第85話 去る男
俺は呆気に取られて固まる。
今まさに魔術を放とうとした慈眼が、脳味噌の破片を散らして倒れていた。
ぴくぴくと手が痙攣しているが、それ以上は動かない。
慈眼の背後にある扉から、目出し帽を着けた男が現れた。
男はスーツ姿で、ギプスで包まれた片腕を布で吊るしている。
もう一方の手には小型のマシンガンを持っていた。
間違いなく安藤だった。
マシンガンが火を噴き、慈眼の肉体をズタズタに引き裂く。
血が飛び散って床に広がっていった。
途方もなく膨れ上がった霊気が霧散し、残されたのは原形のない死体だけとなった。
弾切れのマシンガンを捨てた安藤は棺崎に尋ねる。
「ここから魔術で再生する可能性はありますか」
「さすがに無理かな。ありがとう、助かったよ」
礼を言われた安藤は、無言で棺崎を観察する。
何かを見定めているような視線だ。
やがて瞬きをした安藤は謝る。
「すみません、僕が横槍を入れずとも勝てましたね」
「何を言っているのだね。相手は日本有数の力を持つ魔術師だ。我々だけでは二秒で殺されていただろう」
「そういう冗談として受け取っておきます」
俺にはよく分からないやり取りだった。
棺崎が安藤に歩み寄り、慈眼の持ち物を漁りながら笑った。
「入口のトラックを見たよ。あんな代物をどこで調達したんだね」
「テロ組織から押収しました。欠陥だらけの模造品ですが、それなりに役立ちましたね」
安藤曰く、あのトラックは別の事件で使われた殺人車両らしい。
オリジナルは大破したものの、設計図がネットに流出しているのだそうだ。
だから車両を真似て製造する者がいて、それを安藤が奪って使用したのだろう。
色々と突っ込みたいことが多数あるが、今回とは別件みたいなので黙っておく。
これまでの安藤を見たら裏で何をしていたとしても不思議ではない。
いちいち気にしてはきりがないだろう。
散弾銃を持つ安藤は、入口方面を指し示した。
「僕はこれから淀離協会の支部を攻撃するので後は任せます」
「一人で大丈夫なんですか?」
「はい。警視庁に連絡も入れましたし、問題なく対処可能かと」
須王会と下部組織の取り締まりがあったばかりなのに、今度は淀離協会か。
警察は大混乱だろう。
逮捕するにしても魔術師ばかりだし、なかなか苦労すると思う。
今頃はニュースになっているかもしれない。
まあ、俺には関係のないことだ。
安藤は俺と棺崎に頭を下げる。
「お二人に関わったことで、とても楽しい時間を過ごせました。本当に感謝しています」
安藤が背後の扉を一瞥する。
隙間から漏れ出ているのが美夜子の霊気であることに俺は気付いていた。
「奥に本命を残してあります。横取りは嫌いではないのですが、今回は無粋かと思ったので」
そう言って安藤は俺達の横を通り過ぎる。
最後に彼は「また会う日があれば」と述べて部屋から立ち去った。




