上野マキと哀れな生け贄たち2
「行きますよ!」
なぜか邪悪な顔で上野は言った。
明人は無性に嫌な予感がした。
「上野……」
「なんですか?」
「いやなんでも……ない……」
明人は冷や汗を流す。
上野はキレている。
いつもの無表情だが完全にブチ切れていたのだ。
「では作戦です。なあにこの作戦は単純です。吹雪になったらアタックです。あとはアメフトと同じです。ボールは加納ちゃんですが。加納ちゃんのケツに蹴りを入れてフィールドゴール決めれば……鬼畜系彼氏のごとく」
「今最低の例えをしたよな!? なあ? 最低の例えをしたよな?」
加納が上野に掴みかかる。
「それは爆弾だ。やめろ爆発するぞ!」と、明人が加納を止めようとすると上野は笑った。
「ふふふふ。鬼畜系彼氏に調教される男の娘。たまらねえです。じゅるり……でも下克上でめちゃくちゃにされる展開の方が好き……げふんげふんッ!」
「その腐ったドタマかち割るぞ」
「ふふふふ。帰ったらそのシチュエーションで撮影会ですよ」
「っちょ! おまッ!」
そのやりとりで上野は元に戻っていた。
明人は胸をなで下ろす。
「おっと、ちょうど吹雪いてきましたね」
上野が言うのとほぼ同時に風が強くなる。
「マイナス50℃の世界が来ますよ」
上野は笑った。
一気に風が強くなり、雪が吹き付ける。
明人たちはゴーグルをつける。
これで皮膚は外気に接触しない。
上野の言っていたことは正しかった。
「あ? お前ら極地舐めてんですか? なにその合成繊維。マジで凍死しますよ」
とキレた上野に指定された装備だ。
確かに上野がキレるのは仕方がない。
冬のシベリアを体験している明人、ライアン、レイラ以外はデザイン優先で装備を選んでいた。
レイラに至っては「全面的に上野が正しい」とまで言っていた。
飯塚たち他のメンバーは横暴だと猛抗議する。
他のメンバーには凍死という現実がわからなかったのだ。
そんなおバカ達に上野は問答無用でデザインが悪い厚手の毛皮を全員に配る。
「合成繊維は一定より寒いと割れます。それにこちらの方が丈夫です。死にたくなきゃこちらを着ろ」
もちろん上野の言うとおりだった。
これだけの装備でも耐えられる限界に近いのだ。
そこに文句を言うものが一人。
加納である。
「おい。なんで俺だけ無駄に可愛いデザインなんだよ! なんでリボンついてるんだよ!? なあコラ!?」
「あーあーあーあーっ! きーこーえーまーせーん」
「おい上野! てめえ!」
加納の犠牲は無駄ではなかったのだ。
そう、上野の「極地舐めてんのか?」という発言は正しかった。
全てが真っ白く塗りつぶされていく。
ホワイトアウト。
視界はわずか数十センチ。
そこはまさしく死の世界に変わった。
殴りつけるかのような雪の中、上野は急に元気になって行く。
「ある作家が言いました。現存する兵器を持って火星で戦うとしたら何を持っていくべきか?」
上野がライフルを構える。
「答えはAK-47。どんな環境でもそこそこ使えます」
引き金を引いた。
弾は兵士の頭に当り兵士が倒れる。
器用なヘッドショットだ。
明人ですら兵士の姿がうっすらと見えるだけだというのに。
「つまり適材適所ってことですよっと。……あっ」
「どうした」
「あーしまった……試作型装備だ……脳震盪起こしただけかあ」
「え?」
「てへ♪ これから一斉射撃が来ます。敵は試作型装備の筋力強化型です。武器は個人携帯型のレールガン。服は未来の衝撃吸収服、それに体温調整もそれでしてます」
「体温調整?」
「ええ。筋力強化型は普通の人間よりも体温調節が苦手なんです。体温調整の装備があっても極地での稼働時間は普通の人間の半分程度。砂漠とかジャングルだったら問題ありませんけどね」
「なんでそんな中途半端な仕様に……」
明人は思わずツッコミを入れる。
「あくまで仕事の違いですよ。あれはヘリで輸送して目標を制圧するタイプ。瞬時に人間の5倍以上のパフォーマンスを出せます。比べて私はどんな極限状況でも安定してパフォーマンスを維持するタイプ……つまりアルプス越えをさせるタイプです。で、連中はスーツだけで軽く20キロはあります。鎧みたいなものです。容赦なく撃っちゃってください」
そう言うと上野は急に可憐な女子のような顔をした。
明らかにわざとらしい。
「さあライアン先生! 活躍の場ですよ! やっておしまいなさい!」
「お、おう」
なぜか空気を読んでライアンがライフル片手に前に出る。
ライアンは思った。
あれ?
おかしくね?
なんで俺が前に出るの?
騙されてね?
次の瞬間、プラズマ光を発しながら飛んでくるものが見えた。
レールガンだ。
「ふんがー!!!」
ライアンは空腹時の熊よりも素早くそれから逃げる。
だがよける必要はなかった。
一見ライアンに向かってきているように思えた発光体はなぜか明後日の方向へ飛び、置き去りにされた整備車両に激突した。
車両は爆発しながら跳ね上がった。
「し、死ぬ……っちょ! 死ぬだろが!」
慌てふためくライアンを見ながら上野は笑う。
ライアン自身は大真面目に慌てているのにだ。
相変わらずの無表情で、器用に。
「ふふふふ。これで判明しました。あちらからは私たちは見えてません。ふははは! 吹雪の中なら私は最強ぉッ!」
上野が胸を張る。
その絶壁は吹雪の中でも揺らぐことはなかった。
「げ、外道が……いる……」
明人はつぶやいた。
目的のためなら手段を選ばない。
鬼がそこにいたのだ。
上野はAK-47を発射する。
吹雪の中、銃撃の音はかき消され、光もまた見えない。
レイラもまた吹雪には慣れている。
だが上野ほどの視力はない。
上野の援護射撃をするのが精一杯だった。
その中でも上野は正確に兵士を射貫いていく。
「一成射撃来ますよ!」
「上野。はっきりとは言わなかったが……上野の開発目的は南極探索じゃなくて……」
レールガンが当ったコンテナが爆発する。
その中で明人は確信した。
吹雪の中でも獲物を狩ることのできる視力。
体温調節能力。
無尽蔵の体力。
体内でのビタミン合成。
そのすべてが氷河期で生き残ることを目的としているように思えたのだ。
「次の人類ですよ。いろんな試作品がいる中の一人ですけどね。拠点防衛はあそこの肉体強化型。私は狩りと探索に最適化されてます。私が女なのは女が狩りができた方が女性の生存率が上がるので種を維持しやすい。それで私は普通の人間とも交配可能で次世代に私の特徴が現れやすい……まあそういうことです」
「そうか……」
「と言っても私は試作品で、同型は私しかいませんので……いわゆる逆ハーってやつ? イケメンをよりどりみどりですよ!」
殴りたい。
明人は本気で思った。
上野が未来からこの世界にやって来てわずか数ヶ月。
ここまで現代の文化に適応するとは……
どれだけ今の時代の日本は感染力が高いんだ!
と、ツッコむ余裕が明人たちにはあった。
ここは上野の独壇場だ。
吹雪の中の上野は自身が言うとおり無敵なのだ。
と、明人が安堵した次の瞬間だった。
ぞくりと背筋が凍る。
「ド金髪!」
明人の目に吹雪の中で全身黒づくめ、黒いコンバットスーツに身を包んだ大男が拳を振り上げるのが見えた。
明人は拳を捕り一本背負いの形で男を投げる。
男は受け身をとりすぐに起き上がる。
固い床で投げ技を受けて立ち上がったのだ。
「タフだな……だが……」
明人の後ろから刀を抜いた山田が躍り出た。
技を極めた達人レベルの斬撃が男を襲う。
その斬撃は男の手足を切り裂く。
腱を切断しようとしたのだ。
だが手応えは芳しくなかった。
「浅い……か。ならば弱いとこを狙う!」
男が拳を打ち下ろそうとしていた。
その瞬間、その拳を矢が貫く。
「女の子に手を上げちゃダメだよ」
それは飯塚の矢であった。
次の瞬間、山田が男の懐に潜り込み男の膝目がけて斬りつける。
血が飛び散り、男が崩れ落ちる。
そこに明人が男の顎目がけて拳を放つ。
男は完全に意識を失って倒れ込んだ。
「3人とも……化け物ですね……筋力強化型は瞬間的に人間の5倍以上の力が出せるはずですよ……3人がかりとは言え接近戦で圧倒するとは……」
「気合だ」
「だな。伊集院」
「だよねえ」
3人とも呑気な声を出していた。
その最中もレールガンは明後日の方向を攻撃していた。
それを見た明人は何を思ったのか男の落としたレールガンを拾った。
「ド金髪。それは人間用じゃありません。使うのは無理かと……」
「問題ない」
「伊集院は普通にミニガン腰だめで撃ってたしなー」
上野は思った。
あれ……もしかして一番の危険人物って……
「なるほどここでチャージしてから撃つのか」
明人に重火器を持たせる。
それがどれほど恐ろしいことか上野はまだ知らなかった。
遅れてすみません。
もう一つの長編を完結させたのでこれからは通常投稿です。




