合流
横転したトレーラーから煙がもくもくと上がっていた。
トレーラーの窓ガラスが割れ、中からジェーンを背負ったレイラが出てくる。
そのあとに続いて田中もトレーラーから出てきた。
「し、死ぬ……今回は本気で死ぬかと思いましたわ……」
「君らは毎回こんなことをしているのかね?! そのうち死ぬぞ!」
「今回は反省しましたわ……」
「み、みんな……周りを見て……」
ぐったりとしたジェーンがか細い声で言った。
田中とレイラは周りを見て口角をひくつかせた。
そこには大量の野次馬が昔ながらの携帯電話や各種デバイスで写真を撮っていた。
「は、早く逃げないと……警官が……」
三人はトレーラーを置いて逃げ出した。
田中の能力で逃げるという発想も浮かばないほど慌てながら。
その時、ビルの陰から声がかかった。
「こっちだ!!!」
三人が一斉に声のした方を見る。
そこにいたのは飯塚と斉藤だった。
◇
上野公園。
国立東京都博物館前。
もうすっかり辺りは暗くなっていた。
「し、死ぬかと思った……」
ジェーンがため息をついた。
あのあと三人は飯塚たちに誘導されて逃げきった。
そこに藤巻と加納も合流し作戦会議を開いていた。
「ところで、なんで上野なんでしょう?」
皆をこの世界に連れてきた本人である田中が身も蓋もないことを言った。
お前が言うな!
田中以外の全員の心が一つになった。
「田中ちゃんはスルーして、とりあえず明人と合流しようか」
ジェーンは自分のモバイルノートを起動する。
「接続はステイツの適当な衛星を借りてーっと……あっれー? 日付がおかしくなった」
ジェーンが首をかしげる。
「なにかありまして?」
田中にジェーンは目を点にして答えた。
「ここ12年後……」
「え?」
「だからここは未来……あのねいくつかのサーバーに繋いだのよ。そしたらどれもこれも今が12年後だってさ。接続も正常だし。アナウンスもないし。おっかっしーよねー! あははははは」
ジェーンは現実を直視するのをやめた。
サーバーが狂いまくって、ありえない年月日を指している。
複数が一挙に狂うことはまずないだろうがそこは気にしない。
やけになって空笑いをするジェーンに藤巻が声をかけた。
「ジェーンちゃん……上を見ろ」
藤巻は天を指さしていた。
皆が一斉に空を見上げる。
漆黒の闇の中を照らす青透き通った月の光。
そしてもう一つ、赤く夜空を照らすものがあった。
ブラッドムーンである。
「にゃ、にゃにがあった!」
ジェーンが慌てふためき、レイラはぼけっとブラッドムーンを眺めていた。
「どうやら大変なことになっているようだな……」
どこか人ごとのように藤巻が言った。
だが他のメンバーは理解していた。
破滅のときまでそれほど間がないのだと。
「あ、あ、あ、明人! 早く明人と合流しなきゃ!!!」
ジェーンが慌てふためきながら小さな端末を出す。
「なにそれ?」
「アキトレーダー。あのバカさ、変なところで気を使って私を置いていこうとするから作ったの。わかんないように学ランに発信器を縫い付けといてやったわ」
ジェーンが端末を操作すると画面に地図が表示される。
それを見て飯塚が汗を流しながらツッコむ。
「あの……ジェーンちゃん……プライバシーって知ってる?」
「ジェーンちゃんまだ小さいからわからにゃい♪」
「小さくねえよ! このクソガキ!!!」と飯塚はツッコミを入れたかったに違いない。
だがなにも言わない。
余計なことを言ったら最後、自分の方にまでとばっちりが行くに違いないからだ。
汗を流したまま黙るそんな飯塚に代わり、真剣な顔の斉藤がジェーンのすそを引っ張った。
「みかんちゃん、なに?」
「お頼み申す。帰ったらもう一つ、もう一つくだされ!」
なぜかインチキ臭い武士語である。
「っちょ! みかん!!!」
飯塚が泣きそうな声を出す。
何も言わなくても飛び火することはあるのだ。
そんなやりとりをしていると、ジェーンは地図上に光る明人のシンボルを発見した。
「おっしゃ!!! あった。ええっと場所は……」
ジェーンがいきなり無言になり、端末を田中に渡す。
田中も地図を見ると無言になった。
「なにかあったのか?」
レイラが端末をのぞき込む。
「うん? 吉原大門? なんだここ?」
レイラが顔を上げると、ジェーンと田中の目から光が失われていた。
いわゆるレイプ目である。
「ウチらがたいへんなときにダーリンはおねえちゃん遊びですよ。田中さん」
ジェーンの声が怒りのあまり棒読みになる。
「これはお仕置きが必要ですわね。ジェーンさん」
田中も無表情のままで棒読みだった。
その並みならぬ様子に藤巻と飯塚、それにレイラは「あ、明人死んだ」と思った。
◇
「どうやって異世界に行った人間に目的を持たせるのですか?」
明人は酒井に、異世界の酒井に聞いた。
「ああ、原理はわかっていないが脳の特定の部分に命令を書き込むんだ。すると別の世界の同一存在に記憶が引き継がれるんだ。それほど多くの情報は書き込めないがね」
明人はそれをクラウドストレージみたいなものだと理解した。
理解と同時に疑問がわく。
「どうやってそれを観測したんですか? 代償なく自由に異世界間の移動ができるわけじゃないですよね?」
「異世界の扉を開いてから閉じるまでは特殊な方法で通信ができるんだ。直接呼びかけたら反応があった。確率は低いし、会話自体も数秒だけどね」
人体実験の方が先という、なんとも酷い話である。
明人は無意識に嫌悪感を顔に出していた。
「嫌そうな顔をしているね。でもしかたないよ。ブラッドムーンの引力が原因と考えられる地震とかの災害が世界中で頻発。おまけに南極まで消滅。調査をしようにも海も空も荒れすぎて近づくこともできない。この世界は八方塞がりの状況なんだよ。手段なんか選んでる余裕はないね」
明人は同意や納得はしないまでも事情は飲み込めた。
酒井も心の中では納得はしていないのだろう。
急に無言になった。
二人の間に微妙な空気が漂い、明人も無言になる。
その微妙な空気をどうにかするため明人は話題を変えることにした。
「ところで。この会社は伊集院スヴェトラーナがオーナーのはずですが……」
酒井が片眉を上げた。
「これは懐かしい話を……スヴェトラーナさんは12年前に亡くなられましたよ。そのあと紆余曲折あって、今では私たちが使わせてもらってます。でもなぜそんな話を?」
「俺の母ですので」
「……はて? スヴェトラーナさんにはお子さんはいなかったはずですが……異世界ではそれが違うのですか」
つまり酒井の話ではこの世界には伊集院明人は存在しないということだ。
前の世界でもそうだった。
配役が異なっているのだ。
明人はとてつもない違和感を感じていた。
明人が考えていると、上野マキ、青い髪の少女が小銃を構えた。
「なんだい上野くん?」
「侵入者を知らせる通信が入った。正面から入ってうちの部隊をなぎ倒しながらここに向かっている」
「へえ? 反政府勢力かい?」
「違う。学生? 今、コントロールルームからカメラの映像をモニターに出力する」
上野がそう言うのと同時にプロジェクターから光が放射され、ホワイトボードに画面が表示される。
ホワイトボードに映された映像を見て、山田もライアンも「あっ!」と声を出した。
そして明人は絶句していた。
プロジェクターが映し出していたのは、目から危険を知らせる赤い光を放つロリッ娘、それとお嬢様系忍者。
彼女たちが屈強な男たちをなぎ倒していく。
気のせいかいつもより戦闘力が上がっている。
明人はごくりとつばを飲み込む。
山田とライアンが同時に明人の肩を叩いた。
明人は急いで逃げ出そうとする。
そうだ! 窓だ!
窓をぶち破って壁伝いに逃げれば!
明人が窓へ走り出す。
次の瞬間、ありえない音が響いてきた。
それは鉄の馬の鼓動。
エンジン音だった。
「い、いや待てどうやって……」
明人が窓から下を見る。
「ま、漫画かよ!!!」
それはバイクだった。
藤巻の乗ったバイクがビルの壁を垂直に登ってきていたのだ。
「はっはっは。なんか面白いことになってるねえ」
面白くねえ!!!
明人は心の中で全力でツッコミを入れた。
明らかに逃げ場は塞がれていた。
それでも明人は脱出経路を探す。
その明人をライアンと山田が逃げないようにがっしりとつかんだ。
「っちょ! お前ら!!!」
「明人。アキラメロ! 俺もアイツらが怖い!!!」
「なんかよくわからないけど怒ったジェーンは怖いんだ!!! だから伊集院が犠牲になれば……」
「っふ・っざ・っけ・ん・なー!!!」
必死になって暴れる明人。
だが、ジェーンにたちに差し出されるのは時間の問題だった。




