上野マキ
明人は固まった。
明人は前世では廃人仕様のオタクである。
ゆえに、上野マキを見て想像が暴走した。
「パパ! あなたがしっかりしないと、私が存在しないことになっちゃうの!」
と、未来の娘に泣きつかれる図が頭に浮かんだのである。
完全にその想像は飛躍しているのだが、明人はガタガタと震えた。
「ま、マキ。俺……」
「『俺がパパだよ』とか、ふざけたことをぬかしたら、その場で殴り倒します」
上野はバッサリ切り捨てた。
その顔はあくまで無表情だが、明人には少し怒っているように感じられた。
慌てて明人は黙る。
それを見て上野は説明をはじめた。
「私には父親はいません。確かに三島花梨の細胞から製造されたのは事実です。ですが、遺伝子操作を受けており、あくまでオリジナルとは別個体です」
「遺伝子操作?」
「自分は、ブラッドムーンによる急激な気候変動に耐えられるようにデザインされました」
この世界では人類を生存させるいくつかのプロジェクトが同時進行していた。
原因究明のための異世界への探索、人類が気候変動に耐えるための技術の開発などである。
その一つが遺伝子操作による肉体の強化である。
上野は極地生存型の遺伝子操作を受けている。
肉食獣のように各種ビタミンを体内で作り出し、少ない食料でも生存可能などの機能を付加されているのである。
「酷い話だな……」
「それは見解の相違です。現在、人類はゆっくりと絶滅に向かっています。そんな状態で人権だのなんだのと主張する余裕などありません。実に論理的かと」
明人はこの世界では人権は放棄されたことを思い出した。
全体主義的な思想も非常時には、しかたがないのかもしれない。
「少し脱線しました。自分は遺伝子操作の副作用で、この青い髪の他にも少々変わった能力を持っているのです。直感というやつです」
「直感?」
「ええ。例えば自分の死期とか」
「おい……」
上野は眉一つ動かさなかった。
だが明人はその様子のおかしさに気づいていた。
「冗談です。でも普通より直感が鋭いのは事実です。その直感がざわつくのです。あなたとオリジナルの関係を説明しなさい」
明人は答えに窮した。
その答えは明人にもわからない。
確かに一連の事件の背後には三島が関わっている。
だがどうしても、明人には元の世界の三島花梨に直接関係があるようには思えないのだ。
だから明人は一番適切と思われる言葉を選んだ。
「……友人だ」
「それは肉体的な交渉を主とする友人という意味ですか?」
「違う!!!」
「すいません。分かりにくい表現でした。あなたとオリジナルはセフ……」
「断じて違う!!!」
明人の声は完全に裏返っていた。
この上野という少女、ジェーンとは違う意味で明人の天敵である。
「冗談です」
なぜか上野は満足そうだった。
やってやったぜと言わんばかりである。
いや、表面上は無表情なのだが、明人にはその表情の微妙な違いが読み取れた。
「今のでわかりました。いつまでも甘酸っぱい恋愛で止まっている優柔不断な童貞野郎ですね」
「悪かったな!!!」
この上野という少女は思ったよりもかなり口が悪いらしい。
「でもわかりました。あなたはいい人です。大切な友人ということで理解しました」
「そうか」
「ええ。でも大切な友人のままでフェードアウトしそうな予感がします」
必ず余計な一言が含まれているようだ。
明人は上野のその顔が満足げに変わるのがわかった。
◇
翌日、ビジネスホテルの食堂に全員が集まっていた。
なぜか上野まで一緒に朝食を食べている。
しかも上野は山田と同じ制服を着込んでいた。
明人はわかってはいたが、ツッコミを入れないことにした。
上野の行動には必ず罠が仕込まれている。
そのことを学習したからだ。
その中で一人、やたら元気な人間がいた。
「うふふふふふふふ」
やたら上機嫌なジェーンである。
なにか良いことがあったのか、顔がツヤツヤとしている。
「ジェーン。上機嫌だな」
明人は嫌な予感がしながらも聞くことにした。
ジェーンが機嫌が良いときは明人に死亡フラグが発生するのだ。
「うん、昨日もらったデータが凄いのよ! 世界の12年分の新技術とか大発見をカンニングしまくり! 新しいソフトのインスピレーションが次から次へと湧いてくるわー!」
「カンニングでいいのか?」
明人が呆れながら言った。
だがジェーンはそれでもニコニコとしている。
「うん♪ 私の専門は真理の追究じゃなくて、応用分野だもん。料理の材料が増えるのはいいことなの。あとはどう調理するか……今だったらスカ○ネットも構築できるわ。ふふふふふふふ」
邪悪な顔で微笑むジェーンを前に全員が恐ろしいものを感じた。
やはり世界を滅ぼすのはジェーンかもしれない。
「ああ。チップ作ってる会社にこれを見せたら……世界を獲れるわ……」
完全に魔王側の発想である。
「あ、そうそう。リュウジ! バイクをカスタマイズしてくれるって」
「いやそれはちょっと……親父に許可を取らないと殺される……」
藤巻の親父は限りなく芸術家に近い職人である。
自分の作品を台無しにされたら鉄拳制裁は確実である。
「大丈夫。12年後の技術よ。すんげー合金とかすんげえカーボンとかよ! 持ち帰ったら英雄よ。試しにホイールとベアリングだけで……どう?」
藤巻がごくりとつばを飲み込んだ。
乗ってみたい。
すごいらしいのだ。
実際に資料を見たジェーンが言うのだからそうなのだろう。
藤巻は納得することにした。
欲まみれで。
その証拠に珍しく藤巻の目の色が変わっていた。
そんな空気の中、空気を全く読まない女が手をあげていた。
上野である。
「自分は皆さんを異世界探索のクルーの所へ案内するように申しつけられて来ました。そこの金髪の人が言うには、オリジナルに関係があるという話ですので。その後聴取の続きになります」
不自然なほどの好待遇だ。
猜疑心の強い明人は不信感を持った。
「金髪の人。今、あなたの思ったことは見当違いです。我々はジェーンさんの持ち込んだ資料を高く評価しています。これだけでも異世界探査は成功と結論づける事になりました。いやー予算ガポガポ。素晴らしいです」
ちっとも素晴らしそうに聞こえない声色と単語だが、それでも上野の発言はとりあえず明人を納得させた。
「では行きましょう。異世界探査のクルーには高校の新聞部のインタビューということにしています」
「秘匿する意味があるのか?」
むしろ情報をオープンにしてクルーを安心させるべきではないか?
明人は疑問に思った。
「ただの個人的な嫌がらせですが何か?」
「思った以上に酷い理由だなおい」
明人が上野を見ると、やはり『やってやったぜ!』といった顔をしていた。
だが明人以外はその微妙な表情の変化を感じることはできなかった。
◇
東京都千代田区外神田。
12年前は秋葉原のショップが建ち並ぶ区域であったその場所には、味気ない商業ビルが建ち並んでいた。
上野の説明ではネットショッピングに押されて同人誌含むほとんどのショップが閉店。
電子部品のショップとジャンクパーツショップが残るのみとなっていた。
結局、吉原と同じようにオフィス街へと変貌していた。
この世界では実店舗のショップは埼玉南部や江東区の方に移転したそうだ。
その変貌した秋葉原に会場は存在した。
ルノ○ール電気街店。
「昭和通りにあっただろ」というツッコミは12年という月日で説明できる。
また「喫茶店やろが!」というツッコミも、貸し会議室の営業は明人の世界でもすでに行われているので充分に反論可能だ。
その中途半端なリアリティに明人はイラッとした。
上野に導かれ、喫茶店の会議室に入ると8人の男女と酒井が中にいた。
「やあ、みんな。彼らが異世界探査のクルーだ。存分にインタビューしてくれたまえ」
明人は異世界探査のクルーから三島を探した。
三島の存在がなにかの手かがりに違いないのだ。
そして真ん中にいる女性と目が合った。
美しい顔の造形を自信に満ちた表情がさらに引き立てた大人の女性。
三島花梨だ。
だが明人は違和感を覚えた。
「……違う」
根拠はない。
だが直感でそう思った。
以前に異世界へ行ったときは異世界のジェーンをジェーンだと認識できた。
だが彼女は明人の知っている三島花梨ではない。
時間が経って容姿が変わったという話ではない。
ジェーンのときは容姿が大幅に変わっていたがそれでもジェーンであると感じられた。
明人には、根本的なものが三島花梨と違うように感じられたのだ。
「上野。悪いが君と酒井さんと廊下で話したい」
「わかりました」
明人の真剣な表情に嫌味も言わずに上野は首を縦に振った。




