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 船体が斜めに傾いていく。

 不意を突かれた全員が転がり落ちたり必死になってつかまったりしていた。

 全員が分断されてしまったのだ。

 その中で一番非力な加納が転がり落ちて行った。

 もはや意識を失った加納の体力では自分の体を支えることができなかったのだ。

 このままではフォークリフトのように海へ落ちていくだろう。

 そんな加納の体を支える腕があった。


「やるじゃん。見直したよ」


 飯塚はそう言って微笑んだ。

 グラップリングフックガン。

 飯塚はアクション映画でスパイが壁を昇るあの道具で加納の方へ飛び、彼の体を受け止めたのだ。


「ホントは女の子の方がいいんだけどね……」


 飯塚はそう言って笑う。

 それは明人覚醒からお笑いキャラに成り果てた主役の心の叫びだった。


「加納くんを回収した。帰還するよ!」


 ここまでは順調だった。

 だがその時全員が忘れていた。

 爆発がつきものの男がいるのにまだ派手な爆発が起こっていないのだ。


「……あん?」


 飯塚が変な声を出した。

 爆発したレールガン、その根元から妙な音がしている。


 しゅるるるるるるる。

 レールガン砲台があったその根元から蒼い光がほとばしっていた。


「え? っちょ!」


 飯塚はワイヤーを手に取り、それを命綱にしながら加納を抱えたまま斜めになった船を駆ける。


「待て待て待て待て!」


 ワイヤーを切断し、新たなフックを射出し、甲板を移動していき平らな場所を見つけそこに着地する。


「ふう……」


 飯塚は一息つく。

 あとは脱出だけだ。

 大丈夫だ。

 今回は爆発させるつもりはない。

 これ以上爆弾魔のイメージがついたらマズイ。

 今回は自分は悪くないのだ!


 飯塚の思惑通り、蒼い光が出てはいるが、即座に爆発する気配はない。

 なんとかなった。

 あとは仲間を回収して逃げるだけだと思ったその時だった。


「うーんやっぱり沈むのかあ」


 飯塚が声の主の方を見ると山田が立っていた。

 音も気配もない。

 やはり彼女も化け物なのだ。


「山田さん……どういうことなのかな?」


「うん。なんか沈んだビジョンが見えたけど、お腹減ったし、美味しいものないし、寒いから帰りたいし、人質もいないみたいだし沈めちゃえーって」


 酷い女である。

 外道がいる。

 飯塚は思った。


「山田さんみんなは?」


「うん。加納と上野がはぐれたから探してる」


「敵は?」


「冬の南極海にどぼん」


 考えるのはよそう。

 飯塚は思った。


「あれ?」


 山田の間の抜けた声とともに突如として船全体が揺れた。


「光が強くなっていく……」


 光がどんどん強くなる。

 飯塚は背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じた。

 これは爆発だ。

 どう考えても爆発する。


「だ、だめだ……爆発する……」


「かもー?」


 山田が無責任にもつぶやいた。



 一方、明人は非常にまずい状態に陥っていた。

 爆発で揺れた時にレイラが船から滑り落ちそうになっていた。

 なんとか落下する前に服をつかんだのだが、足場が悪く力をこめられない。

 レイラの方もブリザードで船体に雪が貼り付いたせいか、足が滑ってよじ登れないでいた。


「い、伊集院……わ、私はダメなようだ」


「あきらめるな! お前がいなかったら上野もジェーンも悲しむ!」


「い、伊集院……」


「藤巻もだ!」


「く、だが……無理だ! 私を置いていくんだ!」


「置いてなんかいけるか!」


「……伊集院。もし私が死んだら……本棚の奥の本と創作と書かれたノートとノートPCのデータを削除してくれ」


 レイラが少し、いやかなりジェーンに毒されているのは知っていた。

 加納の女装などに手を貸していることも。

 そしてコスプレの資料集めでアニメに手を出して最近では脳内妄想をノートやPCに書きためだしたことも……

 オタクの気がある明人もこれは人ごとではない。


「や、やめろ! 死亡フラグを立てるな! 生きて帰るんだ!」


「あとPCのブックマークとテキストファイルもジェーンに見られる前に消しておいてくれ……あそこには国家機密レベルの情報が……」


 この場合の国家機密レベルとは『人に見られたら死ぬしかない黒歴史』という意味である。


「じ、自分でやるんだ!」


「ふふふふふ……シベリアの冬は……」


 死んだ後発見される黒歴史物件の行く末に恐怖したレイラは幻覚を見ている。

 明人は死なせてたまるかと手を引っ張った。

 だが手袋をつけて掴んでいるためか、だんだんとレイラの手がずり落ちていく。

 明人は焦る。


「く、くそ!」


「なにやってるんですか?」


「れ、レイラがんばれー!!!」


「あのー?」


「レイラもっと力を入れろ!」


「ねえってば!」


 明人が横を見るとそこには上野がいた。


「……」


 一瞬の間、


「ごほん」


 明人のわざとらしい咳。

 そして再起動。


「レイラが落ちた。助けてくれ!」


「はーい」


 上野はやる気のない返事をするとレイラの服をつかむ。

 幸い二人でならどうにかレイラを救出することができた。

 上野は小さな体のわりに力があるのだ。

 レイラは力尽きたのかぺたんと座り込んだ。


「い、伊集院……」


「なんだ……」


「あのな……今……聞いたことは内密に……」


「なんのことだ?」


「いやなんでもない……ありがとう」


「あの……レイラお姉様」


「うん? なんだい?」


「みんな知ってますよ」


「え?」


 バレていない。

 そう思っていたのはレイラだけである。

 みんな知っていたのだ。


「ぬああああああああああああああ!」


 全てが筒抜けだったレイラの悲鳴が(とどろ)く。

 そんな間抜けなやりとりをする二人へ焦った声が聞こえてきた。


「あ、明人くん! や、や、ヤバい!」


 ブリザードの先に飯塚が見えた。

 加納を背負って走ってきている。

 その後ろからは蒼く強い光がブリザードの中からもはっきりと見えた。


「これが目的だったんだ! この空母を暴走させてアタッカー全員を一度に葬るつもりだったんだ!」


 なぜ飯塚がいると全てが爆発するのだろうか?

 明人はあまりの理不尽に渋い顔をした。


「会長を呼ぶ! あとはライアン先生だけだ!」


「いるぜ!」


 ライアンがブリザードの中から現れた。


「中には誰もいなかった」


「せ、先生……こんな中でそこまでやったんですか!」


 明人は尊敬の眼差しでライアンを見る。

 やはり先生は偉大だったのだ。


「さっさと帰るぞ!」


 明人たちは走る。

 光が巨大な空母を飲み込んでいく。

 それは異世界に渡ったときの光ではない。

 純粋な破壊の光だった。

 そして突然、明人たちの目の前に田中が現れた。


「逃げますわ!」


 全員が田中の手を取り空間を跳躍する。

 ワームホールに入る寸前、明人たちは船と氷山が光に飲み込まれていくのを目撃した。

 蔡はどうなったのだろう。

 それを考えている余裕は明人たちにはなかった。



 撃沈。

 非常に素晴らしい戦果だった。

 だが明人は理解していた。

 これは体のいい口封じだ。

 蔡は明人への敗北のせいか、ポンコツになっていたに違いない。

 おそらく力も失ったのだろう。

 だとすれば力もなく、国際手配をされている犯罪者にすぎない。

 財産を切り分けたら後は処分するだけ。

 そして在庫一斉セールがあの空母だったのだ。

 そしてまだ誰の遺体も上がっていない。

 敵の真意もわからない。

 拉致された人たちの手がかりもなかった。


 日本ではジェーンたちの財団が沈んだ船から回収したハードディスクを解析していた。

 未来から持ち帰った検索システムが有効活用されているらしい。

 だがそれでも成果は期待できないのだ。


 そんなどん詰まりの状況で明人は地図を見ていた。


「なあ……この南極点の近くの基地って稼働してるのか?」


 明人の疑問に上野が答えた。


「アムンゼン・スコット基地ですね。稼働してますが2月から10月まで完全に孤立してますよ」


「物資は?」


「主に空輸です。と言っても私の時代だと真っ先に全滅したので有名です。南極にいた人たちのほとんどは帰れなくなりましたからね」


「いや稼働してないよ」


 レイラが言った。


「どこの国よりも早く避難させたはずだ。伊集院とその置かれた状況を一番信じているのはアメリカだ。かなり無茶なオペレーションだったようだけどね」


「つまり今は」


「無人だ。ここに行くのは死ぬのと同じだ。調べる必要性があるとは思えないが……」


「そうか……だが一応……ここにはなにがある?」


「精密観測器……まだ機械は動いているかもしれない。伊集院、あやしいと思ってるんだな?」


「ああ」


「そうか君の勘はあてになる。ジェーンに調べてもらおう」


 レイラがえっへんと胸を張った。

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