

 比較的、宗教の影響下にない国家の内部に巣くっていたのだ。

 だとしたら影響下にある国は……

 いやいつから彼らはいたのだ。

 レイラは一人真剣なふりをしていた。

 体裁を整えることや世間体で頭の中がいっぱいいっぱいだったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
シリアスの合間に挟まるくだらなすぎるコメディが最高
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ