理不尽の宴 1
明人はにやりと笑った。
腰だめでミニガンはお約束として素晴らしいが、レールガンもまた憧れである。
一度撃ってみよう。
明人は楽しげにレールガンのコンソールをいじる。
操作は簡単だった。
少なくとも航空機を飛ばすよりは。
充電し発射。
バッテリーの関係かアサルトライフルほどの連射はできない。
だが敵が撃ってきた威力からするとカバーできる攻撃範囲は広い。
上野の吹雪の中からの精密射撃もあるので不利ということはないだろう。
明人はそう考えたのだ。
明人はレールガンをチャージする。
液晶のゲージが全て青になりチャージ完了を知らせるアラームが鳴る。
とりあえず撃ってみよう。
レールガンの形状は精密射撃用途のライフルではなく、その二倍ほどの大きさだった。
コンピューター制御の照準システム。
本体に付属した液晶ディスプレイに照準が映し出される。
明人は照準を見た。
赤外線モードや拡大モードがあるが、通常では恐るべき装備であるそれらもこの猛吹雪の中では役に立たなかった。
まだ人間の目の方がマシと言うことだろう。
近くの整備車両が火を上げた。
今だ。
明人は即座に引き金を引いた。
モーターよりも高く耳障りな音。
白い光。
そして衝撃。
血の臭いのような悪臭が漂う。
金属の焼けた臭いだ。
体ごと後ろへ持って行かれる。
予想どおり反動が大きい。
光を伴った弾丸は一瞬で目標に到達した。
吹雪の中、遠くで爆発が起こる。
「……ド金髪。なにやってるんですか」
上野が心底呆れたという声を出した。
「何があった?」
「ヘリを撃ち抜きました。 大爆発を起こしてみんな逃げ回ってます」
ヘリを撃ち抜いたらしい。
明人は首をひねった。
そんなつもりではなかったのだが。
はじめて使う武器は難しいものだ。
少しだけ反省した明人。
レールガンは「チャージ中」の表示になっていた。
どうやら100%で撃ってしまったらしい。
チャージを完了するまで弾幕を張らねば。
だがここにはもっと悪質な高火力男がいたのだ。
「チャンスだね!」
飯塚が弓を引く。
「あ!」
上野を除く全員の声が一つになった。
だが遅かった。
すでに矢は放たれてしまった。
鏑矢の先には未来の爆薬。
財団謹製のとてつもない威力の逸品である。
ちなみにジェーンは飯塚が超危険人物でアメリカ大使館爆発事件の原因を作った人間なのを知っている。
ちゃんと理解し知った上で爆薬を渡したのだ。
「だって面白そうだもん」
今回の原因を作ったのはジェーンである。
矢は吹雪の中を風に流されながら器用に目標に到達する。
風の強さやタイミングまで計算されていたのだ。
爆発そして炎上。
逃げ惑う強化人間。
彼らは圧倒的な理不尽火力の前に完全に狩られる側に回っていた。
「な、ド金髪。お前といいなんですかアレは!?」
「飯塚君という弓を放つとなぜか爆発が起きる危険人物だ」
「うがー! そういう意味じゃなくてですね、ド金髪お前もですからね!」
上野が地団駄を踏んだ。
「明人が……ライフルより大きい銃を持つと必ずこうなるんだ……」
ライアンがぼそりとつぶやいた。
なぜかその顔は達観したかのような顔だった。
上野はレイラの方を向いた。
「レイラお姉様!」
レイラは青い顔をして顔を振る。
「山田ちゃん!」
「知ってるよー。伊集院はテロリストより危険なのー。くちっ」
山田はくしゃみをした。
寒さのせいで頭も体も鈍っているようだ。
上野は計算が狂ったと言わんばかりの表情だった。
「確かに北海道は被害が少なかったな」と飯塚は思った。
無駄話をしているとさらに吹雪が強くなる。
もはや視界は雪で覆われていた。
「なんで氷河期を見越してたのに吹雪の中で役に立たない兵器を作ったんだ」
「アレはあくまでブラッドムーン対策に否定的な連中を黙らせるための兵器です。氷河期後に使う予定はなかったんです! あんなの使ったら全滅しかねませんからね」
上野と言い合いをしていると明人のレールガンからチャージ完了のアラームが鳴った。
「よし!」
「よし! じゃねえよド金髪!」
怒鳴る上野を無視して明人はレールガンを構える。
「聞けー!」
上野を無視して明人は引き金に指をかけた。
「くちっ! なんで伊集院そっぽ向いてるの?」
山田が小声で言った。
その時になって明人は気がついた。
まずい!
方向感覚を失った!
吹雪で方向を見失ったのは敵だけではなかったのだ。
「上野!」
「実は少し前から私も1メール先までしか見えません……もうこの状態はブリザードです!」
最悪だ。
船の上で遭難が現実になっている。
「船の上で遭難とか思ってるかもしれませんが、南極ではすぐ外にあるトイレに用足しに行って遭難死した例があります。マジで死にますからね!」
「どうするんだ!」
「吹き飛ばされないように匍匐前進です!」
すでに戦闘どころではない。
その時、明人は気がついた。
なぜ山田は方向がわかったのだ?
「山田! ヴィジョンが見えてるのか!」
「見えてるよ!」
「俺たちは全滅するのか!?」
「違う! マキちゃんがいない世界で伊集院が船から落ちるだけ!」
「落ちるんかい!」
「うん。ボクのサポートで蔡と戦うんだけど、方向見失って南極の海へドボン!」
「それは高確率で死にますね」
「山田! どうすればいい!」
「あっちを撃って!」
山田の指をさす方向。
そこに明人はレールガンを向けた。
「飯塚と上野、それにレイラは援護!」
「見つかるぞ!」
「大丈夫! こっちに蔡が向かってるから」
「ライアン先生は蔡と戦って! 今こっちへ来てる!」
「おう!」
ライアンはAK-47を持って前へ出た。
このブリザードの中でもそこそこは使える。
それが重要だった。
ブリザードの中、真っ直ぐ走ってくるものがあった。
ブリザードの中を15000カンデラ以上もの光源、発炎筒を持って突き進む男。
発炎筒と同じ色に顔色をした蔡であった。
「みーつけた!」
蔡が醜く顔を歪めた。
蔡は発炎筒を投げ、同時にライアンは容赦なく引き金を引く。
相手は転生した異世界人。
手加減など必要はない。
弾丸が蔡を襲うが、すでに蔡は弾丸をよけていた。
なんらかの特殊能力なのか。
それとも超感覚なのかはわからない。
だがすでに避けていた。
発炎筒を手放した蔡の姿がブリザードの中へ消える。
音も風の音が強すぎて何も聞こえない。
だがライアンは冷静だった。
銃剣を装着し蔡を待つ。
蔡は紐付きのクナイ、縄鏢の使い手だ。
このブリザードの中で得意の暗器で一人一人血祭りにして行くに違いない。
案の定、それは死角からやって来た。
鏢が飛んでくる。
ライアンはそれを銃剣で打ち落とす。
「プログラマーか……貴様はまたもや俺の邪魔をするのか!」
「お前の仲間の進藤……それが原因に一番近いところにいる」
「それがどうした?」
蔡がつぶやいた。
「お前は神なんだろ? 世界を救ってみろよ」
「ふふふ……進藤は言った。この世界をあるべき姿に戻すと……そして俺は世界を手中に収める。今度こそ俺は物語を完結させるのだ!」
「この世界はテメエの妄想の産物じゃねえ! 実際に存在してるんだよ!」
「だからどうした? 俺の脳の中で起こってる出来事と現実との違いをどう分ける? 俺が真実だと思えばそれが真実だ!」
一見するとメチャクチャなようだが、ここまで現実と異世界、それにヴィジョンとの境界が曖昧になると開き直る気持ちはわかる。
ライアンも一瞬たじろいだ。
いやいや違うぞ。
ライアンは思い出した。
世界の危機ではない。
ブラッドムーンによる世界崩壊は多元世界全体の危機なのだ。
他の世界への情報侵食。
崩壊した世界。
それは全て現実なのだ。
完結などと言っている方が間違っている。
自分たちも宇宙の歴史の流れから見れば塵芥と変わらないのだ。
ライアンは構え直す。
それと同時に爆発音が響いた。
明人が何かをしたに違いない。
ライアンは確信した。




