間章 デートイベント
明人たちの南極行きが決定したのだが、さすがに米軍にも用意が必要と言われてしまった。
確かにその通りだった。
冬の南極海にその日のうちに行けるはずがなかったのだ。
最低でも10日はかかる。
そう言われた明人たちは日常生活をおくっていた。
初日に大量のヤンキー。
いわゆるDQNの成敗した明人。
彼の活躍で大量の退学者が出たが、それは全て良い方向に影響が出ていた。
学内が平和になったのだ。
バイオレンスも何もない日々。
それを明人たちは謳歌していた。
まるで普通の学生のように。
◇
中間テスト。
明人はそつなく点数を取った。
クラス上位の点数である。
普通より少し上くらいの成績だった理系科目もジェーンという鬼教官の活躍で上位に食い込んだ。
提出物も全て提出している。
欠席は多少多いが問題にはならない程度だ。
入学当初の暴力事件でついた評価を覆すには充分だった。
明人は安堵した。
レイラも秀才と言われるには十分な点数を取った。
山田やジェーンは常に余裕だった。
それが例えテストの最中であろうとも。
もともと彼女らは普通の学生ではない。
ごく普通に高得点を叩きだしていた。
だが最終的にトップを取ったのは不自然な時期に転校してきたあの青い髪の少女だった。
上野である。
「くくく。強化人間を甘く見ないでほしいですね」
上野はいつもの無表情のまま棒読みでそう言った。
テスト前の不自然な時期に転校してきた彼女。
上野には突き抜けた得意科目はない。
だが上野には苦手科目もなかったのだ。
ジェーンとレイラには国語、山田は数学が他に比べると苦手なのだ。
それでも上位なのだから彼女たちは恐ろしい。
そして彼女たちの影に隠れていまいち存在感のない存在がいた。
斉藤みかんである。
彼女は明人よりやや下位。
ごく普通にクラス上位を取っていた。
さてここまでは天才と秀才である。
天才と秀才がいれば普通という壁の目で立ち尽くす残念な生物もいる。
まず留年生である藤巻。
彼は放課後の勉強会に参加しちゃんと努力をした。
汚い字ながらも提出物も全て出した。
その努力が実り、追試ゼロ。
担任の内藤が泣いて喜ぶ結果、追試を全て回避したのである。
そしてもう一人……
飯塚が机に突っ伏していた。
もともと成績は普通より少し上だった飯塚。
そこから成績を落とすのは一瞬だった。
だが、藤巻の後継者にだけはならない。
そう意気込んでテスト対策をしたのだ。
その結果、なんとか……紙一重で追試を回避したのである。
だが順位は藤巻より下である。
こうして全員の合格という結果で、テスト休みが始まったのである。
◇
映画。
ごく普通。
実にわざとらしいほど高校生らしいデートイベントに明人の心臓が高鳴った。
三島も寝込むほど悩んだが、約束通り明人は三島とデートすることになったのだ。
明人はデートは初めてである。
いや正確に言うとデートのようなものはしているのだが、なにかが違う。
山田にご飯をおごらされたり、ゲームセンターをおごらされたり、駄菓子をたかられたり、おまけにボーリングまで要求されたりというイベントもあったが、それはノーカンに違いない。
他にもジンギスカンに寿司に焼き鳥にパスタにピザに。
明人は振り絞った理性で山田の胃袋へ消えた総額だけは計算しないように努めた。
それと、血走った目のジェーンに秋葉原の同人ショップとレトロゲームショップを案内させられたことも広義の意味ではデートのような気がするが、明人はそれは違うと声を大にして言いたい。
「金は出すから買ってきて」ジェーンに手渡されたのは18歳未満禁止の同人誌。
もちろん普通のエロではない。
男しか出ないほうのヤツだ。
鋭い目つきの明人ならダメと言われないだろう。
ジェーンはそこまで読んでいたのだ。
これは絶対にデートではないはずだ。
全てなにかが違うのだ。
明人の目からはなぜか涙が溢れて来た。
つうかデートってなんだ?
考えれば考えるほどわからない。
明人の脳内は、またもや哲学的方向に思考が飛んだ。
どうにも明人は恋愛方面に疎い。
その自覚があった明人はクラスの男子にリサーチしてみることにした。
その結果、「適当にダラダラすること」がトップだった。
そうだ。
金のない学生にたかるという発想そのものがおかしいのだ。
だが、適当にダラダラとはなんだろう?
明人は難しい顔をした。
そんな明人へ駆け寄る人物の姿があった。
「ごめん待った?」
約束の時間より少し早く三島がやって来た。
普通のカットソーに白いデニムパンツ。
それはどこまでも普通だった。
普通だ!
明人は大げさに感動した。
普段着がミリタリールックの青い髪のちびっ娘でも、反社会的なメッセージのシャツを着た猛犬でもない。
やればできる子なのに常にセーラー服を着ている侍でも、格好は普通なのに太らせようという邪悪な視線を送ってくる残念な忍者でもないのだ。
明人はまず最初に三島の方へ頭を下げた。
この間のキスのことを謝らなければならない。
なにせライブ中継だ。
謝罪する立場にないような気がするが、それでも謝罪しておくのだ。
「す、すまん!」
「ご、ごめん!」
同時だった。
二人は顔を見合わせる。
「えっと……とりあえずなかったことに……」
「う、うんそうだよね。そうだよね……」
ごにょごにょとお互いにわけのわからない合意をする。
とりあえずなかったことになった。
すると三島は笑顔になった。
「んじゃ行こっか!」
こうしてプロジェクト普通のデートは開始された。
映画館。
これまた普通のシネコンだ。
普通の映画館なのだ。
明人は安心した。
二人は列に並ぶ。
普通に席を予約するのだ。
列に並ぶと、少女二人が前に並んでいた。
一人はボブカットの少女。
三島と似たカットソーにふわふわのスカートをはいた少女。
なんだか女子力が高い。
一人はミリタリー。
都市部だと逆に目立つ迷彩柄のシャツを着た少女。
その髪は不自然に青い。
「はい?」
明人が思わず口に出すと青い髪の少女が振り向いた。
「あれ? ド金髪なんでここに?」
上野である。
と言うことは、もう一人はいったい。
なぜかボブカットの少女は振り返らない。
いや誰かはわかっていた。
明人はその少女が誰かわかっていたのだ。
「加納……なんかスマン」
明人は謝罪した。
加納は背中で泣いていた。
恐らく……上野に脅迫されたのだ。
そして女装で映画館。
女装への心理的障壁を慣れによって取り払う。
なんと巧妙な作戦か!
まるで旧共産圏のスパイ生産と同じ手法。
完全に男の娘を作るつもりなのだ。
明人は加納への憐憫と同時に、バックにいる人物の狡猾さに身震いをした。
「上野……なんて言うか許してやれ……な? もう放してあげなさい」
まるで子どもが捕まえてきた虫を放すように諭す親のような口調で明人は言った。
「いえ、加納ちゃん……いえこのナナちゃんは、映画の後はレイラお姉様、それにジェーンと撮影会なのです。ちなみに動画は10万PVですよ!」
微妙に生々しい数字を上野は出した。
しかもナナと名乗らせている。
それを聞いた明人はいろいろと諦めることにした。
「そうか……すまない加納。俺の力が及ばないせいで……」
加納の背中は震えていた。
明人は武士の情けとばかりに知らない人のふりをした。
これでいい。
これでいいのだ。
それが男の友情というものに違いない。
◇
席を予約し、計画通り時間が余った二人はカフェに向かう。
二人は最初は学校の話など、たわいもない話をしていた。
だが、自然と話はわざと避けていた話題になっていく。
「南極、行くんだね」
「ああ。明日行くことになった」
「伊集院はさ。なんでそこまで必死なのか考えたことある? 伊集院の前世ではこの世界はゲームだったんでしょ?」
「俺にはこの世界は現実にしか感じられなかったからな。実際、現実だった」
「そっか。白いのが言うとおり優しいんだね」
「優しいかな? 自分じゃわからん」
「優しいよ」
そこからしばらく二人は言葉を交わさなかった。
ゆっくりとした時間が二人の間を流れる。
二人でいる。それだけで良かった。
ようやく明人はデートがなんだかわかったような気がした。
三島は外を見ていた。
そして、なにかを思い出したように言った。
「ねえ、これから起こる未来を聞きたい?」
三島は真剣な顔で聞いた。
リスクを減らすには聞いた方が良いのだろう。
明人はそう論理的に考えた。
だがそれに反して、明人の人間に残された獣の部分、本能がそれはやめておけと警戒していた。
「やめておく。それ自体がフラグなんだろう?」
結局、明人は己の獣の部分を信じることにした。
「うん。ありがとう……」
なにが「ありがとう」なのかはわからない。
だが明人は選択が正解だったことを確信した。
安心した明人はコーヒーを口に含む。
ふと明人は聞きたい質問があったことを思い出した。
「なあ、三島。俺はいったい誰なんだ?」
「伊集院は……伊集院だよ」
三島は悲しそうな顔で言った。
明人は、これ以上、雰囲気を悪くする必要はないと思った。
三島は言外に明確にメッセージを発していた。
未来を知ろうとするなと。
それが一番重要なのだろう。
映画は恋愛でも娯楽大作ではなく、くだらないコメディ。
選んだのは三島だ。
それなりに楽しい。
三島も笑っていた。
手が当たって赤面する。
そんなベタな恋愛シーンはない。
ポップコーンを食べてドリンクを飲んだ。
カフェでケーキを食べたので昼ごはんは後にすることになった。
映画が終わり、ショッピングに付き合う。
女性の買い物はまさにカオスだ。
待たされ感想を求められ、そのたびに合否を判定される。
だが明人は今までもっと理不尽な買い物に付き合わされている。
このくらいなんと言うことはない。
明人は楽しんだ。
これが普通なのか。
今までがおかしかったのだ。
買い物が終わり、三島は上機嫌だった。
二人は少し遅めのランチをとろうという話になった。
女性が好きそうなオシャレ系のお店。
明人にはやや敷居が高い上級者向けである。
だが酒井がこういうチマチマした料理の店が好きなので多少は知っていた。
その後は色っぽいこともない。
特別なイベントもなかった。
夕方までダラダラと遊んで、普通に別れた。
いやそんなものかもしれない。
これが正常なのだ。
そうこの世界はやはり現実なのだ。
明人はそう強く感じていた。




