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大統領でも……

 轟音。

 やたら大きい機体が発進して行くのを明人は眺めていた。

 米軍の用意した飛行機に明人たちは搭乗するところだった。

 ジェーンと動けない後藤は後方待機。

 作戦は周到に準備され各国政府の対応は早かった。

 明人たちや加納までも、ジェーンの財団主催の科学イベントへ招待するという体裁を整えてくれた。

 立派な短期留学である。

 欠席扱いにもならず、特に出席日数に問題のある飯塚は安堵した。

 明人の方は「短期留学でなにもしないのは後でバレるのではないか?」と思っていた。

 だがよく考えれば初冬の南極を例え海上であったとしても体験するのは、ある意味科学である。

 明人はムリヤリそう納得することにした。


 作戦の名目はテロリストからの人質奪還作戦。

 すでに蔡は国際手配されており、異議を挟むものはいなかった。


 今度こそ決着をつけねば。

 明人は決心をしていた。

 だが……


「いやだああああああああ! 飛行機は嫌だあああああ! もうアフリカには行かなーい!!!」


 大暴れする男がいた。

 飯塚だ。

 ライアンとの旅行が軽くトラウマになっているらしい。

 面倒くさい発作を発症していた。


「落ち着け飯塚! 行くのはアフリカじゃない! 南極だ!」


「やだあああああああッ! すでに空港が反政府ゲリラに占領されてるんだ! きっとそうなんだ!」


 なんというナイトメアモード!

 明人でもはじめては冬のシベリアでヒグマと槍とマシェットで戦わされた程度だ。

 明人は少しキレながらライアンの方を向く。


「……先生。どうしてそうやって人間を壊すんですか!」


「テヘペロ?」


 ライアンは形容しがたいほど明人を苛立たせる顔をした。

 ちなみに藤巻は巻き込まれないようにレイラたちと一緒にいる。

 絶妙な距離をとっている。

 明人はため息をついた。

 こういうときはアレしかない。

 映画版のアレだ。


「鎮静剤」


 明人が兵士にそう言うと飯塚は叫ぶ。


「首相のヅラでもぶん盗ってやらあああああああああああああッ! でもひこ……」


「さっさとうて!」


 そんな危険なネタを最後までは言わせるか!

 明人は容赦なく命令を下した。



「だから飛行機だけは乗らねえって言ってんだろ! バカ藤巻!」


 飯塚はそう叫ぶとがばっと起き上がった。

 頭が痛い。

 注射のせいだろうか?

 まだ頭がボケている。

 そこは室内だった。

 普通のレストラン。

 いや洋画に出てくるようなレストランだった。

 そこではまるでアナログのラジオのような音質の悪い放送が鳴り響いている。

 なんだっけこの曲。

 なんでもいいか。

 飯塚は寝ぼけ眼で窓の外を見る。

 外は嵐のまっただ中だった。

 いや、嵐というよりは吹雪だった。


「ん? ここどこ?」


 だんだんと飯塚の頭がはっきりとしてくる。

 確か船で行くと言っていたのに突然飛行機になった。

 いや……最初から飛行機だったのだ。

 全員が口裏合わせをしていたのだ。

 信じていたのに。

 飯塚が薬でボケた頭をボリボリとかいた。

 するとコーヒーの匂いが漂ってきた。

 なんだかわざとらしい。


「ウシュアイアにようこそ飯塚」


 コーヒーを持ってきたのは明人だった。

 明人はわざと棒読みでそう言った。

 上野直伝の茶化しで誤魔化そうとしたのだ。

 飯塚はボケた頭でコーヒーを受け取り口に含む。

 温かいコーヒーが喉を通ると次第に頭がはっきりとしていく。

 ……と、同時に飯塚の中で怒りがこみ上げてくる。

 特に目の前で呑気な声でコーヒーを持ってきたド金髪への怒りが湧いたのだ。


 おいおいおいおい。

 おかしくねえか?

 お前言ってることおかしくね?

 ボクは嫌だって言ったよな!

 なにがようこそだ!!!

 白々しい顔しやがって!


「明人くん……騙したね……」


 極限まで感情を押さえた声で飯塚は言った。

 本気で怒っているときは案外冷静なものだなと飯塚は思った。

 あれほど飛行機は嫌だと言ったのに。

 ライアン先生と乗る飛行機は落ちるから嫌だと言ったのに!


「す、スマン……」


 明人は素直に謝った。

 飯塚が怖い。

 口調は冷静だが目が血走ってる。

 明人は焦った。

 すでに山田とライアンは恐ろしい速さで逃げた。


 動物に近い連中は危機から遁走するのも速い。


 藤巻はレイラとなにかを話し合っている。

 上野は加納をさらってどこかに消えた。

 ジェーンは後藤と米軍基地で待機。

 みかんは飯塚の近くで何事もないかのように悠然とコーヒーを飲んでいる。

 明人だけが飯塚に捕まった形である。


 ええい!

 どいつもこいつも!


「まったく……船で行くって言ってたよね」


「いや船じゃ夏休みまで終わるのだが……」


 軽く2週間はかかる。

 無茶である。


「そんな現実的な台詞など聞きたくない! 大人たちはすぐこれだ!」


 じゃあファンタジーで物事を語れというのか。

 明人は思った。

 ツッコミを飲み込む明人へ飯塚は地団駄を踏む。


「とにかく……大人は汚い!」


「それライアン先生限定だよね!」


 おーまーえーもーじゃー!

 おーまーえーが注射したんだろうがー!!!


 と、飯塚は怒鳴ろうと思ったが、怒鳴り馴れていないのでやめておいた。

 どうも藤巻のように気軽に引っ叩く気にはなれない。

 飯塚にとっても伊集院明人は特別な友人なのだ。

 その友人が困っている顔を見ると急に飯塚は気が抜けた。

 基本的には底抜けに良いヤツなのだ。

 この友人は。

 少し手段が乱暴なだけで。


「はあ……もういいや……わかったよ。OK。今回は緊急事態。わかった」


 飯塚がため息をつきながら言った。

 半分は自分に言い聞かせているのだ。


「すまん飯塚。この借りは返す」


 飯塚はあきらめて愛想笑いをした。

 絶対零度の笑いを。


「でも、次やったらぶっ殺す」


「……はい」


 明人はなぜか敬語だった。



 数時間後、吹雪が止んだ。

 飯塚が落ち着いたせいか全員がそこに集まっていた。

 慌ただしく事態は動いた。

 多国籍軍は極地である南極ではなく、まずは空母を叩くことに決めた。

 足を封じさえすればいいと考えたのだ。

 明人たちはそれを見守るだけである。


 明人たちがいるレストラン。

 傍受した無線がスピーカーを通して現在の状況を知らせた。

 戦闘機が発進したらしい。


「明人。どうなると思う?」


 珍しく藤巻が質問をした。

 藤巻は無駄な質問はしない。

 思うところがあるのだろう。


「わからん」


「だろうな。だが……」


 明人たちは知っていた。

 北海道で進藤と姿を見せなかった何者かが行使したあの力。

 明人たちを北海道から未来の台東区へ運んだ力。

 距離など関係ないのだ。

 それは明人たちも同じだった。


 ここには田中がいる。

 埼玉から青函トンネルまではジャンプしたことがある。

 埼玉から北海道は直線距離なら約800キロ。

 ウシュアイアから南極まで約1000キロ。

 どこまで距離を伸ばせるのか。

 いや時間や世界までも跳躍する能力だ。

 距離は関係ないのだろう。

 またもや田中に頼らねばならない。


 田中が切り札なのだ。

 田中を守るのが優先だ。

 ライアン先生は放っておいても死にはしないだろう。


 と、もう一人の切り札。

 伊集院明人は一人で納得していた。


「クソ! なんだあの武器は! 掠ってすらいないのに機体がバラバラになった!」


 明人の耳に物騒な会話が聞こえる。

 無線だ。

 あの武器……

 明人が疑問に思うのと同時に上野が立ち上がった。

 その顔はいつものような無表情ではなく青ざめていた。


「レールガンです……」


 レールガン。

 電磁誘導で弾を射出する装置である。

 大がかりでエネルギーを大量消費する大食らい。

 しかもレールはある程度使ったら交換しなければならない。

 だが射程が長く、速度は速い。

 単純な運動エネルギーだけで全てを破壊できる。

 理論上は……


「実験中のを盗んだのか!」


「違います! 実験中ではなく実用化されたものです! 私の時代では実用化されてました。これはマズイです!」


「大丈夫だ。レールガンなら連射はできないはずだ。理論上レールが熱くなってすぐに使えなくなるはずだ」


「完全超伝導なんです! レールと接触もないし小型化もしました。ジェーンはまだ作れないって言ってたのに! 未来では筋力強化型の強化人間も使ってます」


「だが、たった十数年でそんなに技術に違いがあるはずが……」


「人類が絶滅を自覚した未来です! わかりますか!? 全リソースが技術の発展に向けられた未来なんです!」


 まずいことになった。

 明人はそう思いながら無線に耳を傾けた。

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