真実に近い場所
「自己紹介が必要かな? ブラッドムーン対策局局長の酒井だ」
しれっと嘘つきやがて。
明人は思った。
酒井は人の上に立ってリーダーシップを取るような人間ではない。
仄暗い政治の暗部に生息し暗躍する生き物だ。
公安などの人に言えない部署に決まっている。
「その表情、異世界の僕のことを知っているようだね?」
見透かされた。
明人はやはりこの男はただ者ではないと思った。
酒井の方は明人の手、手錠でつながれた手を見て笑った。
「あ、ごめんごめん。上野くん彼らの手錠を外してあげて」
「帰還者の取り扱い規則違反」
「堅いこと言わない。それにそこの大きい人は引き千切ることもできそうだよ」
酒井はライアンを眺めながらそう言った。
ライアンは態度悪く鼻で笑うと手錠の鎖を引きちぎった。
上野と兵士たちはその瞬間小銃をライアンに向けた。
「ほらね」
まるで他人事である。
「動くな!」
上野が怒鳴った。
だが怒鳴ってこそいたが感情はそこには感じられない。
「酒井局長。死にたくなければこちらに」
「大丈夫だよ。害を加える気ならもっと前に暴れてたよ。だよね?」
「だな。アンタよくわかってるな」
「官僚は一目で相手が自分より強いか弱いかわからないと生きていけないものでね」
お前らは肉食獣か。
明人は思った。
明人たちの手錠が外された。
上野たちは危険だと思っているのか銃口を向けたままだった。
「じゃあ話し合いしようか。あ、上野くん以外は下がっていいから。あー、ついでに君ら椅子持ってきてくれる?」
兵士たちは嫌そうな顔をしながら部屋を出ると、馬鹿正直にも部屋に椅子を運び込んだ。
こういう細かいところで顰蹙を買うのは元の世界と変わらない。
明人たちが着席すると酒井が話を再開した。
「さて。どこから話そうかな? とりあえず上野くんの紹介かな?」
「私のことは放っておいて」
「いやいや。彼女は凄いんだよ。我が国初の体細胞クローン……いや人造人間の一人だ。あ、名字の上野ってのはね上野で製造されたから……」
胸くそが悪い。
明人は露骨に嫌な顔をした。
「はっはっは。このクソ野郎って顔だね。これで確信したよ。君らは我々の送り込んだ帰還者だ」
「なぜそれだけでわかるの? それに帰還者ってなに?」
山田が率直かつ直球の質問をぶつけた。
酒井は微笑んだ。
「日本はね10年前に人権の定義を捨てたんだ。なんたって世界が滅ぶかどうかの瀬戸際だ。なりふり構ってられないからね」
「じゃあ帰還者は?」
「そうだね。じゃあ最初から、どうやらブラッドムーンは異世界から来たらしいんだ。あー。異世界ってわかるかな?」
「わかる」
「じゃあ話が早い。異世界に人を送って原因を確かめようってなったんだ」
「三島花梨?」
「そう彼女たちが第一陣だ。だけどねその前に安全性を確かめなきゃならない。有人月面探査の前にロシアが犬を月に送ったのと同じだよ」
「……に、人間を送ったのか?」
「そうだね。かれこれ一万人ほど送ったよ。自殺志願者に失業者に……年に三万人も自殺してからね隠蔽は簡単だったよ」
明人は顎に親指を当てた。
だんだんとわかってきた。
いろいろな世界からやってくる転生者、その正体はこの流れから来ていたのだ。
こここそがそもそもの原因なのだ。
そしてもう一つの疑問を聞かなければならない。
「どうやって送っている?」
「空間を歪ませてから分解した肉体から意識だけを飛ばすんだ。任意の世界の任意の場所にね。そしてそこに運悪くいた人間の精神と融合させる。融合した相手がどうなるかは完全にはわかっていない」
別の世界の三島花梨。
彼女は加速器に落とされて今の姿になったのだ。
とうとう関連する技術が出現したのだ。
だが意識を飛ばすなんて本当に可能なのだろうか?
「それは魂ということか?」
明人が悩んでいるとライアンが乱暴な口調で質問した。
特に感情をこめない声。
だがその場で明人だけはライアンが激怒しているのがわかった。
「魂の科学的な定義は未だにないよ。それは僕が軽々しく言えることじゃない」
「帰ってこないとは思わないのか?」
明人が核心を突く。
酒井は微笑んだ。
「うん。そうだね。ほとんどは帰ってこないと思うよ。帰ってきたのは君らで二例目だ。実を言うとね、この計画はね勝ち目の薄いギャンブルなんだ」
酒井は悪びれもせず肯定した。
つまり一万人の人体実験を行ったことを。
ライアンは絶句し、その後プルプルと震えた。
そして、
「てめえッ! ふざけんな!!!」
と吠えた。
「てめえのせいで俺もこの明人も妙な事件に巻き込まれたんだよ! ああコラァッ!!!」
つかみかからんばかりの勢いでライアンが怒鳴る。
そんなライアンに向かって明人は手を差し出し制止させる。
酒井もライアンに小銃を向ける上野を制止していた。
「明人! 俺はこの野郎を殴らないと気が済まん!!!」
「落ち着いてください先生! 酒井さん。これはあなたの判断じゃないですよね?」
明人は確認した。
酒井は確かに外道だ。
だが酒井は基本的には正しい答え選択するタイプだ。
理由もなく他人を踏みつけにするような人間ではない。
必ず目的や理由があるはずだ。
明人はそういう意味では酒井を信用していた。
「ああそうだよ。政府の判断だ」
「でしょうね……」
明人は深くため息をつくと話をはじめた。
「確かに俺たちには記憶の欠損があります。残念だが俺はこの世界出身じゃない」
明人の前世は前に行った異世界の傍流で暮らしていたはずだ。
この世界出身だとすると説明がつかないのだ。
「君らがそう言い出すのも僕らの計算のうちだよ」
明人はようやく真実に近い場所に辿り着こうとしていた。
◇
藤巻はバイクを飛ばしていた。
藤巻は理解した。
意識を移す能力。
もしそれを他人に対して使ったとしたら?
例えば政治家などの権力者、富豪、それにマスメディア。
彼らに使ったとしたら?
権力者を操り政治を支配する。
富豪を使い金や技術を出させる。
マスメディアで世論扇動。
それこそ世界を征服することすら可能なのではないだろうか?
しかも加納の能力は副作用がない。
操る人数の制限だけだ。
これほど恐ろしい能力はない。
敵が今まで使わなかったのは、何か使えない理由があるのだろう。
いやすでに加納がいなくても使えるのだろう。
だから用済みになった加納を殺害するのだ。
「藤巻! どうしたんだ?!」
加納が抗議した。
藤巻は自分の考えを伝えることができなかった。
そんな藤巻の耳にとてつもなく高い音が響いた。
藤巻が音の方を見ると平べったく丸い形のラジコンヘリコプターが見えた。
「ドローンだ! 藤巻逃げろ!!!」
「しっかり捉まってろ!!!」
加納がしっかり腰に手を回した瞬間、藤巻はトップスピードのままその場で無茶な角度でUターンする。
火花が散り、内臓が飛び出るかと思うくらいの重力がかかる。
普通なら死ぬところだが、なんとか曲がることに成功する。
ライダーが無事でさえあれば機体はめちゃくちゃな操作にもついてくる。
「こいつはすげえマシーンだぜ」
藤巻は加納が振り落とされていないことを確認しそのまま走り去る。
だが数秒後にはまたドローンが間近に迫って来ていた。
ドローンから金属バネが跳ねた音がする。
「銃だ!」
藤巻はとっさにハンドルを切る。
すぐ後方でアスファルトが崩れる破壊音が響く。
高速で蛇行しながら藤巻は降り注ぐ弾丸をよけていく。
「おい! さっきみたいなすげえ武器とかねえのかよ!」
加納が怒鳴った。
可能は自動車を吹き飛ばしたその威力を期待していた。
「対空装備はない。本当は電磁パルス爆弾を積む予定だったんだが本体の防護が間に合わなかった」
「クソ! 死にたくねえよ!!!」
「俺もだ!」
だが手も足も出ない。
引き離そうとしてもスピードがほぼ互角だ。
何より相手に隙がない。
このままではやられる。
藤巻が死を覚悟した瞬間、光が見えた。
空間に光の筋が入ったのだ。
直感で藤巻はわかった。
仲間だと。
藤巻が光を通り過ぎるのと同時に大型のトレーラー車が光から現れる。
トレーラーはドローンをはね飛ばした。
「助けに来ましたわ!」
トレーラーの上には田中がいた。
藤巻が急いで停車すると田中が叫んだ。
「そのままこっちに来てください! ワープします!」
藤巻が田中のトレーラーの後を追う。
田中が能力を使おうとしたその時だった。
「させない」
女の声がした。
藤巻と田中の周りを黒い煙が包む。
「ええい! もうこうなったら!!!」
田中が無理矢理力を使い世界に裂け目をあける。
煙が穴をふさぐが田中たちは気にせず裂け目の中に入る。
続けて藤巻も裂け目に飛び込んだ。
田中の作ったワームホール。
そこは常にトンネルになっている。
崖を下るが如き下り坂を藤巻は進んでいく。
「死ぬ! マジで死ぬ! 死ぬうう!!!」
加納が叫んだ。
藤巻も叫びたいところだが目の前の操作で手一杯で叫ぶ余裕がない。
先行したトラックはどうなったのか?
藤巻がそう思った瞬間、光が見えた。
「あいてててて。もうやだ……」
加納が泣き言をもらした。
藤巻は目の前に広がる風景に愕然としていた。
「加納……ここどこだ?」
西郷隆盛の像が目の前にあった。
そしてその先、駅前の道路で横転するトラックが見えていた。




