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理不尽の宴 2

 明人は山田を信じていた。

 だから山田の指さす方へレールガンを向け迷いなく引き金を引いた。

 電気伝導体の非接触レールと電気伝導体の弾丸、ローレンツ力による加速。

 個人が携帯するにしてはバカげた威力の弾丸が射出される。

 雪で埋まった明人のゴーグルからも光が見えた。


「よし!」


 山田が手を上げた。

 寒さに特に弱い山田はゴーグルと防寒用のマスクで顔は見えない。

 だがニヤニヤしているのが明人には手に取るようにわかった。

 明人の背筋に冷たいものが走った。


「お、おい山田……俺はいま何を撃った? 俺はレールガンを撃ったんだよな?」


「ふふふ。伊集院、もちろん一発でこの船を沈めるナイスアイデアだとも」


 山田はサムズアップした。

 次の瞬間、明人がレールガンを撃った先から激しい火花と轟音が上がる。

 ブリザードで視界が悪いまま空母が揺れる。

 爆発しているのだ。


「くははは! 船のサイドにあるミサイルを撃ち抜いてくれたわ!」


「ちょっと待ってください! 山田ちゃん今なんつった!?」


 上野が珍しく取り乱していた。


「ミサイルどかーん?」


「うぎゃああああああ! ド金髪がエネルギー全部使って撃とうとしたから後で注意しようと思ったら一発目でこれかよ! 海に落ちたらマジで死にますからね! わかってやがるのかこのバカわんこ!」


 視界数十センチのブリザードの中で上野の悲鳴が響き渡った。



 ライアンは遠くでなにかが爆発する音を聞いた。

 明人が何かをしたに違いない。

 爆発を心強く感じたライアンはその爆発音を合図に銃剣で蔡に突撃する。

 まるで中世騎士の馬による突撃のような突きを放つ。

 踏み込みが地響きのようにコンクリートを伝わった。

 だが手応えはなかった。

 なにかがライアン目がけて飛んでくる。


 避けられない。

 そう判断したライアンは仕方なくボクシングの要領で腕と肩で頭部をブロッキングする。

 次の瞬間、肩から痛みが走る。

 肩に鏢が刺さっていた。

 鏢はライアンの鋼鉄のような筋肉に阻まれ深くは刺さっていない。

 ライアンが肩に刺さった鏢を掴もうとすると、するりと鏢が抜けブリザードの中へ消えた。

 やはり獲物は縄鏢だ。


「筋肉で止めるとは……この化け物めが!」


 ふざけるな。

 てめえが言うな!

 ライアンが心の中で毒づくと蔡が縄鏢を投擲する。

 視界数十センチ、吹き飛ばされそうなほどの風と叩きつけるかのような雪の中で縄鏢が真っ直ぐライアンへ襲いかかる。

 視覚も聴覚も当てにはならない。

 だがライアンにも感じ取れるものはあった。

 蔡の放つ異様なまでの殺気である。

 そして常軌を逸した能力者である転生者の蔡も、このブリザードの中でトリッキーな手段を使う余裕はないだろうことまで予想済みだった。

 短い刃物を用いて一撃でライアンを行動不能にする。

 肩や足、厚い胸板でもない。

 肝臓や脾臓、脳髄は狙うのは難しいだろう。


 喉だ。

 だが避けてはならない。

 蔡が冷静になって上野やレイラを襲撃するのが最悪のシナリオだ。

 この状態では明人でも守り切れないかもしれない。


 ある忍術の流派では段位試験で後ろから任意のタイミングで振り下ろされる木刀を避ける流派があるという。

 後ろを向いているため刀がいつ振り下ろされるかわからない状態で第六感を使って避けるのが目的である。

 一見すると狂っているようにすら感じるが『人間を越える』のが武術の命題である。

 強さを求めること。

 それ自体が常軌を逸することでもあるのだ。

 だからこそ、この第六感は多くの格闘技や武術で達人と呼ばれた存在が振るったという逸話が残っているのである。


 CIA職員として戦場や危険地域を渡り歩いたライアンならこの第六感が養われているはずだ。

 ライアンは前世でプログラマーだった自分ではなくエージェントとしての自分を信じた。

 ライアンは目をつぶる。

 ブリザードの大きな風斬り音に混じり小さな物体が風を切る音がかすかに聞こえた。

 それはライアンの喉に向かって突き進んだ。


 2……1、今だ。


 ライアンは自分に向かって突き進んでくるものを両手で挟んだ。

 それは冷たい刃物。

 それは蔡の放った縄鏢。

 ライアンは縄をたぐり寄せ己の手に巻き付ける。


「かかったな! この馬鹿者が」


 蔡はライアンが縄を引いた瞬間、手を緩めライアンの体のバランスを崩す。

 そしてもう一つの縄の付いていない鏢を抜きライアンに襲いかかる。

 ライアンもそれはわかっていた。

 縄の付いた武器だ。

 武器を取られたときの対策もあるはずだ。

 そんなことはわかっていたのだ。

 だがそれよりも優先することがライアンにはあった。

 レイラと上野を守ることである。

 もちろん飯塚を守ることも視野に入れている。

 山田はたとえ人類が滅んでも生き残りそうだから生暖かい目で見守っていればいいだろう。

 ライアンはそれがわかっているからこそ、あえて蔡の罠にかかったのだ。


 蔡が鏢を突き刺そうとライアンに迫る。

 ライアンは動かない。

 ブリザードの中から蔡が飛び出す。

 ライアンはわかっていた。

 蔡は正確に急所を狙ってくると。

 明らかに蔡は焦っている。

 焦って仕事が雑になっている。

 そう、ゲームを完成させられなかった彼も同じだ。

 肝心なところで手を抜くクセがある。


 蔡がブリザードから現れた。

 鏢を片手に飛びかかってきたのだ。


「死ねい!」


 ライアンは起き上がり鏢へ手を差し出す。

 縄鏢はライアンの掌を貫通した。

 だがライアンはまるで痛みを感じてないかのように鏢を握った。


「捕まえたぜ!」


 表情こそ見えないが、このときライアンはにやりと笑っていた。

 ここまで簡単に罠にかかってくれるとは。

 笑いが止まらなかった。

 一瞬、蔡の顔が恐怖に歪んだ。

 次の瞬間、機動隊の盾すら一撃で破壊するライアンの拳が蔡の顔を襲った。

 それはアッパーだった。

 ガラスの割れるような音。

 実際、蔡が掛けていた目を保護するためのゴーグルが一撃で粉々になった。

 ついでに蔡の歯も宙に飛んだ。

 蔡自身は空中で一回転していた。

 そして大爆発が起こった。



「おうおう、ミサイルが爆発した」


 山田が呑気な声を出した。

 ミサイルを打ち抜いたせいでとうとう大爆発が起こったのだ。

 ミサイルが内部で起こした爆発の前ではたとえ強化人間であろうとも直人(ただびと)でしかない。


「やまだー!!!」


 上野が絶叫する。


「大丈夫、大丈夫。このあとこれが原因で氷山に気づかずにぶつかった挙げ句に傾いてタイタニックみたいになるだけだから」


 ちなみにタイタニックは霧の中で氷山に激突したのが沈没原因である。

 縁起が悪いことこの上ない。


「ヤマダー!」


 明人も叫ぶ。

 コイツ……全て勘だ。

 勘だけで動いている。


「ようっし、はい伊集院。今度はあっち狙って」


「今度はミサイルじゃないよな!」


「今度はレールガン。ほい狙って」


 明人は言われるままにチャージしながら山田の指示する方向へレールガンを向ける。

 チャージ完了の音がすると山田が明人の首に抱きつく。


「おい山田」


「いいから、いいから。はい伊集院。3、2、1、発射!」


 明人は山田をジト目で一瞥するとレールガンを発射する。


「まだです。もう一発撃たないと!」


 上野がそう言うと心の底から山田が残念そうな声を出した。


「うーん無理かなあ」


「うむ。無理そうだ」


 レイラも頷いた。


「え?」


「向こうにかすかに氷山が見える……ような? ああ……こちらに凄まじい勢いで向かってきてるな」


 双眼鏡を覗くレイラがまるで人ごとのように言う。

 明人の血の気が一気に引いた。


「い、飯塚! 氷山狙撃!」


「う、うん! でもどこに!」


「レイラ!」


「無理だと思うぞ。だって……この船より大きいから」


「ふ、伏せろ!」


 そして船は氷山に激突する。

 死ぬ。

 明人は今度ばかりは本気でそう思った。

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