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合流

 明人たちは南極から拠点に戻ってきていた。


「山田ちゃん。これください」


 上野が山田のチョコレートバーを強奪する。


「あ、ボクの非常食!」


 山田が文句を言った。

 緊張感というものがない。


「栄養が切れました。食べないと死んじゃます……」


「うーん……しかたない。じゃあ、帰ったら食べ放題行こう。伊集院のおごりで」


「ちょっと待てーい!」


 明人が思わずツッコミを入れる。

 傍若無人に振る舞うワンコには、ちゃんと言うべき事は言っておく必要がある。


「なぜ上野がチョコバーを強奪すると俺がおごる事になるんだ!?」


「それはね……バレたのです……」


「なにが」


「買い食いが……うちの連中に……」


 確かに駄菓子の単価は安い。

 だが山田の消費量は膨大である。

 市内の問屋で買うことによって抑えていたとしてもそれなりの金額になる。

 そこに焼き肉やら寿司やらもんじゃ焼きやらの価格が上乗せされるのである。

 とうとう肥満を危惧した山田一門の連中に通帳とカードを取り上げられてしまったのである。


「一ヶ月2000円とか……死ねというのか……」


 2000円を全てう●い棒に使うのが山田である。


「もしかしておごっておごってというのは……」


「ボク……金……ないの……」


 お金はあっても自由にならない山田に対して、明人はお金は自由になる。

 ただ本人が倹約家というだけである。


「私は検査のたびにお金が振り込まれますよ」


 えっへんと上野が胸を張った。

 強化人間なので上野を研究したいという申し込みは多い。

 そこに非人道的な実験はしないという確約と法外な価格をつけたのだ。

 保護者が交渉上手だと金には困らない。


「う、うらやましい……」


「伊集院におごってもらえばいいのです!」


「っちょ上野!」


「意外に喜んでいるのです。男なんてそんなものです」


 悪女がいる。

 明人は思った。


「伊集院」


 無駄な美少女顔で山田が明人を見る。


「……おごらないぞ」


「ふにゃああああああああん」


 山田が情けない声を出す。


「す、少しだけだぞ……赤羽の1000円食べ放題のもんじゃだぞ!」


「ふみゃーん♪」


 あとでカツアゲされる。

 明人が覚悟した。

 次の瞬間、拠点のドアが開き冷たい風と雪が吹き込んでくる。


「んじゃアタシにはなにくれる?」


 それと同時に小さなサンタが入ってくる。


「やっほー♪ 来ちゃった♪」


「……」


 明人は口を開けたまま固まる。

 いるはずがない。

 ありえないのだ。


「来たよー♪」


 そのサンタはこれでもかというほど厚着したジェーンだった。


「暑いところにいたからよー。寒くって寒くって……」


 明人他、その場にいた全員が無言でジェーンを見ていた。


「なによ?」


「ジェーン……財団はどうした?」


「仕事は終わったよ?」


「……いやそうじゃなくて安全圏でバックアップをだな」


「あのね、相手はレールガンまで持ち出したんでしょ。このままじゃ死人が出るよ。大丈夫。財団の科学力を結集したアイテムをパクッ……じゃなくてみんなに持ってきたよ」


 不穏な発言である。


「えっと、財団の金庫は車パクるより楽……じゃなくて、セキュリティは内部から壊すに限る……じゃなくて、生け贄は用意したからバレない……じゃなくて、みんなが力を合わせてサポートをしてくれたの!」


 無断で持ってきたに違いない。


「軍の命令書も新しいアルゴリズムで自由自在に……じゃなくてパパの命令書で一発よ」


 明らかに犯罪である。


「最高刑はどのくらいだ……」


「明人たちがアメリカの敵で国家反逆罪が適用されたら死刑よ。産業スパイ罪だったら15年以下の禁錮と50万ドル以下の罰金かな? あと明人と私は書類上軍に籍もあるから軍事裁判だったら死刑はないかなあ……50年死刑判決出てないし」


「……なぜ詳しい」


「最初に逮捕されたときに産業スパイ罪で脅されたから。全部調べたの! バックになにかの組織がいると思ったんだろうねえ。私は常に単独犯だけどね」


 相変わらずジェーンの過去は迫力がある。


「あとは自動車窃盗に捜査官への重暴行……逃げるときにFBIをうっかり車で跳ねて焦ってハンドル操作誤って教会に突っ込んだのね。あとクレジットカード詐欺に……欲張りすぎはダメよね。全部司法取引でチャラだけどね!」


 当時10歳の少女の無軌道な犯行である。


「藤巻さん……ジェーンには絶対ハンドルを握らせないでくれ」


「おう」


「な、ひでえ! 寄ってたかってパパと同じこと言いやがって! つかアキト。あんたもバイク泥棒得意でしょうが!」


「ど、ど、ど、泥棒ちゃうわ!」


 バイク窃盗と無免許運転は明人の得技である。


「ジェーン! ボクのお菓子! お菓子持ってきた!」


 山田がピョコピョコと跳ねる。


「もちろん! まずはこのサルミアッキ!」


 ジェーンが缶を投げる。


「わおーん!」


 山田が缶をダイビングキャッチ。


「あ! 私もください!」


 上野も山田のおこぼれを狙う。

 その時、明人は考えていた。

 ジェーンの行動には必ずオチがあるはずだ。

 サルミアッキ。

 サルミアッキ……


「よっし、他にもドロップ菓子はあるよー」


「うわーい♪」


 山田は缶を開ける。

 中には黒い色の飴が入っていた。


「うわーい♪ 黒砂糖飴♪」


「ん?」


 ドロップ菓子。

 サルミアッキ。

 黒い飴。

 明人の頭の中でそれらがつながる。


「ダメだ山田! それはリコリス菓子だ!」


 明人の制止も聞かず山田と上野は中の黒い飴を口の中に放り込む。


「きゃいーん!」


「うぐおああああああああ!」


 悲鳴。


「お前ら……それはサロ●パス味だ……」


 サルミアッキ。

 別名、世界一まずい飴。

 リコリス、つまり漢方薬の甘草を使った菓子である。

 日本でも駄菓子に甘草を隠し味に使ったものはあるが、サ●ンパス味の物はない。


「ごめーん♪ べ、別に置いて行かれたことを恨んだんじゃないんだからね!」


 ただの本音の垂れ流しである。


「気がすんだか? 他にも持ってきてるんだろ? 素直にあげなさい」


「はーい明人先生。駄菓子持ってきたぜ!」


 ジェーンが持ってきたサンタクロースが持っているような袋の中にはお菓子などの食料が大量に詰め込まれていた。


「ほーれほーれ!」


 まるで下品な悪代官のようにジェーンはお菓子を投げる。

 山田と上野がお菓子に群がる。

 ジェーンは気が利く。

 悪ノリして小ネタを挟むが、ちゃんと欲しいものを持ってきてくれるのだ。


「わおーん!(親分どこまでもついていきやす!)」


「ジェーンちゃん。さすがお金持ちです!」


 金額ベースなら二人に搾取された一番の被害者は明人のはずだ。

 もう二人には絶対おごってやんねえ。

 明人はもう何度目になるかわからない決意を固めた。


「それで、ジェーンが来た理由は?」


「いやだからサポートに」


 適当なことを言うジェーンに明人は笑顔で圧力をかける。

 ジェーンにはこれが一番効果があるのだ。


「……」


 ニコニコ。


「あー……わかったよ。どこかのバカが南極海で大爆発を起こした。空母沈めたりとかな」


 明人たちのことである。


「それでよ。事故の直後に晴れたんだよ。それで監視してた衛星が南極点で写真を撮ったわけよ」


 ジェーンはタブレット端末を取り出し、写真を表示させる。


「これが拡大写真」


 明人は写真を手に取る。

 そこに写っていたのは四角い構造体だった。

 それはまるで……


「……これマジか?」


「だよねえ。そう思うよねえ。SFの世界へようこそ」


 その構造物はいわゆるモノリス。

 謎の巨大石版である。

 2001年宇宙の旅シリーズをはじめとしてありとあらゆるSFに登場する物体である。

 一般的には石碑や記念碑のことを指す。


「まあ、SFの世界のものとは限らないけどね。日本ではモノリス大明神って言うんだっけ?」


 モノリス大明神とは、かつてSF大会でモノリスのモニュメントにいつの間にか賽銭箱が設置され、しめ縄まで設置、ちょっとした神社状態になった事件である。


「日本人ってノリがいいよねえ」


「まあ、そういうところはあるな。それでこれはなんだ?」


「わからない。……でも敵の目的はこれだと思う」


「宇宙人……なのか?」


「それかSFマニアのアホかも」


 ジェーンは現実主義者だ。

 当然、そういう答えが出るだろう。


「つうわけでちょっとクソ寒くて軽く死ねるハイキングに行こうか?」


「えー……」


 上野が渋い顔をした。


「私一人だったらカロリーさえ摂取できれば死にませんけど、他のみんなの命は保証できませんよ」


「でもこちらにはテレポートできるチームがいる」


 全員の視線が田中に集まる。


「え、私?」


 突如話を振られた田中が変な声を出した。

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