上野マキと哀れな生け贄たち1
「上野。レールガンの弱点はなんだ?」
明人はストレートに聞いた。
上野は考えている。
一瞬では思いつかないということだろう。
「射程は通常時で500キロ。出力によって自在に可変ができます。連射もある程度は可能です。ミサイルや航空機なんかは近くを飛んだだけで落とされるので近寄れません。軍艦は射程距離の外から一方的に撃沈です。今回用意した規模の部隊じゃ物量で倒すのも難しいですね。もともとミサイルよりは安くて小回りがきくのがウリですので弱点らしい弱点は……」
「なんでそんな厄介な物を作ったんだ……人類の命運には関係ないだろ?」
「頭の悪い独裁者に原理主義、テロリストが作った国。彼らに人類が滅ぶって教えても聞きやしません。彼らにリソースを割くのはうるさいハエを力で黙らせる必要があったんですよ」
「……壮絶だな」
絶滅という現実を突きつけられて正常でいられるものは少ないだろう。
判断力を保った者たちも悩んだ末、力での解決を選んだ。
残酷だが、小を犠牲にして大を生かす。
人権を重視する現代社会では許されない思想ではあるが、未来では仕方かなった。
それが必要だったのだ。
「うーん……弱点らしい弱点がないから広く使われているわけで……。消費電力も改良で抑えられてて原子力空母ならまかなえますし……。調子こいて出力上げすぎてもプラズマ化するだけですし……。あ!」
「なんだ!?」
「ありました。弱点。構造が複雑なので普通の砲よりは脆いです。潜入したら簡単に破壊できるかと」
どうやって侵入をするのだろうか?
明人は一瞬そう思ったが、すぐに意味を理解した。
こちらには切り札があるのだ。
「もしかして、俺たちに潜入しろと言ってるのか?」
「うん♪ だって田中お姉様がいる私たちのチームしか近寄れませんし」
「鬼か!!!」
「ふふふ! まあ気にしたら負けですよ」
「だが乗り込んでもレールガンまで近寄るのは難しいだろ?」
「ふふん! 忘れたんですか? ここにいるナナちゃ、じゃなくて加納ちゃんの能力を!!!」
普段から『ナナちゃん』と呼んでいるのだろうか、軽く言い間違えながら上野は加納に向かって指をさす。
まさに外道であった。
加納の能力。
それは自身の分身を生み出す能力である。
ただし、装置のアシストがなければほとんど役に立たないと加納自身が言っている。
他の能力や科学技術とを組み合わせてはじめて役に立つ能力なのである。
「加納ちゃんにレールガンを破壊してもらいます。分身の自爆特攻で」
「……なるほど」
そこはかとなく外道の香りがする提案である。
人道的に許されるのだろうか。
「藤巻さんのバイクのEMPとか飯塚の弓じゃダメなのか?」
最先端の兵器とヘリをも撃墜する矢である。
加納の能力より安定している。
「藤巻さんのは対策が施されているかと。飯塚さんの場合は弓じゃいくら脆いと言っても爆薬の量が少ないかと」
「なるほど」
明人はとりあえず納得する。
もう一つ明人には懸念があった。
「加納。装置がないのにできるのか?」
加納の能力は未来の技術によるアシストが必要なはずだ。
装置さえあれば無限に襲いかかってくる兵士という厄介な能力だ。
だがそれがなければ、加納はただの非力で華奢な中学生である。
「ああ。ジェーンの財団が開発したのが間に合った。進藤のところで使ったのと比べたら性能はだいぶ下だけどな」
「問題は一つありますがね」
上野が口を挟む。
明人は嫌な予感がした。
そして動物的感覚を持つ明人の予感は、ほとんどの場合的中する。
「距離です。乗り込まないと使えません。……というわけで麗華お姉様。よろしくお願いします」
「座標わかりますの? さすがにある程度正確な座標じゃないと海に落ちて死んでしまいますわ」
「ええ、そこは大丈夫です。必ず大量のプラズマが発生する兵器ですので、撃墜された飛行機から逆算できるかと。そろそろ財団から連絡ありますよ」
上野の言うとおり、すぐに無線で連絡が入った。
上野は予想していたのだ。
明人から聞いた加納の能力、それに明人たちを未来に送った力のことを。
だとしたら彼らもまた未来の技術を持っているはずだと。
上野は内心不安を抱きながらも無表情で話を始めた。
「斉藤さん、藤巻さん、は待機してください。高い確率で接近戦になりますので」
藤巻の眉がぴくりと動いた。
納得していないようだ。
「怒らないでください。藤巻さんは貴重なドライバーです。怪我されたら困るんです。斉藤さんは体が小柄で接近戦向きじゃありませんので」
藤巻は納得したのか何も言わなかった。
このやりとりを見て明人は気がついた。
仲間ができてからはじめて作戦らしき事をしている!
と。
上野に感謝する明人だった。
「というわけで米軍に知らせたら、ごーなのです」
上野はわざとゆるい声を出した。
なにかがおかしい。
明人は妙な違和感を感じていた。
◇
甲板に着くと早速上野が指示を出した。
「田中お姉様は一旦撤退してください。お姉様がお怪我をされたら退路がなくなりますので」
「わかりました」
田中が去って行くと上野は周りを見渡した。
日中にもかかわらず周囲は薄明り、甲板には常夜灯がついていた。
明人がはじめて体験する極夜だった。
旧型の原子力空母には航空機の姿はない。
その代わりにあるのはSF的造形の未来兵器。
巨大なレールガンだった。
「えー……悪いニュースと死ぬほど悪いニュースがあります。どれを先に聞きますか?」
上野が青ざめた顔で言った。
様子がおかしいのは明らかだった。
「死ぬほど悪いニュ……」
山田が即答するが明人はそれを遮る。
山田は頬を膨らませて抗議する。
もちろん明人はそれを華麗にスルーする。
明人は山田の扱いにはなれているのだ。
「悪いニュースから頼む」
「アレ……私の世界で使われてるやつです」
「最悪だな……」
上野の予想は当っていた。
と言ってもこれは予想の範囲内だ。
「最悪の方は?」
「えーっと……私と同じ強化人間の部隊で行方不明のがいるんですねえ……」
一気に雲行きがあやしくなってくる。
明人たちは未来から知識を持ち帰った。
では進藤たちは?
彼らは人と物を持ち帰ったのではないだろうかと。
上野は話を続ける。
「ド金髪がやってくる一年ほど前にレールガン持って逃亡したんですね」
「つまり敵は……」
「行方不明の部隊です。それと大きな問題が……」
「まだあるのか……」
「ええまあ……えー……筋力強化型部隊の装備はレールガンです」
明人はごくりとつばを飲み込んだ。
「だ、大丈夫ですよ。見つからなきゃいいんですよ。ね?」
そう言いながらも、激しく上野の目は泳いでいた。
「うーん……無理じゃないかあ?」
突然、山田が人ごとのように言った。
その時突然ガシャンという機械音とともに明人たちへ強い光が浴びせられた。
「待っていたぞ。伊集院明人よ」
スピーカーから声がした。
遠くに体格の良い男がいた。
蔡である。
その周りには黒いボディアーマーを着用した兵士が囲んでいる。
「貴様との決着をいまこそつけてやる! かかってこい……」
蔡の演説は続く。
どうやら積もり積もった恨みを全て語るつもりのようだ。
もちろん明人たちはこの演説の最中にできることは全てやっておくつもりだった。
その中でも指揮官上野は素早かった。
華麗に蔡の演説をスルーしながら上野は後ろに組んだ指を動かす。
サインを送っている。
「女装してから爆弾腹に巻いてGO! ……ってざけんなマキぃッ!!!」
加納が小声で抗議しながら、上野を突っつく。
どうやら加納には通じるらしい。
「フフフ。知っているのですよ。深夜にやっていた懐かしの映画特集で宇宙飛行士が小惑星で自爆したのを。フフフ。GOGOGO!」
「おま!」
抗議する加納へ振り向きもせず上野は指を動かしている。
「わかった。了解」
加納はヘッドマウントディスプレイを被る。
そして上野は飯塚へ指示を出す。
「爆弾つけてあのオッサンを撃ってください。死にはしませんので大丈夫です」
実はこのとき上野は怒っていた。
初めての友人、初めての家族、初めての学校、初めての普通の生活。
上野は全力で楽しんでいたのだ。
それを邪魔された。
それもこんなオッサンに。
蔡の顔を見た瞬間、上野はぶち切れていたのである。
「全員生かして帰しません」
いつも無表情の上野。
彼女は珍しくにやりと笑った。




