三島と明人
「伊集院。空母の情報を見つけたみたいだね」
校舎の屋上。
明人を前に三島は微笑んでいた。
ベンチに腰掛けるその姿は一言で言えば異様。
10代の少女ではないよう雰囲気を醸し出していた。
それは妙に艶っぽい三島の顔をして三島の体だがなにかが決定的に違っていた。
明人は確信した。
「君は別の世界の三島なのか……?」
「やっぱわかるんだね。まあ、こっちの私って性格カワイイものね」
三島はそう言うと苦笑いをした。
「三島はどこだ?」
「あなたの三島花梨は家にいるよ。風邪ひいて家で寝てるはずだよ。あの子さあ、キミとデートしなきゃって悩みすぎて頭がパンクしたみたい。なんでこうもこっちの私はこうも可愛げがあるのかなあ……」
明人は安堵した。
別の世界の三島からは悪意は感じられなかったからだ。
「それに君らが用意した護衛が鬱陶しくて、正直言って彼らもなにもできないと思うよ。どう? 安心した?」
現在三島には複数の護衛がついている。
三島一家の住む家の隣に引っ越してきた一家。
大学に通う娘とその両親。
彼らは護衛だ。
それ以外にも空き家が出次第、一般人に扮した護衛が引っ越す算段になっている。
彼女の通りそうな道には死角が出ないように防犯カメラが並べられ、電話はエシュロンで監視されている。
他にも三島がよく利用する店舗にも護衛が潜入している。
プライバシーはない。
人権蹂躙もいいところだ。
だがブラッドムーンの出現は、それほどの驚異だったのだ。
「君は誰だ? 白い方か? 黒い方か?」
実験場で現れた三島は二人いた。
目の前の女性はそのうちのどちらかということになる。
「うーん……たぶん白い方?」
いい加減な答えが返ってきた。
答える気がないのか、それとも本人もわからないのか。
それは表情から読み取れない。
明人はしかたなく質問を変えた。
「南極になにがある?」
「誰がいる? じゃなくて?」
「じゃあ『誰がいる?』」
「吉村哲朗」
「誰だ?」
明人には心当たりはない。
「永田の関係者よ」
永田……?
明人は一つ名前に思い当りがある。
女性のはずだと明人は思った。
それはヒロインの一人の名前なのだ。
「永田ヒカルか……」
永田ヒカル。
飯塚が夏休みのイベントで遭遇する女性だ。
他校、千代田区の女子校の生徒のはずだ。
いまや明人の記憶にある女性は全て警護対象だ。
永田ヒカルにも護衛を配備してあるはずなのだ。
「そう。その父親が吉村哲朗。気象学者で今回の南極観測隊に越冬隊員として参加してる」
「いや……待て。永田ヒカルに父親はいないはずだ」
明人は覚えていた。
永田ヒカルは母子家庭のはずだ。
ゲーム内にも父親の記述は存在しないはずだ。
「ええ。いないわ。彼は1年後に母親と結婚する予定の男よ」
「いや、恋人なら警護対象に……」
「まだ出会ってないよ。彼は正しい流れに登場する人物」
「正しい流れ……そうか! トゥルーエンドか!」
「違う。飯塚亮が主役の流れじゃない。主役は伊集院明人」
主役は伊集院明人。
その言葉に明人は違和感を感じていた。
だから
「だが俺は偽物だ」
明人は三島の言葉を遮るかのように力強く断言した。
「それも違う。だいたいキミは、なにを以て本物と断言しているの?」
「前世で俺はただの負け犬だった!」
「頑なね。でも考えて。前世が間違っていた可能性は?」
「……どういう意味だ」
「人間一人を壊す。それは意外に簡単なの。積み上げたものを壊す。孤立させる。責め続ける。自尊心を奪い、自分をダメな人間だと思い込ませればいいの」
さもたいしたことでもないかのように、さらっと三島は言った。
明人は、今まで起こった全てが繋がるのを感じていた。
最初の異世界。
そこでは明人は少なくともプログラミングの知識はあったのだ。
なにもできない人間ではない。
そうなにかがおかしいのだ。
「異世界からの介入……」
明人の口から自然とその言葉が漏れ出した。
「正解」
そう言うと三島は立ち上がった。
そして明人の顔を見るとニコリと笑う。
口角を上げた感じのいい笑顔だ。
いやニコリではない。
明人はその時、危険を感じていた。
明人のうなじがぞわぞわと危険信号を発する。
三島は笑顔のまま明人の顔をのぞき込んだ。
なにかまずいことが起きるに違いない。
何が起こる?
だが身構えた明人の予想しなかった方向へ事態は突き抜けた。
「んーどうしよっかなあ? いいや。出刃亀もいるし見せつけちゃえ♪ はいご褒美♪」
そう言うと三島、異世界の三島はいきなり明人の唇を奪ったのだ。
「んんんんん!!!」
明人は固まる。
完全にフリーズしていた。
「うわああああああああ! 見てない! 私はなにも見なかった!!!」
物陰から様子をうかがっていたレイラが叫んだ。
手で両目を隠しているが、明らかに指に隙間が空いてそこから全てを見ている。
思いっきりガン見していたのだ。
女性があまり得意とは言えない明人は、脳に過負荷がかかりパンク寸前だった。
そんな明人を三島は解放すると、満面の笑顔になる。
「うーん堪能した。んじゃねー。次は帰ってきたらねー♪」
「いいいいい、いや、そうじゃなくて」
明人が慌てる。
「あ、そうそう。私とこちらの私は繋がってるから。唇の感触までライブ中継ね。よかったねー♪」
明人はもう一度固まった。
「んじゃ、まったねー♪」
そう言うと三島は突然消え去った。
瞬時、瞬きをする時間ほどの出来事だった。
こうして固まる明人と狼狽するレイラを前に上機嫌で三島はまんまと去っていったのである。
明人の悩みがもう一つ増えた瞬間だった。
◇
「……えー。私は見てないぞ?」
レイラが明人に言い訳をした。
それよりも重要なことはたくさんある。
だが、レイラには明人への言い訳の方が大事だったのだ。
「い、伊集院。き、君は、べ、別に恥ずべき事をしたわけではない……のだよ? たぶん?」
レイラにも自信はなかった。
ゆえに適当なことを言ったのである。
一見すると免疫がありそうなレイラだが、施設の純粋培養的な教育と師匠の権力によるブロックで色恋には全く免疫はない。
一気に挙動不審になってしまったのだ。
「ほ、ホラ。ジェーンとかにも言わないし。大丈夫だから」
「……」
「だ、黙るな! 不安になるだろ! そ、そうだ! 南極にはいつ行くのだ?」
「いまは南極は冬だ。冬の南極点の平均最高気温は-50℃。死にに行くようなもの……だよな」
明人がため息をついた。
「シベリアよりも寒いのか……うーん確かに死ぬな」
レイラもため息をつく。
その時だった。
「だーいじょぶだよー。アキ太くん!」
明人が現実を突きつけると、もう一人の出刃亀が現れる。
それはビデオカメラを持った不自然な青い髪の色の少女。
上野マキだった。
「っちょ! 上野! ビデオ!!!」
もちろん明人の抗議を無視して上野は続ける。
もちろんビデオカメラで撮影し続けたままだ。
「さて、昭和基地基準だと私から見て12年前、今の冬だと最低気温は-20℃ほどです。死にはしないかと。それに南極海です。大丈夫ですよ」
「いやだからビデオ!」
「自分は極地対応型の強化人間です。当然訓練は受けています。連れて行けば役に立ちますよ」
「ビデオ!!!」
「うるさいド金髪!!! 連れて行かなかったら山田とジェーンと田中とお母様にキス映像送りますよ!!!」
上野は堂々と明人を脅迫した。
手段は選ばない。
それが上野という女の生き方なのだ。
あきらめた明人はため息をつく。
「レイラ、上野が手を貸してくれるそうだ」
こうして南極探検隊が結成されたのであった。
そこまでは良かった。
楽であった。
「あ、本題忘れてました。私の転校が決まりました。明日からここに転校してきます」
どうやら盗撮は本題ではなかったらしい。
「それは良かった」
「あとこれ」
そう言って上野は明人へなにかを渡した。
それは一枚の紙だった。
明人は嫌な予感がしながらそれを受け取る。
『私たち結婚します!』
酒井、それに目が泳いだ中本がそこには写っていた。
「へ?」
「酒井が結婚するそうです。勝手にしやがれです」
「なにこの急展開……」
明人はつぶやいた。




