オカンチョイス
明人の膝の上にジェーンが座っていた。
横には田中が寄り添っている。
「どこの暴君だ。お前は」
ライアン、藤巻、飯塚は一斉に思った。
ちなみに斉藤は飯塚の隣でニコニコしている。
山田は「くぅー」とお腹を鳴らしていた。
二人とも自由人である。
「はっはっはー。若いねー」
「すばらしいド外道です(サムズアップ)」
異世界組には大変好評だった。
そんなやりとりで、明人たちがリラックスしたのを確認すると、酒井は話を元に戻した。
「なんとなく理解したよ。つまり君らは、この世界に戻ったのではなく、異世界からやって来たと主張するんだね。それも12年前の」
「そうです」
「ま、否定はしないよ。そういうこともあるかもね」
酒井は相変わらず微笑んでいた。
その表情からは何も読み取ることはできなかった。
完全なポーカーフェイス。
彼のポーカーフェイスを崩すことはできないだろうことは明人もわかっていた。
「で、君らはたまたま送り込まれた、ということだね?」
「相手には何かしらの意図があったのかもしれませんがね」
かなりの部分を省略して明人は説明した。
確かに酒井は味方であれば信用のできる人物だ。
明人も率直に言えば世話になっているのだ。
だが、目の前の人物は明人の知っている酒井ではない。
立ち位置や信念が異なっている可能性は否定できないのだ。
そういう意味ではいつ敵に回るかわからないのだ。
それは他のメンバーも同じだった。
ライアンと田中、それに山田は余計なことは言わない。
この空気を理解しているのか、アフリカでさんざん苦労した飯塚も沈黙を保っていた。
そんな重い空気を壊したのはジェーンだった。
「ねえねえ、酒井。頼みがあるんだけどさ」
ジェーンが話を切り出した。
私は腹の探り合いなどしない。
それは自分の仕事ではない。
そう言わんばかりの態度だった。
「なんだい?」
「この世界のPCと関係資料、できれば12年分の世界中の特許と実用新案、それに文理関係なく12年分の世界中の論文くれない? あと学術誌のバックナンバーに、公開されてるオープンソース丸ごとちょうだい」
「いいよー」
「酒井。いいのですか?」
「うん。いいんじゃない。ほとんどが公開されてるものだし。パソコンも10年前より値段下がったから、完全に消耗品費扱いだし。そうだねえ。交換条件次第では、異世界探査に関する技術情報もつけようかな。ほとんどが機密だ。さて、代わりにそちらは何をくれるのかな?」
もちろん交換条件の用意はできているよな?
酒井は暗にそう言っていたのだ。
だがジェーンはそんな圧力など気にはしない。
「こちらが提出できるのは異世界関連の能力を持った人間のパーソナルデータと実験資料。それに実際に異世界に渡った被験者の記録。うちらの方が技術水準は低いけどレアな情報でしょ?」
そう言ってジェーンは自分自身のモバイル端末を差し出した。
明人と田中、山田などの各種調査結果をまとめたデータが中に入っている。
ほとんどの資料は「何もわからないことがわかった」状態である。
だが、この世界の技術水準なら、有効に使える可能性は否定できない。
それにこの世界では、安全に異世界へ人間を送る技術が確立されていない。
個人の異能だとしても、交換条件としての価値にジェーンは自信を持っていた。
「もちろん。こちらからすればノドから手が出るほど欲しい情報だ。うん、交渉成立だ」
酒井がデスクにあるボタンを押し、通話を開始した。
こういった道具は、10年後でもさほど変わり映えがしないようである。
「あ、そうそう。泊まるところ決まってる? 用意するけど」
もうすでに時計は夜の9時を回っていた。
こうして話し合いは一旦終了と相成った。
◇
明人たちは、酒井が用意した吉原のホテルにいた。
元はここにどんな建物が建っていたのか?
それは追求すべきではないだろう。
部屋は二人で一室。
わざとらしいとさえ思うほど、ごく普通のビジネスホテルである。
明人の同室は加納になった。
「一番安全なヤツと同室にしてくれ」
それは加納の命乞いだった。
こうして加納は着せ替え人形にされるのを回避したのだ。
そして部屋にはもう一人、別の人物がいた。
人造人間である上野マキである。
「頼まれていた着替え」
上野は、なぜか明人に紙袋を渡した。
紙袋には『ビクトリアン』とか『アリス』とかと書いてある。
明人は嫌な予感がしながら、加納にそのまま渡す。
「いやー。まったく女の格好させられて肩がこっちまったよー……って、オイコラテメエ」
やはりか。
明人は眉間を押さえた。
「おうおうおうおう! 12年後でもこの文化滅びてねえのかテメエコラ!」
袋の中に詰められていたもの。
それはロリータ服。
しかもかわいい。
顔を真っ赤にして怒る加納。
詰め寄られた上野は、無表情のままサムズアップした。
「お客様にお似合いの服を選びました」
「俺は男! な、男だからな! こういうのは普通着ないのな! わかる?!」
「12年も前から来たのに、なぜ今の男性がそういうのを着ないと断言できるのでせうか?」
その表情は相変わらず無表情だった。
全く考えが読めない。
「い、いやそれは……」
加納が固まった。
「もしかするとそうなのかも」と納得してしまいそうになっている。
「では……なぜ、声を荒げたのでせうか? それは偏見でせうか? 男女平等違反は死罪ですよ」
加納が「うう」と、うめいた。
ちなみに上野は全ての台詞で「せう」をそのまま発音している。
「反論はありませんね? では私が選んだ、すんげーかわいい服を着るのです」
「う、うううううううううう……」
どうやら加納は頭を使うのが苦手なタイプのようだ。
言葉に詰まっている。
明人は介入するか迷ったが、加納があまりにも哀れに思われ、しかたなく言った。
「上野駅ではデニムとシャツが主流だったが」
「チッ!」
舌打ちの仕方を知らないのか、なぜか上野が口でそう言った。
まだ無表情である。
だが明人はなんとなく理解した。
上野というこの少女、感情がないわけではない。
むしろジェーンと同じような思考の持ち主のようである。
「嘘かテメエ!」
「あー、やる気なくなった。はいはい。わがまま言う子は、その辺のスーパーで適当に買ったパンツと、やる気のない柄のシャツで充分ですよー」
上野はやる気をなくした。
すると、上野は全国展開の大手スーパーマーケットの袋を加納に投げつける。
「おまッ! 買ってたのかー!」
加納は袋をキャッチすると袋を開けた。
中には、風神雷神が描かれたアロハシャツ。
それにやる気のないケミカルウォッシュのデニムパンツが入っていた。
明確な悪意を感じさせる構成である。
「オカンチョイス……だと……」
加納がつぶやいた。
オカンチョイス。
中学時代に多くの人が経験したであろう。
服屋に行く服がないので、お母さんや他の家族に買ってきてもらう。
お母さんが買ってきたのは、悪意ぎりぎりラインの微妙な服。
現役中学生の加納には、さぞ生々しく感じたことだろう。
加納が頭を抱える。
なぜか明人には、無表情のはずである上野が微笑んでいるように見えた。
「さて、小粋なギャグはウケたとして、えーっと、そこの暴力を主食にしてそうな金髪」
酷い言いぐさである。
「なんだ?」
「ツラ貸しなさい」
「ああ。いいが、用件はなんだ?」
「乙女の着替えを覗くのは紳士じゃない」
「てめえとは一回話をつけるべきだコラァッ!!!」
怒鳴る加納を無視して、上野は明人の手を引っ張る。
明人もそのまま連れて行かれる。
こうして部屋には加納だけが残った。
「ふう。なんで俺の周りの女ってみんなこうなの! まったく昔っから……」
加納は記憶の糸をたぐり寄せた。
そう。
こんなことが昔あったような気が……
どこかで……
いや、シナリオライターやプログラマーたちではない。
進藤でもない。
どこかで……
その瞬間、加納の頭に大量の情報が書き込まれた。
それは頭痛となり加納を苦しめた。
「っちょ! アイタタタタタ。ちょっと待てコレやばいって……」
そのとき何が起こっていたのか?
大量の情報が一気に加納にダウンロードされたのだ。
まるで加納が、なにかに気づくのを待っていたかのように。
時間にして10秒ほどだろうか。
加納は頭痛から解放された。
そして頭の中で情報が繋がる。
「そうか……俺はこの世界の人間なのか……俺は……三島花梨の異世界転送を成功させるために……」
◇
ホテル屋上。
自分から連れ出しておきながら、上野は一言も言葉を発しない。
なにか思うところがあるのだろう。
明人は、上野がなにかを言うのを待つことにした。
その間、明人は上野を観察した。
上野という少女。
その、ありえない髪の色を除いてもどこか人工物のようだった。
だが同時に明人は表現しがたい違和感を感じていた。
誰かに似ている。
顔のパーツなどの細かい部分ではない。
身に纏う雰囲気が、明人の知っている誰かに似ているのだ。
「金髪の人」
「明人だ」
上野が唐突に口を開いた。
無表情で声にも変化はないが、どこか様子がおかしい。
「明人。私は三島花梨の体細胞をベースに作られました。あなたとオリジナルの関係性を説明しなさい」
何を企んでいる?
上野の目はそう言っていた。




