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レイラの一日(マヨネーズ編)

 レイラの朝は早い。

 最近ではロシア政府が用意した浦和の協力者の家ではなく、藤巻板金に自分の部屋を確保し、そこで寝起きしている。

 夜明けと共に起き、呼吸法で肺の酸素を入れ替え、そのままストレッチを行う。

 体がほぐれたところで水とドリンクゼリーを摂取する。

 それをエネルギーとしてジョギング。

 軽い運動が終わると、乳酸を排出するために整理運動ともう一度ストレッチを行う。

 それから朝食である。

 今日の朝食は蕎麦のカーシャ。

 蕎麦の実の牛乳粥だ。

 おかずはキノコのピクルスとサラダ、それに前日の残り物の鮭のロシア風カツレツ、コトレータ。

 そして重要なものがある。

 調味料である。

 ロシアは寒い。

 特にシベリアは。

 ゆえに体温を維持しやすい脂っこい食物が好まれる。

 その中でもマストアイテムと言えばマヨネーズだ。

 とあるデータによると世界一マヨネーズを消費する国はロシアなのである。

 もちろんレイラも同じである。

 まずレイラは250gサイズのマヨネーズを手に取る。

 それをサラダ目がけて爆撃する。

 レイラはマヨネーズ丸々一本を爆撃し終えると、もう一本のマヨネーズを出す。

 マヨネーズの無差別爆撃。

 全ての食事に暴虐的なまでにマヨネーズの空襲がされる。

 マヨネーズで真っ白くなった食事。

 それをこの少女はうれしそうにかき込む。


 レイラは日本食が好きだ。

 白いご飯と納豆。

 それは大事だ。

 週に何度かは摂取しなければ死んでしまうだろう。

 その身に流れている日本人の血が食べろと叫ぶのだ。

 だがマヨネーズは別格だ。

 マヨネーズは切らせてはならない。

 ロシア人の体を構成する肉の半分はマヨネーズでできているのだ。


 もっとマヨネーズを!

 もっと大量のマヨネーズさえあれば冷戦にも勝利できたはずだ!

 マヨネーズが切れたとき、それこそが敗北の時だったのだ。

 そうだ!

 マヨネーズを止められたからソビエトは崩壊したのだ。


 余人には狂ったとした思えないような妄想をしながら、レイラは朝食という名のマヨネーズの補給をした。

 ちなみにジェーンも朝から青い色をした不気味なパンケーキに、これまた不気味な青いシロップをかけている。

 山田は卵がけご飯を食べている。生卵である。

 各国の食文化は相容れない部分が多い。

 三人とも自分以外は不気味な食事をとっていると思っている。

 だがそれには触れない。


 マヨネーズの補給が終了すると、レイラは新聞などに目を通す。

 もちろん最初はプラウダ電子版だ。

 最近はUFOがどうたらというニュースが多いがレイラは気にしない。

 スターリン時代は購読していないだけで処刑されたという代物である。

 とりあえず読むことが義務なのだ。

 新聞を読み終わると登校の時間が来る。

 三人で仲良く登校するのが日課だ。

 だが最近は少し違っていた。


「あー。今日は大学で講演だってよ。良い子ちゃんしなきゃいけないからイラつくのよー」


 ジェーンが机に突っ伏してそう言った。

 いつもの90年代のアンダーグラウンドミュージックのパーカーではなく小綺麗な格好をしている。


「まったくよう。スタイリストとかが髪の毛とかいじりまくるんよ。お前ら犬のトリマーかオラァッって感じで!」


 そう言って自虐的に笑うジェーン。

 本当はようやく友達ができたので遊んでいたい所なのだ。

 だがしかたがないとジェーンは納得している。

 異世界から技術を持ち込んだ責任があるのだ。

 成し遂げねばならない。

 レイラはそんな疲れた様子のジェーンの肩に手を置く。


「これをやるから元気出せ」


 そう言ってレイラが差し出したのはウズラの卵のマヨネーズ。

 レイラのとっておきだ。


「いらんわ!!!」


「な! せっかくロシア食材専門店から取り寄せたのに!!!」


 こうして不毛な争いからレイラの一日が始まるのだ。



 授業が終わり放課後。

 レイラは明人たちを探していた。

 藤巻たちとの勉強会の場所を聞くのを忘れたのだ。

 たいていはアジトなのだが、たまにファミレスに変わるときがある。

 山田が参加するときだ。

 山田はひたすらデザートを要求する。

 ちょっとした山賊だ。

 だが糖分が切れるまでの委員長モードなら教えるのは誰よりも上手だ。

 何だかんだと言いながらも面倒見はいい。

 山田がいた方が効率はいいのだ。

 ゆえにレイラはできるかぎり山田も巻き込むつもりで仲間を探していた。


 おそらく明人は屋上だろう。

 レイラはそう思った。


 レイラは明人を観察した結果、伊集院明人はコミュニケーションが得意ではないと結論付けていた。

 その結果、人がいないところで落ち着く習性があることも見破っていたのである。

 案の定、明人は屋上にいた。

 ところがその横には三島花梨がいたのである。


 まずい!


 レイラは慌てて身を隠す。

 伊集院明人と三島花梨は世界の破滅、その重要人物と黙されている。

 なにかとんでもない話をしているのかもしれないのだ。

 レイラは明人に見つからないように明人の視界の外を通り移動する。

 そして明人たちが座っているベンチへ肉薄する。


 よし。

 これで話を盗み聞きできる。

 「いきなりラブシーンとかになったらどうしよう!?」じゃなくて、この世界の行方を左右する話し合いが行われていたらどうしよう?


 レイラは半分だけよこしまな気持ちで聞き耳を立てた。


「三島。俺に隠してることはないか?」


 明人は優しい口調で三島に言った。

 三島はコクリと頷く。

 レイラの心臓がドキドキと高鳴った。


 も、もしかしてこれは修羅場というヤツなのか!?

 せ、先生の推薦図書(ユーリ所蔵の昔の少女漫画)に出てたやつなのか!?


 レイラは顔を真っ赤にしながら口に手を当てる。


 すごい場面に出くわしてしまった!!!


「あははははは。バレた……うん。ごめん。隠してた」


 三島は屈託なく笑った。

 それに対して明人は無表情だった。

 明人が口を開く。


「俺は4人の三島を見た。黒い三島。白い三島。異世界の三島。そして今、俺の前にいる三島。なぜ情報を小出しにする?」


「伊集院……思い出して……伊集院はいつから伊集院明人だったの?」


「どういう意味だ?」


「伊集院。キミは前は伊集院だった?」


 なにか様子がおかしい。

 レイラは焦った。


「俺は……前の俺は違う人間だ? どうしようもない男だった……」


「本当に?」


「なにもしなかった男で……」


「本当に……?」


 三島はなにかを知っている。

 レイラは思った。


 どういうことだ?

 異世界の伊集院。

 そこになんの秘密があるのだ?


「そうだね……ヒントをあげるね。井上准教授を調べてみて」


 井上……

 レイラは瞬時に思い出す。

 殺害された准教授だ。

 ローマに予言を送った人物だ。

 どうして今さら……


「どうして情報を小出しにするんだ?」


「伊集院に正しいルートをたどって欲しいから」


 三島は明人を見据えていた。

 その目には力がこもっていた。


「正しいルート?」


「うん。誰も死なない未来。ジェーンも山田もリュウジのアホも……レイラ! キミもだよ!」


「ぶーッ!!!」


 名前を呼ばれレイラは驚きのあまりむせる。


「げ、げほ! な、なぜ……わかった!」


「私はこれから友達になる子のことは知っているのだ。えっへん! レイラは少し素直になった方が幸せになれるよ。リュウジはさ、あの顔でコンプレックスの塊だから。自分に都合がいい情報を頭から否定してるんだ」


「にゃにゃにゃなにお!!!」


 レイラの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

 どうやらレイラは三島に弱いらしい。

 「これから友達になる」という不審な台詞にツッコミを入れさせる気はないらしい。


「伊集院も同じだよね。周りの女の子に気をつかった方がいいよ」


 明人は平然としていた。


「ああ。そうだな。みんな大事な友人だ」


 あくまで平然としていた。

 三島は呆れた顔で質問をした。


「ジェーンは?」


「大事な友人だ」


「山田は?」


「大事な友人だ」


「田中会長は?」


「大事な友人だ」


 そして三島はため息をつく。


「まったくこれだから……伊集院は器はデカいんだけどな……まあいいや、前の人生を狂わせた原因を思い出して。思い出したら……」


 三島は顔を真っ赤にしてもじもじとした。

 そして、


「デートしてやるよ!!」


 そう言って三島は明人の胸を叩いた。


「次のヒントは井上を調べたらな!」


 そう言うと三島は屋上から去って行った。

 こうしてレイラの一日は波乱の中終わるのであった。

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