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暗号

 アキトは困惑した。


 なぜ井上は自分を知っている?

 彼が伊集院明人だとして

 自分の前世は自宅警備員でなにもしなかった男のはずだ。

 そう言えば三島も言っていた。

 本当になにもしなかったのかと?

 なにが……


「ド金髪。落ち着け」


 上野が背中を叩いた。

 明人ははっとし、現実に戻される。


「ド金髪。よく考えてください。情報に惑わされすぎです。今の最優先は何? よく考えてください」


「井上の家からの情報収集」


「重要な情報とはなんですか?」


「分析官による分析が可能な情報」


 誰かが聞いた。

 誰かのメモ書き。

 それでは情報としては弱い。

 情報の真実であるということ、その保証がないのだ。

 もっとも複数の人間の言葉であれば別ではある。

 分析の価値はある。

 別人の証言の共通部分は真実である可能性が高いからだ。


「では必要なものはなんですか?」


 生きていれば本人の証言である。

 生きてさえいれば尋問の技術によって真実に近づくことは可能である。

 だがそれは無理だ。

 井上はすでに死亡している。

 死亡した人間から情報を引き出さなくてはならない。

 つまりこの場合は資料である。

 分析可能な資料を持ち帰るべきである。


「資料」


「まあそういうことだな。んで、この部屋資料だらけだけど……どうするよ?」


 ライアンが頭をかいた。


「簡単です。ド金髪。お前ならどこに隠しますか? そうですね。例えばジェーンからエロ本を隠すには……」


 明人の目がくわっと光る。


「隠せない! 最初からあきらめる!」


「あきらめたらそこでゲーム終了ですよ!」


 余計なボタンを押してしまった。

 上野は思った。

 だが明人は上野が思ったよりは冷静だった。


「……家。……には隠さない」


「どこに隠しますか? エロ物件を世界最強のストーカーから隠すとしたら?」


「……そうか! 健全なものと混ぜれば……あるいは……」


 そう言うと明人は資料の山に向かう。


 聖書だ。

 そうだ。

 ジェーンが触ろうとしないもの、ジェーンが理解できないものに隠しているのかもしれない。

 本当にエロ本を隠すわけではないのだからジェーン専門に考える必要はない。


 だが明人は必死だった。

 井上が著述した専門書に混じって分厚い聖書が置かれている。

 明人は中を開いた。

 中にはUSBフラッシュディスクが挟まっていた。

 USBメモリと呼ばれるものである。

 明人はそれを持ってきたモバイル端末に接続する。

 ジェーンの持ち帰った未来の技術で作られた端末である。

 そこ端末のOSから仮想化された現在のOSを呼び出す。

 その状態でUSBフラッシュディスクを接続する。

 自動起動するプログラムはない。

 明人はUSBフラッシュディスクの中のフォルダを開く。

 そこにあったのは……


 きわどい衣装を着た女性が誘惑するかのような蠱惑的な姿態を見せつける写真データだった。

 明人が画面の前で固まっていると上野が「やれやれ」という様子で言った。


「伊集院明人はおっぱい星の人だったんですね……ジェーンに通報します」


「ちょっと待て上野。今もの凄い理不尽なことを言われたのだが?」


「ド金髪! あなたの侍らしている女を見なさい! 金髪ロリ、すげえ体してる頭の中わんこ系ロリ、そこの忍者は置いといて……私も実年齢ロリでしょうが!!!」


 上野はそう言うと薄い胸を張る。


「そ、そんな明人様!」


 なぜか田中が抗議する。


「違う! なんかものすげえ誤解がある!!!」


「もしかして……尻派……だと……(ゴクリ)」


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」


 明人がなぜか魔女裁判のごとき理不尽な尋問を受ける中、一人真剣な顔をしたライアンが口を開いた。


「明人。聖書を調べろ」


 そうか。

 明人は納得した。

 井上はカトリックだ。

 そこが矛盾点だ。

 今の明人自身は無宗教だ。

 大先生がどこの偉い人であろうが関係はない。

 つまり彼が聖書を使う理由は……


「暗号だ……」


 すぐに水着写真のデータをバイナリエディタで読み込む。

 バイナリエディタとはデータを16進数で記載されたデータの生の数値を表示編集するソフトである。

 写真データが16進数のデータとして表示される。

 明人はそこに写真以外の余計なデータが介在しないか探る。


「あった!」


 やはり巧妙に隠されてはいたが、画像データ以外の数値が存在した。

 あとはこれを読めるように復元すればいいのだ。


「あとは出た数字を聖書から引用して並べれば……」


 明人は16進数の数字を10進数に直し、聖書から引用すればいい。

 明人の胸が弾む。

 ようやく真実に近づいたのだ。

 文字列は複雑な操作を示していた。

 何度も聖書を往復し、文字を見つけていく。

 最終的にごく少ない文字が特定され、明人はそれを並べ替えていく。

 並べ終わると明人はその完成した文を読んだ。



『ねこだいすき』



「うがああああああああッ!」


 明人が奇声を上げた。


「ちょっと明人様!」


「落ち着け伊集院! キレるのはわかるが落ち着け」


 田中と山田が慌てて明人を羽交い締めにする。

 上野は無表情のまま携帯を取り出しシャッターを切る。

 そのまま流れるような動きでジェーンへ写真を共有していく。


「ざっけんなあああああああ!!!」


 明人の叫び声が井上の家に響いた。



「バカ……?」


 『ねこだいすき』を見たジェーンが嫌味もギャグもなく素のままでツッコミを入れた。

 明人は余計に落ち込む。


「……はい」


 それまで椅子に座っていた明人は、なぜか自主的にアジトの食堂の床で正座をした。

 その姿を見たジェーンは「弱ってる男エロ!!! 萌えるわー!」という本音を隠しつつ、思いやりを持った態度で明人へ言った。


「まあしかたないよ。専門じゃないし。こういうときに私がいるんじゃない。もっと頼ってよ。ね?」


 もちろん露骨に恩を売るのは忘れない。

 そして心の中だけで「じゅるり」とヨダレを流した。


「ノイズに混ぜたりとか、とんでもなく巧妙にやってるけど昔あったファイル埋め込みじゃない?」


「そう思ったのですが、はじめと終わりもファイル形式も特定できませんでした。サイズも小さいので文字情報(テキスト)かと……」


「うーん。ちょっと待って……」


 そう言うとジェーンはFA財団のデータベースを検索する。

 アメリカ軍が厳重に保管している全てのデータの方ではなく、すでに公開してオープンにしているデータベースである。


「あ、これだ」


 それは超高性能データ圧縮アルゴリズムだった。


「12年後の世界でごく狭い範囲で使われてる圧縮形式みたい」


「ごく狭い?」


「犯罪用。音楽とか映画とか、テロリストの指令書とか、一部のギークは使ってるみたいだけど……あ、パスワード。なんだろ?」


 明人は目を輝かせた。

 これはアレしかない。


「ねこだいすき」


 ジェーンは一瞬嫌な顔をすると『ねこだいすき』と入力した。


「通った……このファッキンアスほ……」


 ジェーンがキレかけたその時、データの復元が始まった。

 データが次々と復元されていき、ファイルリストがリアルタイムに更新されていく。


「っちょ! なんだこの量はよ!」


 ジェーンが叫ぶ。

 最終的に復元されたデータはDVD一枚分ほどにもなっていたのだ。

 ジェーンは出現したディレクトリの中を一瞥すると明人へ端末を差し出した。


 明人は端末をのぞき込む。

 そこにあったのは設計図、位置座標、装備。

 空母の詳細な情報だった。

 明人がジェーンを見るとジェーンは携帯端末でアメリカ軍に電話をかけていた。

 会話から察するに軍に製造番号などを問い合わせているのだ。


「ありがとう。『直ちに』上へ連絡して。そう『直ちに』。猶予はない。そう、ありがとう」


 明人が見守るなかジェーンが通話を切断した。


「行方不明だったソビエト所有の航空母艦だってさ。まさか今さら出てくるとはねえ」


「それが……いったい?」


「南極海にいる……らしいよ。さあてレイラにも言わないとねえ。忙しくなるねー」


 ジェーンはそう言うと椅子から身を起こし背伸びをした。

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